第16話

「殿下もお噂以上にお綺麗でいらっしゃる。おれ……ワタクシは、殿下にお仕えできて光栄に存じます」

「普段はおれ、とおっしゃっているんですね。どうぞ、気安い友人と思って話してください。ここには私しか……ああ、彼は私のお目付役です。小さい頃からずっとついているもので、口うるさくてかなわないんですよ」

「口うるさいですか。それはようございました」

 やたら渋いロマンスグレーは声までもが低くて渋く、なんだか無闇にカッコよかった。人間歳を取ったって、なかなかこうはならんぞとブルームは思った。

「そういうわけですから、ちょっとその私の噂というのを詳しく教えていただけませんか。私は影ではなんと言われているんだろう」

 色とりどりのお菓子の中から黄色い何かを選びながら、殿下は愉しそうに笑った。

「いえ、殿下のお噂は素晴らしいものばかりです。お美しくて、聡明で、長身でいらっしゃる。王の器にふさわしい方だと」

「本当は?」

 ロイヤルブルーの瞳がブルームの翠眼をまっすぐに覗き込んだ。

「ほんとです。ほんとにいいお噂しかないんです。俺の兄は普段なかなか人を褒めるということをしないんですが、殿下のことは手放しで褒めて、早く殿下に国を治めていただきたいと。文官一同そう思っていると申しておりました」

「ああ、ローバック・スカリーさんはあなたのお兄様でしたね。兄が文官で弟が近衛兵とは。スカリー家は名門でいらっしゃるんですね」

「いえ。わりと貧乏な田舎貴族です」

 という率直すぎる回答にアデレードは口元を押さえることもせず高らかに笑った。

「なんて素直な方なんだ、あなたは!」

「……すみません。なんかあの、手紙とか、歌とか、腹の探り合いとかそういうの、全然できなくて」

「とても、気持ちが和みます。貴族らしくなくて、好ましいと私は思います」

「貴族らしくないのに好ましい、ですか?」

 首を傾げるブルームにアデレードは嬉しそうに頷いた。

「王宮の中にも色々あるもので。口で言うことと思うことは違っていて当たり前の世界で生きていますから、あなたのように率直な方は気持ちがいいですよ」

 というその言葉も、額面通りに受け取ればよいのか、それとも遠回しに「お前バカ?」と言われているのかよく分からずにブルームは困惑の表情を浮かべた。

「昔は竹を割ったような性格と言われていましたが、最近では竹を割りたがるような性格と言われています」

 その一言には、アデレード殿下がついにぷっと笑いを吹き出されて、俯いて肩をふるわせてしまわれた。

「はっはっは、竹を割りたがる性格。それを言った方は、きっとあなたがお好きなんでしょう。その上たいへんなユーモアをお持ちだ」

「そうでしょうか。悪口を言われたような気持ちがしましたが」

 と言って思い出したやりとりは本当はこう続く。「竹を割りたがる性格ってなんだよ、お前なんかその割られた竹をさらに細切れに粉砕しそうな性格じゃねえか」「そんな無駄なこと、しませ~ん。お前こそ割ったその竹どうするつもり。煮込んで食うのかい」「ケッ、竹が食えるかよ」「食えるんだなあ、これが。なんか東方の大きい国では食ってるらしいよ。メンマつうんだって」「なにその名前、竹要素ないじゃん、それほんとに竹なのか」「ラーメンの上のマ竹でメンマというそうな」「あっそれ、絶対嘘だわ。お前が今考えたんだろ」「ほんとだってば~!」

 竹を割りたがる性格でツボに入ってしまった王子様は、こうして見ると少し人間らしく思えた。

(殿下もお笑いになるのか。まあ、いや、笑うか。そりゃあ。人間だもの?)

 サクッとした食感の名前も知らない菓子をパールティーで流し込むブルームにアデレードは言った。

「私は民が皆好きです。そしてそうあらねばならないと常々思っているんですが……まいったな、あなたのことは特別にしてしまいそうだ」

「俺も殿下をお慕い申し上げております。ずっと、以前から」

 ブルームの言葉にアデレードは笑いを引っ込めて顔を上げた。

「そうでしたね。本当はもっと早く、あなたに気づいてあげなければならなかったのに。十八であの試験を突破するのは、非常に難しいことだと聞きました。そんな努力をしてくださったあなたと、出会っておきながら一年も見つけて差し上げられなくて本当に済まなかったと感じています」

「あ、いや。そういう意味ではないんです。それに、確かに試験は難関でしたが、俺も友人も合格しましたから」

「ご友人も、強くていらっしゃるのですね」

 驚嘆するようなその声には、武官や兵に対する一定の敬意のようなものが込められているように感じられた。

「はい。俺一人では、今もまだ合格していなかったかもしれません。二人で飽きずにチャンバラなんかしているうちに、強くなりました。この国を護るために」

「そうでしたか。この国を護ってくださってありがとうございます」

「いえ、俺たちにとっては、あなたこそがこの国です、ユア・ハイネス」

 ロイヤルブルーの瞳が光を抱き込むように揺れた。

「龍神様に、感謝いたします。あなたのような方に出会えて、私は嬉しい」

「俺も同じです、ユア・ハイネス」

 翠の眼が美しい金髪を、碧い瞳が艶やかな赤髪を眺めながら二人は「龍神様のご加護がありますように」と唱和して別れた。

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