剣聖勇者の息子さん

牧野三河

第1話 仕事しましょう


 あれから500年が経ちました。

 ここは日輪国シライ領、トミヤス町、トミヤス道場。


 一時は栄華を誇ったトミヤス流も、今は時代遅れの剣術道場。

 門弟の多くはフィットネス目的で来ております。


 トミヤス流の開祖、日輪国歴代最強の剣聖と名高きカゲミツ=トミヤス。

 剣聖勇者と名高き2代目マサヒデ=トミヤス。


 今日も寝ておりますは、そのマサヒデ=トミヤスの子、テルクニ=トミヤス君。

 彼は魔王様の血族にして、剣聖勇者の子です。


 おや? 誰かが走って来ましたよ。

 滑るように正座! 見事、テルクニ君の横に止まりました!


「若! ここで寝るのはおやめ下さい!」


「はあん」


「道場の縁側で寝るのはおやめ下さい!」


 テルクニ君、煩そうですね。手を振っています。


「母さんがうるさいんだよ・・・道場行けってさあ」


「来たならば! ご指導を頼みます!」


「来てるから良いだろお」


「若は剣聖になるのですよ!? 陛下から何度も打診が来ているというのに!」


「ならねえよお。恥ずかしい。写真とか飾られるんだろ・・・やだよ」


 やたらと写真を恥ずかしがる病です。思春期の人には、たまにいますね。

 どうやらテルクニ君は、そういった病のようです。


「若! 1度で良いのです! それできちんと指導をしました、と言い訳はたちますから!」


「ううん」


 やっとテルクニ君が立ち上がりました。


「じゃ1回な」


「頼みますよ。私も叱られるんです」


 テルクニ君が蟇肌竹刀(ひきはだしない:柔らかい竹刀)を取りました。これは本気・・・ではなさそうです。やる気0です。


「よし」


「よしじゃねえべ」


 すすっと立ち上がった人のお尻に、尻尾が見えます。

 この人は獣人族のようですね。


「清聴!」


 怖い! まるで軍人みたいです。

 皆が手を止めて見てますよ。


「テルクニ様が立ち会い稽古をして下さる! 我と思わん者はおるか!」


「私が!」


 ずいっと前に出たのは・・・

 この人はイマイ君ですね。

 彼のご先祖様は、マサヒデ様の刀の研ぎを手掛けていた、人間国宝の名研師です。


「いつもお前じゃねえかよ! 却下! 他いない?」


「押忍! 自分いきます!」


「はいはい・・・構えてて」


 テルクニ君が竹刀を正眼に構えました。

 門弟君も正眼に構えましたよ。


「うーい。じゃ行くよー」


「押忍!」


 すたすたとテルクニ君が歩いて行きます。


「はい。ほらほら」


「う、う」


 すたすた。

 もう竹刀が触れました! 危ない!


「ほらあ。振らないと」


 駄目ですよ! ここで振り上げたりしたら、もう突きが入ります!


「はーい」

「ええっ!?」


 テルクニ君、そのまま踏み入りました!

 あれれ? 門弟君の竹刀は横にズレているのに・・・

 おかしい! テルクニ君の竹刀は門弟君の顔の前です! 何故でしょう!


「一本! そこまで!」


「何故・・・」


「ダメダメ! ちゃんと正中線を取るの。じゃないとこうなるの。負け確。りっちー、これでいいしょ」


「若・・・」


 りっちー君は呆れ顔ですが、門弟の人達は口を開けて驚いていますよ。

 テルクニ君、上手く出来たようですね!


「ん! ごほん! 皆、見たか! 立ち会いで大事なのは正中線の取り合い! 睨み合いで参った、となるのは、これで相手の腕が分かるからだ! 今のようにぴたりと取られると、動きも出来なくなるのだ!」


「はい。終わり」


 テルクニ君がりっちー君に竹刀を渡して、縁側に戻りました。


「若、もう少し頼みますよ」


「もう良いじゃん。1回やった。説明もした。ちゃんと指導したしょ」


 テルクニ君、また縁側です。

 りっちー君はがっくりしてしまいました。苦労が絶えませんね。



----------



 夕食の時間です。

 今日はハンバーグですよ。


「頂きます」「頂きます!」


「たらきゃーす」

「頂きます!」

「頂きます」


 前に座っているのは、お母様のマツ様、もう1人のお母様のクレール様。

 素敵ですね。どちらも、とても子持ちには見えません。

 さらさらの黒髪ロングの20代半ばに見えるのが、実母のマツさん。

 これまた美しく輝く銀髪ロングの方が、義母のクレールさん。


 隣に座っているのは、妹のユキちゃん。ぴちぴちの494歳です。

 もう1人は、リチャード2世。先程のりっちー君です。132歳です。


「テルクニさん。ちゃんと指導はしましたか?」


「したよ・・・クレール母さん、なんで僕には酒ないの?」


「ごめんなさいね。職無しのテルクニさんにはないんです」


「・・・」


 直球です! これは痛い! 一応は道場主ですが。

 おや。マツさんが何か・・・追い打ちですか?


「テルクニ。またお手紙ですよ。剣聖の試験」


「ちょっと母さん! 人の手紙、勝手に読まないでくれよ!」


「私宛ですもの。一緒に、あなたの剣聖の試験のお手紙が入っていただけです」


「・・・」


「お仕事をしないなら、せめて剣聖におなりなさい」


「もう大魔術師だから良いだろ」


 ぱちーん!

 マツさんが箸を置きました! これはお怒りモードです!


「駄目です! 良い歳をして、指導もせず! もう500歳なんですよ!」


「分かった分かった。母さん、フレが待ってんだ。これからレイドボス戦なんだよ」


「1日中ネトゲばっかり!」


「何? 剣聖になったらUR武器とかもらえんの? 真・炎剣イフリートほしいな。3属性ダメついてるやつね。電撃必須。追加で刺属性変化の特性ならベスト。火属性は被るからやめてほしいな」


 まずいですよ! マツさんから黒いオーラが立ち上っています!


「あ、あなたという子は!」


「マツ様」


 危ない! クレールさんがぎりぎりで止めてくれました。


「テルクニさん。お仕事、私が用意しますから」


「ええ? クレール母さんの仕事、素人じゃ無理なのばっかじゃん。ダイヤ鉱山の護衛とかもうやらないよ。もう少しで死ぬ所だったんだから」


 テルクニ君、それはブラッド的なダイヤモンドの発掘現場では?

 意外とヤバめの仕事やってたんですね。

 もしかして・・・クレールさん、両陣営に情報流したり、紛争激化させたりして、武器なんか売ったりしてませんか?


 これは働きたくないでござるも、ちょっと当然かもしれません。

 おや? クレールさんがにやにや笑っていますよ。


「テルクニさんは、ダンジョン潜りが好きですから・・・」


「? まあ、無課金勢だし、掘り周回上等だけど。1日回ってられるね」


「リアルのダンジョンを作って下さい」


「は? え、え? リアルのやつ? ・・・俺が!?」


 今はダンジョン作りが各地で行われています。

 出来によっては、軍の訓練や、口に出してはいけない組織の方々も来ます!

 国や軍からの補助金も出ます! これは補助金という名の口止め料です!

 成功すれば大儲けですよ!


「どこに!?」


「オリネオ洞窟の横に。あそこなら、車で15分ですから」


「いやいや。あそこ、既にダンジョンじゃん」


「新しく掘って下さい」


「は!? ちょ待った! ちょ、あそこ、魔術使えないしょ!?」


「手で掘って下さい」


「肉体労働!? 無理だよ!」


「大丈夫です。そこは、シズクさんとマスダさんが手伝ってくれます。テルクニさんは、何をどう作るか指示を出すんですよ」


「まあじで!? 勝手にもう話通しちゃった系!? 俺の了承ないの!?」


「ありません」


 テルクニ君! 隣で、ユキちゃんとりっちー君がほくそ笑んでますよ!


「ちょおっと待ってよ! マジで!?」


「お兄ちゃん! 頑張ってね!」

「若! 期待しております!」


「お前らなあ!」


「私は魔術師協会の仕事あるもん」

「若のおらぬ間、しかと道場を預かります」


「く、じゃあ、じゃあ! ちょと待って。ちょと。クレール母さん、ボス役、俺?」


「当たり前です。テルクニさんしかいないんですから」


「マジすか。え、シズクさんとかマスダさんとか」


「あのお2人を雇えますか? 工事資金は貸してあげます。貸しですよ。返して下さいね」


「え、いくらくらい・・・ダンジョン掘りでしょ? しかも魔力異常の洞窟の横?」


「金貨1000枚です」


 これはヤバい金額です!

 金貨1枚あれば、節約してれば1ヶ月くらい生活出来ますよ!


「そんなかかんの!? あ、待って待って! お宝は何よ!?」


「真・月斗魔神です」


 これにはテルクニ君もびっくり!


 真・月斗魔神は恐ろしい力を持つ称号刀!

 魔剣をも軽く跳び超える、物凄い力を持つ刀!

 数多ある刀剣の中でも頂点と認められた、『真』の称号を得た刀です!

 現代科学でもさっぱり分からず、戦争でも条約で使用禁止されている刀です!


「いやそれはヤバいしょ!? お爺ちゃん(魔王様)から怒られるって! 最初はもっと安いので・・・マサムラくらいで・・・」


「それでは人が来ないではありませんか。全然注目されませんよ」


「あのね、クレール母さんね。そんなのお宝にしてたら、ダンジョンの出来とか関係なく、軍とか、諜報部的な所の、ヤバめな人が死ぬほど来るに決まってるでしょ」


「あら! 良いではありませんか!」


「いやいや、イシャール軍とか万規模で来たらどうすんの。てか、来るに決まってるでしょ。あそこ、テロとか大量にいるし。持ってかれたら一発で内戦勃発決定じゃん。オリネオ洞窟の周り、魔術使えないって知ってるでしょ。万規模で来られたら流石に無理。持ってかれちゃうよ」


「ううん、そうですか? 流石に真・月斗魔神はまずいですか?」


「まーずいって! 魔神剣もダメ! 三大胆もダメ! 称号刀はダメ! 絶対!」


 さすがにそんな刀をお宝にするのはまずいですね。

 りっちー君のご意見を聞きましょう。


「若、ホルニなどは如何です」


「いやいや、あれ文科省から名刀認定されてるじゃん。そういうの出す時、国から許可必要じゃねえの? 許可下りるわけねえじゃん。当たり前だけど」


「では・・・ううむ、サダスケ辺りでは。安くもございませんし」


「サダスケ・・・打刀はやめよ。脇差にしとこ。脇差でも金300はいくし」


 くくく、とクレールさんが笑っています。

 最初に高い物を提示して、安い物を出すのです。

 テルクニ君、こんな簡単な事に引っ掛かるんですか?

 本当に、詐欺師に騙されないように、気を付けて下さいね。


 これから、社長になるんですから。

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