第16話 美味しくない


 翌朝、表に出るともうリリカがいて、店先を箒で掃いていた。


「おはようございます!」

「おう、店先がスッキリしたな。ありがとう」

「これくらいなんてことないです。すぐに拭き掃除をしますからね」


 俺が扉を開け、ひさしを出している間にリリカは店の石壁の拭き掃除をはじめた。

 力のこもった雑巾がけで大変よろしい。

 だが、まだまだこんなもんじゃないはずだ。


「1で練った魔力を22―24へ!」

「え? あ、はいっ! 1―22―24。うわっ!」

「どうだ、腕力が上がっただろう?」

「すごいです!」

「窓ガラスには使うなよ、割れてしまうからな。ほれ、いまのを忘れずに俺の攻撃を弾いてみろ」


 俺は一歩踏み込んで、リリカに向けて拳を繰り出す。

 リリカは素早い反応を見せ、雑巾がけの要領で俺の拳をはじいた。

 多少とはいえ俺の手を痺れさせるとはたいしたものだ。


「うむ、これくらいの勢いで弾ければ相手の軸がぶれ、次の攻撃が遅くなる。獲物を狩るときや掃除にも役立つから修練しておくように」

「はいっ! 師匠、他には? もっと練習することはありますか?」

「リリカは欲張りだなあ。だが、掃除というのなら高圧洗浄の水魔法が役に立つだろう。威力を上げすぎるとウォーターカッターみたいになって壁を傷つけてしまうけど……」

「それも覚えたいです!」

「そのうちにな。それに、掃除を終えたら仕込みをしなきゃ。やることはいっぱいあるぞ」

「はい! 今日はどんなお弁当をつくりましょうか?」

「そうだなあ……」


 ライガ弁当店は日替わりのみの一種類だ。

 俺さ、まだまだ料理の手際が悪いんだよね。

 料理に関して言えばまさに今が修行中。

 だからまだ種類は増やさず、一日にひとつの弁当に集中しているわけだ。

 もちろん、いつかはいろんな弁当を提供できるようになりたいと考えている。


「よし、今日は唐揚げ弁当をつくろう」

「唐揚げというと、フライドチキンみたいなものですね。前に買って食べました」


 リリカの表情が少しだけ曇ったのを俺は見逃さなかった。


「なあ、やっぱり美味しくなかったか?」

「そ、そんなことはありません!」

「正直なところを教えてくれ。頼む」

「えーと……、けっして不味くはないんです。ただ、卵焼きほどの感動はなくて……」


 やはりそうだったか。

 唐揚げは弁当の定番だが、俺は自分のつくるものに自信が持てていなかった。

 素材は悪くないのだ。

 もっとも美味とされる怪鳥ロックのもも肉を使い、揚げ油や調味料も厳選している。

 素材の切り方だって【心眼】と【聖剣グランシアス】を使う念の入れようだ。

 問題は調理法なのだろう。

 前回とは少しやり方を変えてみるか。

 厨房に入った俺たちはさっそく弁当作りに取り掛かった。


「リリカは付け合わせの野菜を洗ってくれ。俺は肉の下処理をしていくから」


 空間収納からロックの肉を取り出し、俺は大きく息を吸った。

 よし、きょうこそ美味しい唐揚げをつくるぞ!


 ***


 できあがった唐揚げは美味しそうに見えた。

 見栄えはいつもどおり悪くない。

 だが、問題は味である。

 ある程度冷めたところで俺たちは味見をしてみることにした。

 出来立てがいちばん美味しいのはわかっているのだが、これは弁当用の唐揚げである。

 封印魔法の開発はまだなので、勝負は冷めてからなのだ。


「よし、食べてみよう」

「はい……」


 結論から言うと、きょうの唐揚げもいまいちだった。

 リリカの言うとおり不味くはないのだ。

 だが、感動するほどの味ではない。

 項垂れる俺をリリカは優しく励ましてくれた。


「師匠、そんなに落ち込まないでください。これだってじゅうぶん美味しいじゃないですか」

「いや、これじゃあだめなんだ」


 俺が美優につくってやりたかった最高の弁当はこんなもんじゃない。


「たしかにあるはずなんだ。冷めてもカリっとしていて、ジューシーさを保つレシピが。 俺は前世でそのレシピを見たことがある」

「前世?」

「ああ、俺の料理はすべて、前世の記憶によるものなんだ」


 俺はリリカにすべてを打ち明けた。


「それじゃあ、師匠は前世の妹さんへ手向たむけるために、お弁当をつくっているのですね」

「うむ……、もちろん、弁当作りが好きだからではあるんだがな」


 もし、夢で前世のことを見ることができれば、唐揚げづくりの手がかりが得られるかもしれない。

 美優との悲しい夢は弁当屋をはじめてから見なくなっている。

 だが、俺の夢はそれだけじゃなかった。

 美優や父のために夕飯を用意する、楽しい夢も見ていたのだ。

 あの夢をもう一度見ることができれば……。


「気は進まないが、あいつに頼むしかないか」

「どなたですか?」

「夢幻の魔女、シエラだ」

「夢幻の魔女!? 若手魔導士ナンバーワンと言われる、あの魔女ですか!? 師匠って顔が広いんですね」

「まあな……」


 そう答える俺の口は重かった。

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