第四章:知の探求者、狐耳の天才少女

 アルカディアでの生活基盤は整った。肥沃な大地は、植えた作物が驚くほどの速さで育ち、僕たちの食生活を豊かにしてくれている。

 しかし、二人だけでは村の発展にも限界がある。もっと高度な技術や知識があれば、この村はさらに素晴らしい場所になるはずだ。


「そういえば、近くの森に『変わり者の研究者』が住んでいるという噂を聞いたことがある」


 エリナが、村で仕入れてきた情報を教えてくれた。何でも、学会を追放された偏屈な人物らしいが、その知識は本物だという。


「会ってみる価値はありそうだな」


 僕たちは、その研究者を探して、アルカディアのさらに奥にある森へと足を踏み入れた。


 森の奥深く、ツタに覆われた古代遺跡のような建物を見つけた。中から、何やらカンカンと金属を叩く音が聞こえてくる。


「ごめんください」


 僕が声をかけると、ひょこっと顔を出したのは、僕たちよりもずっと小柄な少女だった。ふわふわの茶色い髪からは狐の耳がぴょこんと飛び出し、大きな尻尾がゆらゆらと揺れている。作業着は油で汚れ、顔には煤がついているが、その大きな瞳は好奇心でキラキラと輝いていた。


「な、何の用? ボクは忙しいんだけど!」


 ぶっきらぼうにそう言った少女――リリィは、僕を一目見るなり、ピタッと動きを止めた。そして、僕の体を穴が開くほどじっと見つめ始めた。


「……きみ、すごいね。きみの周りのマナ、ありえないくらい綺麗に整列してる。それに、その体自体が、まるで完璧な術式みたいだ。もしかして、きみのスキルって……ただの物理現象を操るだけじゃないでしょ? 世界の理……『概念』そのものに干渉するタイプ?」


 初対面のはずなのに、彼女は僕のスキルの本質をいとも簡単に見抜いてみせた。


「どうして、それを……」

「わかるよ! ボクは古代魔法と魔道具の研究者だからね!」


 リリィは目を輝かせ、興奮気味に捲し立てた。彼女は、古代文明の超技術を研究していたが、その内容が既存の学説からかけ離れていたため、「異端」として学会を追放されたのだという。


「ねえ、お願いがあるんだ!」


 リリィは僕たちを研究室の奥へと案内した。そこにあったのは、一体の巨大なゴーレムだった。しかし、それは腕がもげ、胸の魔力炉も砕けており、ただの鉄屑にしか見えない。


「この子は、古代文明の遺産『ガーディアン・ゴーレム』なんだ。ボクの知識じゃ、この魔法回路は修復できなくて……。でも、きみの力なら!」


 リリィは期待に満ちた目で僕を見つめる。僕は壊れたゴーレムに手を触れ、【概念再構築】を発動した。

 頭の中に流れ込んでくるのは、これまでで最も複雑で、最も美しい設計図だった。何千何万という術式が、まるで芸術品のように絡み合い、一つの機能を生み出している。


(すごい……古代の技術は、こんなにも精緻だったのか)


 僕はその設計図に感嘆しながらも、壊れた部分を修復していく。それだけじゃない。もっと効率の良い魔力循環のルートを構築し、装甲の強度を高める概念を付与し、動きを滑らかにするための術式を追加する。修復ではなく、改良だ。


「――起動」


 僕がそう命じると、ゴーレムの目が青白い光を灯し、ゆっくりと立ち上がった。以前の姿が嘘のように、滑らかで力強い動き。


「う、嘘……! 完璧に動いてる……ううん、それ以上だ! アッシュ、きみは天才だよ! 神様だよ!」


 リリィは僕に抱きついて、子供のように喜んだ。


「ねえ、ボクをきみの村に連れて行って! きみのその力、ボクに研究させて! その代わり、ボクの知識と技術は全部あげるから!」


 こうして、僕たちのアルカディアに、二人目の仲間が加わった。知識欲の塊のような、天才獣人研究者。彼女の加入が、アルカディアに技術革命をもたらすことになるとは、この時の僕はまだ知らなかった。

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