ゆきのくび
マリエラ・ゴールドバーグ
1
どうやら世界は終わるっぽい。
記者会見で偉い人が言うには、世界が終わる理由はひとつだけでなく、複合的で複雑な理由があるらしい。
人口の爆発的な増加、それに伴う深刻な環境汚染、海面上昇、凶悪犯罪の増加と巧妙化、巨大隕石衝突、地球外外来種の増殖etc.
とにかく危機的状況。
でもその一方で、今を生きている私たちは殊の外普通に生活をしている。デモや暴動が起きたこともあったが、それはごく一部の話であって大多数の市民は問題が表面化する前とほぼ変わらない生活を送っている。
呑気なのか、はたまたあえて普通に過ごそうとしているのか。世間の皆がどうかはわからないが、私には両方の気持ちがあった。
世界が終わると言われても実感が湧かない。少なくともこの一年で人口の三割が減るとされているがその三割に私が入るとは思えないし、もし入ったとしてもそれはそれで仕方がない。それが私の運命だったのだ。
と思う反面、言い知れない恐怖も感じている。ほんのり体調が悪い時みたいにモヤモヤしつつもその原因がわからない、というような感覚。それをなんとか押し込めるために日常を続けている節があった。非日常を日常で覆い隠す。ここ最近はそんな毎日だ。
そんなこんなで今日、五月三日はゴールデンウィークの初日である。世界の終わりが宣言されていても世間は祝日に浮かれている。かく言う私は特にこれといった用事はない。というか休みがない。大学は連休中でも講義があることがほとんどだ。今日も午前は大学へ行って第二言語の講義を受けてきた。
世界が終わるというのに、今更真面目に勉強しても意味がないと思わないでもないがやっぱり日常を手放すことができなかった。保険であり、御守りのような気分で私は日々大学に通っている。
暗澹たる思いで帰宅した後は暗澹たる思いで昼寝をした。実家を出て早二年。一人暮らしの良いところは何をしても余計な口を挟まれないってこと。
そうして二時間ほどの昼寝をした結果、眠気が解消されて多少は気持ちが軽くなった。その勢いのまま後回しにしていた部屋の掃除と溜めていた洗い物を済ませ、ようやくひと心地ついた時にはもう夕飯の時間になっていた。
「なんか食べに行くか……」
世界が終わるとしてもお腹は空く。私は通学用のリュックサックから教材を抜き取った。そしてそれを背負い、玄関で靴を履く。
なにを食べようかな。近くのスーパーでお惣菜を買ってもいいし、少し足を延ばして牛丼屋に行くのもありだ。前回行った時に貰ったクーポンが使えるはずだし。
そんなことを考えながら私は玄関扉を押し開けた。
するとどこからか「うわっ」と人の声がした。それと扉になにかぶつかった感触もある。
通りかかった隣室の人に扉をぶつけてしまったのかと思い、姿も確認する前に慌てて謝る。
「あ、え、すみません!」
「いたた、あ、やっと出てきた」
私の謝罪に応えたのはガサガサした合成音声だった。女性っぽい声色だ。
はて、隣人はサイボーグだっただろうか。いや、そんなことはない。同世代くらいの人間の男性だった。
それに声はすれども姿が見えない。
「あ、あー、こっちです。こっち。下。そして扉の裏側」
下?扉の裏?
その声に導かれるようにして私は視線を下げつつ、扉の裏を覗いた。
「ウソでしょ……!」
「えへ、お久しぶりです」
そこにいたのは、というかあったのはよく知った顔をした生首だった。
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