旅の書 1:1───幻の種族に生まれし子、魔法を極め世界に無双せり~世界を旅しながらゆるく魔法の道を極めたいのに、王女様が中々国から出してくれないんだけど~
リヒト
第一章 転生
文化祭
間宮海斗は激怒した。
必ず、かの邪智暴虐のクラスメートを除かなければならぬと決意した。海斗は天才である。中学生にして数学の未解決問題を解き、高校生にして学校の実験室で世界を驚愕させる論文を書いた正真正銘の天才である。
だが、そんな天才児である彼は誰よりも魔法があると信じていた。
「いや……高校の文化祭で魔法の博覧会をやるのはちょっと」
「いつも勉強面で助けられているけど……こればかりはちょっと」
「というか、海斗ってば数学や物理でたくさんの栄誉を既に持っているゴリゴリの科学者じゃん。そんな人がなんで魔法とかいうファンタジーなものに対して熱心に心血を注いでいるんだよ」
そんな海斗は今、高校の文化祭におけるクラスの出しものとして己が提案した魔法教室を否定しよとするクラスメートたちに反旗を翻すべく、口を開いた。
「わかっていないとも。未知を求めているのだ。既知と出来るありとあらゆるものを既知とせず、どうやって未知にたどり着くというのだ。物理学無くして魔法はなしだ」
「科学で全部を既知にしたら、もうそこに魔法が介入できる余地なんてなくね?」
「つまらない考えだな。すべてを既知にしてもなお、魔法を信じない理由にはならない。例えば、そう。既知が移り変わっていたとすればどうだ?」
高校の文化祭におけるクラスの出しものを決める場所において、海斗はいきなり聖書について語り始める。
「聖書には平面なのではないかと疑わせるような記述がある。だが、実際のところ地球は球体であるというのがの天文学的な通説だ。聖書は地球が宇宙の中心であると説く。だが、太陽を中心に地球や他の惑星が公転しているというのが今の天文学的な通説だ。聖書は神が人間を作ったと説く。だが、進化論により人は猿から進化したというのが今の生物学的な通説だ。聖書と現代科学は相反する。あぁ、では問おう。聖書は嘘であるのか?神は嘘であるのか?それとも、現実は嘘であるというのか?」
「……?」
自分の鞄から取り出した聖書を掲げ、語り出す海斗に対して、周りは意味がわからないとばかりの表情を送る。
周りは全然海斗の話に対して、ついて行ける様子では、というか、ついていこうとする様子ではなかった。
「その問いに僕は答えよう。すべてが真実であると。何故ならば、それが一番面白いからだ。すべてが真実だとするのならば、どうなるか?常に世界が変わっているのというのが答えだ」
「はぁ」
「諸君。完璧とは何だと思う?常に変わらず、ただそこにあるものだろうか?違う。僕は常に適応し、変化できる存在だと思う。何にでもなれるものこそが完璧であり、僕が全知全能の神が世界を完璧に作るのであれば、不変のものではなく可変のものとして作る。人の進化に伴い、世界もまたそれに適応して変化する。地球は球体で、太陽を中心に回っている。海を渡れるようになった人間にはそちらの方が都合がいいではないか。人は猿から進化した。遺伝子工学を得とくした人間にとってはそちらの方が都合がいいではないか。世界は数多の奇跡の上に成り立っている。それは神によって世界が常に変化し続け、人類の都合の良いように変化させてくれているからだ。僕はこの世界を変化させる術を魔法と呼び、暴こうとしているのだ」
そんな周りの反応も無視して勝手に海斗は自分の考えを話し切ってしまう。
「すげぇ、陰謀論おつ!と言いたいのに、これまでの実績のせいで言えないぜ」
「やっぱ言う人って大事ね。言っていることは完全に頭がイッちゃっている人だけど、貴方だと天才の視点は違うわ……とかしか言えないわ」
「おぉ……神よ。聖書は間違えていなかった」
だが、そのあまりにも自信満々過ぎた海斗の発言は周りの生徒たちを圧倒し、生唾を飲みこませる。
「これくらいのスケール感で語らないと魔法がないことになってしまうでしょーが!」
ただし、続く海斗の何処か腑抜けた、駄々をこねるようなニュアンスを含む言葉に雰囲気が一変する。
「僕はただ魔法を使いたい!魔法を極めたい!おぉ!その為ならすべてを賭けられるよ!」
「……解散」
「冷静に考えて、でたらめな話だわ。ちょっと意味がわからない」
「何が天才の視点よ。狂人の視点ね」
子どものように魔法を使いたいと叫ぶ海斗に周りのクラスメートは解散と告げ、早々に彼の周りから散っていく。
「うわ、ぼろくそ」
「ということで、私たちのクラスは文化祭で男装女装メイド執事喫茶をやることにします」
「なぁぁああああああああああ!?何故だァッ!?」
無事に文化祭における海斗の案は潰され、彼は崩れ落ちるのだった。
……。
…………。
「うぅ……」
文化祭のクラスの出しものを決める授業にて深い悲しみを背負った海斗は、涙ながらにアスファルト舗装された道を歩く。
そんな彼の手には大量のメイド服が入った袋がぶら下がっていた。
「そんな気落ちするなって!良いじゃないか!魔法はお前の趣味として勝手にやっといてくれよ!」
放課後になってもうじうじしている海斗へとその前を歩く同じクラスの友人、河野源也は明るく声をかけながら、学校へと戻る道を歩く。
文化祭の準備の為に放課後もクラスメートが学校に残っている中、買い出しとして外に出てきている源也は足早に進んでいく。
そんな彼は大きな荷物を抱えているために前があまり見えないような状態だった。
「あっ!?ちょっと!」
そんな状態で先へ先へと進んでいた源也が止まることもなく踏みだした横断歩道には一つの車が猛スピードで突き進んできていた。
車の運転手は瞳を閉じて居眠りしており、その車が静かだったために源也もまた自分へと近づく死の気配に気づいていない。
「危ないっ!」
海斗が足を駆けだしたのはほぼ反射的だった。
危ないと判断した瞬間に海斗は駆け出し、源也を前へと突き飛ばす。
「……えっ?」
衝撃に驚き、源也が振り返るさまを見た海斗はそのまますぐに全身を衝撃に襲われる。
「海斗ッ!?」
海斗の耳に飛んでくる絶叫。
だが、それもすぐに遠くなる。痛みを感じる暇もなかった。
アクセルべた踏みで100kmに迫ろう速度の車に突っ込まれた海斗はほぼ即死だった。
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