第3話本日未明、世田谷区で身柄を確保された田中一郎容疑者ですが…
### 第3話
事件の翌朝。
柔らかな朝日が差し込むリビングで、菜々美は優雅にコーヒーを淹れていた。豆を挽く香ばしい匂いが部屋に満ちる。昨日までの喧騒が嘘のように、静かで穏やかな時間だった。
マグカップを片手にソファへ深く身を沈め、テレビのスイッチを入れる。どのチャンネルも、昨日の都心を震撼させた暴走事件の続報をトップニュースで伝えていた。
「本日未明、世田谷区で身柄を確保された田中一郎容疑者ですが…」
画面に映し出された情けない男の顔写真に、菜々美は思わず吹き出した。
「あ! 田中一郎?(笑)ついにバレたのか? あほか(笑)」
自分の浮気相手が、全国ニュースの主役になっている。滑稽で、どこか優越感すら覚えた。菜々美はコーヒーを一口すする。
神妙な面持ちのキャスターが、犯行動機について語り始めた。
「警察の取り調べに対し、田中容疑者は『浮気されたんでアタマきた!』と供述しており…」
「はぁ? 私のせいだって言いたいの? 自意識過剰にもほどがあるでしょ」
菜々美は鼻で笑った。
キャスターは続ける。
「その一方で、『誰でも良かった』とも話しており、支離滅裂な点も見られます」
「誰でも…? なんだそれ?」
眉をひそめた菜々美だったが、続く供述内容に、こらえきれず声を出して笑ってしまった。
「また、犯行時の記憶は曖昧だとし、『気がつけば、ヘリを飛ばし、ダンプの運転席に座っていた』などと意味の不明な供述を繰り返しているとのことです」
「あほか(笑)」
意味不明な言い訳も、狂気に満ちた行動も、すべてが滑稽に思えた。関係を持った男の底の浅さに呆れながら、菜々美は勝利の美酒のようにコーヒーを口に運んだ。
その、瞬間だった。
**ドゴォォォォン!!!**
地鳴りのような轟音と、マンション全体を揺るがす凄まじい衝撃。
「きゃっ!?」
手から滑り落ちたマグカップが床で砕け散るのと、リビングの壁に巨大な亀裂が走るのが、ほぼ同時だった。
「な、なに…? 地震…!?」
しかし、揺れは水平でも垂直でもない。外から、何か巨大な力で、建物がえぐり取られるような感覚。
次の瞬間、窓ガラスが甲高い音を立てて粉々に砕け散り、壁が内側に向かって崩れ落ちた。
舞い上がる粉塵の向こう、ありえない光景が広がっていた。
黄色い巨大な重機のアーム。
ユンボが、牙のようにコンクリートの壁を突き破り、菜々美の日常を破壊していた。
「―――え?」
理解が追いつかない。床が傾き、天井が軋み、世界が崩壊していく。
嘲笑を浮かべていた顔から血の気が引き、声にならない悲鳴が喉に張り付く。
ユンボは冷徹に、無慈悲に、菜々美の住むマンションを瓦礫の山へと変えていく。
その巨大な鉄の塊が、誰かの明確な殺意によって動かされていることにも気づかぬまま、菜々美の意識は崩れ落ちるコンクリートの闇に飲み込まれていった。
浮気したらコンクリート詰め!妻の愛は重すぎる 志乃原七海 @09093495732p
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