二、転校事件

 表向きは転校生だった。しかし比較的仲がよかった僕や翔に何も言わずにいくとは急すぎる印象が残っていた。

…こんな馬鹿らしい夢の設定では二ヶ月が経っていた。そして今、昔の友人、航太が転校した時のことを思い出しているに違いない。正直言って、こんなにリアルな夢は疲れるしもう飽き飽きなのだ。

「ねえ圭介、航太のやつなんで何も言わずにどっか行ったんだろうね。」

「そうだね、何か言ってくれても良かったのに。引き止めたりはしないし、気持ちよくお別れ出来ただろうに。」

「そう?オレなら絶対行かせないけど」

「いや、矛盾しすぎだから」思わずぷッと笑った。小学生と話しているとこういう会話が日常茶飯事だ。翔も最初の頃は矛盾の意味も知らなかったが、僕が何度も丁寧に教えたので覚えたらしく、二人で笑った。航太のことを相当気にしているのか、翔のは若干愛想笑いにもみえた。 

 さて、本題に入ろう。友人の航太が突然挨拶もなしに転校をした。僕が本当に子供だった頃は勘づかなかったが、なんだか教師も若干テンションが低そうというか、なにかよくないことを隠しているような感じに見える。なんか怪しい感じはする。

「翔、いくよ。職員室の近くまで行こう」

別にすることはないし構わないという顔をした翔と一緒に向かった。目的は話し声から情報を得ることだ。小池(航太)、という名前はやはり話題になっているらしい。とその時、二人とも何しているのと音楽の先生から声をかけられた。なんとなくやばいと思った僕は咄嗟に消しゴムをこの辺りに落としたとことわり、しゃがみこんだ。この体勢のままもう一つの裏の扉の方へ移動した。そっちはいつも少しだけ開いていて、使われないので、盗聴には最適だ。翔も黙ってついてきた。大抵の会話内容は、〇〇が学校に来なくなっているとか〇〇と〇〇が喧嘩をしていたとかであったが、航太の話も頻繁に登場していた。だがこの話題の時だけ妙な緊張感を感じる。

「よくなかったんじゃ…」「この話は程々にしよう…」

聞こえてくる単語は絶対に何か問題があることを伝えているようだった。

「まーだ消しゴムないの?」

「あ、すいませんありましたっ」

僕は翔の腕を引っ張って足早にその場を去っていった。(十分くらい消しゴムを探していたなんておかしいにも程があったな。)長い廊下を進んで隅っこにある階段までついたとき、翔がにやりとした顔で「何を隠してるの」ときいてきたので、「これは大人の都合なだから僕にしか分からない」と、翔には気づかれることもないが実は本当のことを言った。拗ねた顔でこの場を去ろうとしていた翔をみて色々考えたあと、やはり言おうと翔をとめた。

「おまえには難しいかもしれないけど、航太はただの転校じゃないかもしれないんだよ。まだなにかは全然分かってないけど、大人の事情だ。」

満足した翔は真相を突き止めよう!とウキウキしているので一緒に放課後捜索する約束をした。放課後二人で全力疾走で帰ってからすぐ家を飛び出した。航太の家は知っていたので翔を案内しながら向かった。最後に訪問したのは、十九年くらい前なので3回ほど道は間違えたが、到着した。到着とは言ったものの、はじめはどうみても荒れた空き家のように庭には物が散乱していたので、前を通り過ぎていた。水色の壁の家はそこ以外になかったので気づいたが、思っていた家とちがかった。門の中へはいると、先程剥がされていた表札が割れて庭の方に置かれていた。…これ虐待じゃなくて?──そう言おうと思ったが、確定した訳では無いのでやめた。家の中から人がいる音がしたために僕は焦って地面に落ちていたお皿を蹴ってしまい、誰かがくる。翔と一緒に隠れられる大きさのダンボールをかぶった。多分両親らしき人が出てきた。

「なあんだ、猫か。なあナツミぃ、アイツもいないしこのことも黙認されることになるなんて幸福だよな〜アハハ」

「何なの?急に。航太は何ヶ月かすればまた返されるんだからね。」

「いやアイツの学校用品落ちてたから思い出してよお。教育委員のやつが言ってたけどこういうのも世間にバレないように片付けとけって。」

いかにも品の無さそうな男女の会話に聞こえた。翔が耳元で、航太にはママしか居ないのになんでパパがいるんだろうと囁いてきた。そういえばそうだった、忘れていたが。それを聞いても僕はだまったまま

かぶせていたダンボールをゆっくりと上に上げ、翔をだしてから僕もこの敷地を出た。心臓はドクドクだが、情報を整理した。そして公園も遠いので僕の家に翔を入れて部屋で話すことにした。

「航太は多分虐待されてた。よく考えてみろ、いつも長袖だしちょっと細身過ぎなかったか。それにあの会話聞いただろ、黙認だとか教育委員会とか言ってたし、そもそもああいう家は怪しいだろ。」

「もくにん?教育委員会?」

「だからつまり内緒にしてるってことだよ」

翔はハッとした顔で、うちに帰ってママに伝えてママ友にも広げようと提案してきた。とりあえずそれが最善だと僕は考え、同意して翔を帰した。僕も父が帰ってきて食卓に集合した時に伝えた。しかし反応は思っていたものではなく、「寂しいのはわかるけどそんなこと言うのはだめよ」とか「航太くんのママは再婚して新しいパパがいるから引っ越しただけだ」なんて返答しか帰ってこなかった。実際は二人も小池家に新たな人物が加わり、荒れ始めてから関わらないようにしているだけに感じた。翌朝翔に結果を報告すると翔も同じだといい、さらには翔はママに怒られたらしい。圭介くんママからも同じことを言われたと聞いており、僕とは仲良くしないでと言われたみたいだ。翔は従う気がゼロなので助かったが、色々と困った。それから何日か後に先生にも航太についての秘密をばらすよう説得しようと試みたが、相手にされないわ嫌な顔をされるわで全然上手くいかなかった。僕はそこで子供の無力さ、いや、頭脳は大人なのに人に信じて貰えない自分の無力さに苦しくなった。この事件を知った時は大人として裏をかいて解決できると確信していた。裏はかけても実際のところ解決など無理なのだ。世の中はこんなに理不尽で不幸せということを髪は僕に伝えたいのか。僕は翔にもこの事件のことは探るのはやめようと伝え、すべての捜索は終わった。

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