Chapter 3:Champagne Spark

幼馴染の「いーくん」に似た男性客が来てから2週間後の土曜日。

週に2日しかない営業日の初日だ。


今日も店にはオープンと同時にケーキを買い求める客が数人並んでいた。

土日しか営業しないことも関係しているのかもしれないが、客が並ぶようになったのはここ最近だ。


なにかあったかな?


首を傾げ、考えるが思い当たる節はない。

時間ができたらエゴサでもしてみる?

そんなことを思案していたら11時になった。


店舗のドアを開けて客を迎え入れる。

数人を店内に案内し、入れきれない客には断りを入れ少し待ってもらう。


ここ最近、土曜のオープン時に限り1人では対応が追いつかない時があるため橘と2人で対応している。

店を始めた頃はオープンと同時に客が来るなんてことはなく、橘の「お客さん来ますかね…」をよく聞いたものだったが。




オープンからの客が途切れ、やっと一息つくことができた。

時計を見ると正午を少し回ったところ。


「ここ最近のオープン時の混み具合はなんなんでしょうね?」


「僕もそれ気になってるんだけど、まあ、お客さんが来ないわけではないから気にしなくてもいいかなって」


「そこは気にしておかないとダメかと…」


橘がショーケースにケーキを補充しながら呆れたように溜息を吐いた。


確かにオーナーでもあるから細かいことにも気にしないといけないんだろうけど、今のところ問題も起きてないし。


「この話しは終わり」とショーケースを回り込み、焼菓子の棚の前へ行き在庫のチェックを始めた。



カランカラン〜


チャイムの音が聞こえ、客が来た事を教えてくれる。


「「いらっしゃいませ」」


僕と橘の声が綺麗に重なる。


その声を聞き、橘がまだ店の方にいるのが分かりそのまま在庫のチェックを続けた。

客はショーケースの前でケーキを選んでいるが、どうやら2人組だということは背中越しに聞こえてくる声で分かった。



「瀬田くん、どれにするの?」


「う〜ん…。いつも迷うんですよね。IORIさん、付いてきたってことはケーキ買うんですか?」



え?


聞こえてきた「伊織」という単語にビックリして振り返ると、そこにはこの前の「いーくん」に似た客がもう1人の客と仲良さそうにケーキを選んでいた。


慌てて工房の方へ避難した…というか、とっさに隠れてしまったが…。


なんでそんな行動を取ったのか自分でも分からなくて混乱しながらも、工房から店内を見ると2人が顔を寄せ合って仲良くケーキを選んでいる姿が見えた。


工房と店はガラスで仕切られている。店内が狭いので開放感を出すためという理由以外にも客が来たらすぐ分かるようにとそうしたのだが、今だけはなんとなく盗み見しているようでモヤっとした。



その後2人はケーキを買って帰って行った。



「ハチさん何してるんですか?」


工房の入り口からひょこっと顔だけを覗かせて橘が声をかけてくる。

未だに店内の方を見ながら固まっている僕を不思議そうに見てくるが、自分でも何しているのか分かっていから曖昧に返事をして濁した。






営業日後の連休が明けて水曜日。


まだ橘は出勤しておらず、僕1人しか居ない工房はしーんと静まり返っている。

さっきテイクアウトしてきたコーヒーの香りを楽しみながらタブレットを操作して休日の間に届いたネット注文の詳細を確認していた。


週末の2日間しか営業していないのにそれなりに売り上げがあるのはネット注文のおかげだと思う。


ネット注文は焼菓子がメインなので日持ちもするし、余分に作った分は週末の営業時に店頭で販売出来る。


クッキー缶もいまだに人気で、そろそろ年明け1月から3月期に販売するものの中身を決めなくては。


あとは…近所の花屋とコラボしてプリザーブドフラワーのアレンジメントと焼菓子のセットの販売を始めた。これが結構評判が良くコンスタントに注文が入る。


そして今は、個人的によく利用させてもらっているコーヒーショップとコラボをしようと話しを進めているところだ。


今まさに飲んでいるコーヒーがそこのもので、個人店だが店内で焙煎もしており、好みや合わせたいものを相談するとピッタリのものを提案してくれる。


いつもケーキに合わせるコーヒーを相談しているうちに仲良くなり「コラボしませんか?」と提案したら「面白そう」と即決してくれたのには驚いた。


ドリップパックと焼菓子のセットをポスト投函出来るサイズで送ることで安価に発送できていいのでは?と言うところまでは決まったが、どんなコーヒーで、どのような焼菓子を合わせるかはこれから試食を重ねて決める予定。


いろんなことにチャレンジ出来て毎日充実している。


だから…この前の男性客のことも、そのことでモヤっとした気持ちになったことも全て頭の隅に追いやられていた。



タブレットに表示されている予約注文の一覧をスクロールして確認していくが…


「え?」


その中に表示されているケーキの注文者の名前を見て慌てて「詳細」をタップした。


商品:チョコレートケーキ 7号

受取日時:11月7日(金) 15時20分

注文者:篠宮伊織 シノミヤイオリ

電話番号:070-xxxx-xxxx

付属品:誕生日のプレート ロウソク

その他:名前は「MIZUKI」でお願いします


名前を見た瞬間から心臓がバクバクとうるさい。


同姓同名の他人ってことは考え難いのではないか。

でも、期待はするものの、どこか冷静な自分もいる。


そもそも本人だとして僕はどうしたいんだ?

改めて自分に自問自答するが…。


多分、何も考えていないんだろう。道端で顔見知りとバッタリ会った時と同じ感じで何となく嬉しくなっているだけなんだとは思うけど。



「おはようございます!」


「え?あ、おはよう」


「?何かありました?」


橘が挨拶をしながら工房へ入ってきたが、俺のビクッとした反応をみて、首を傾げている。


「ちょっと考え事に没頭していたからビックリしただけだよ」


それを聞いて「そうですか」と言いながら、僕の横に来てタブレットを覗き込んできた。

タブレットを手渡すと橘も自分で一通り注文内容を確認しだしたので、コーヒーを飲みながら今日の作業行程を頭の中で組み立てる。



「今週も順調に注文入ってますね。ハチさんは何から作業しますか?」


確認が終わったようでタブレットを置き、手を洗っている。


「僕は明日の注文分のケーキの仕込みからしようかな。とりあえずスポンジは焼いておかないと」


「じゃあ、俺は焼菓子の在庫を確認して、少ないものから順番にいきます」


お互いの作業を確認すると、目を合わせニコッと笑い合う。


「「よろしくお願いします!」」


この目を合わせて挨拶するという行為が、いつからか作業を始める際のルーティーンみたいになっていた。

僕としては1日楽しく作業できる気がして良いのではと思っている。


再度タブレットを見て在庫量をチェックしながら作るものを決めている橘を見て、自分も作業をするべく材料を用意しようと動きだした。





あっという間に10月が終わり11月に入った。季節はようやく秋らしくなり、朝晩は少し肌寒いが昼間はだいぶ過ごしやすくなってきた。でも、暑いと感じる日もまだまだあるが…。


玄関を開けて外に出ると、午前10時前の空気は爽やかで日差しが気持ちいい。

庭へと目を向けると、樹々は順番に紅葉し綺麗な暖色系のグラデーションを描いている。


こんなのんびりとした空気のなかティータイムなんてしたら気持ちいいだろうな…そんな事を思いながら大きく深呼吸をする。


新鮮な空気を肺いっぱいに取り込むと、体がスッキリと軽くなった気がする。


「今日も1日頑張ろう」


自然と笑みがこぼれ、ウキウキとした気分で工房へ向かった。




「ハチさん、今日午前に1件、午後に2件、ケーキの予約入ってるの忘れてないですよね?」


橘がタブレットから顔を上げ、確認するようにこちらを見てくる。

予約のケーキは出来る限り僕が対応するようにしているのだが、この前うっかり忘れて買い物に出てしまった。


そのことがあるので、最近の橘は必ず声を掛けてくる。


「大丈夫だよ。忘れてないって」


苦笑しながら橘に返事をするが、忘れるはずがない。

今日の午後は「いーくん」に似ていて、同姓同名の「篠宮伊織」さんが取りにくる日だから。


まぁ、そんな事橘は知らないんだけど。



午前中の来客対応を終え、いつものように作業に没頭していたら14時を回っていた。


答え合わせの時間が近づいてくると、どうしても「いーくん」の事が気になってしまい作業が手につかない。


気分を切り替えないと。


「朔久くん、先に休憩取るね」


「了解です。俺ももう少ししたら休憩取るんで先にどうぞ」


水曜から金曜の出勤時間は10時から18時で、休憩時間は好きな時にとなっている。

休憩時間を決めてしまうと、作業の状態によっては休憩が取れなくなってしまうからだ。


簡単に片付けをし、工房の横にある事務所に移動した。


事務所と言っても事務作業は全部自宅の方でやっているので実質休憩スペースのようになっている。


工房を広く取りたかったため4畳ほどの広さしかないが、ソファーセットとローテーブル、着替え用のロッカーとその横に小さな冷蔵庫と電子レンジという必要最低限の空間が妙に落ち着く。


ソファーに座り伸びをすると、大きく息を吐く。窓から入ってくる陽射しが心地良い。


なんとなく昼ご飯を食べる気にもなれず、ぼーっとするが頭に浮かぶのは…。


まぁ、あれこれ考えてもしょうがないな。


そう思い目を閉じた。




向かいから何か音がして目が覚めた。


「ハチさんが休憩時間に寝るって珍しいですね」


どうやら橘も休憩を取るようで、ガサガサとビニール袋からおにぎりとサンドイッチを取り出している。


「なに?その組み合わせ」


「え?だって両方食べたくなる時ありません?」


そう言って、おにぎりの包みを開け齧り付いている。


手に持っているおにぎりに、テーブルの上2つ、それとサンドイッチが2つ。

よく食べるなと思うが、パティシエは肉体労働だからそんなもんか…。


橘が食べているのを見て、僕もお腹が空いてきた。


時計を見ると14時40分。まだ今から食べても間に合うな。


ソファーから立ち上がり、冷蔵庫から弁当箱を取り出した。




お昼を食べ終わって橘と雑談していたらあっという間に15時を過ぎていた。


テーブルの上を片付け工房へ戻り、この後受け渡しをするケーキのチェックをする。

付属品などの不足がないかチェックしていたら「カランカラン」とベルが鳴った。


「すみません、篠宮と言いますが予約していたケーキを取りに来ました」


ケーキの入った箱を持って工房から店へ行くと受け取りに来ていたのは想像していた人物だった。


「いらっしゃいませ。篠宮伊織さんですね」


名前を確認してケーキとプレートを確認してもらう。


改めて男性客を見るが、やっぱり「いーくん」だと思うんだけど…。


まあ、間違ってたら謝るだけだし、聞いてみるか。

これが女性客だったら簡単に声をかけるなんてこと出来ないけど同姓だし。


「はい、大丈夫です」


声をかけられ考え事から引き戻される。

何事もなかったかのようにケーキを箱にいれ紙袋に入れるとショーケースを回り込む。


「どうもありがとうございます」


紙袋を渡すという僅か数秒の間に、どう声を掛けるのか…タイミングは?様々なことを考える。

そのせいなのか、心臓がバクバクとうるさい。


顔を上げると目が合った。


そう思った時にはもう、勝手に言葉が出ていた。


「すみません、人違いだったら申し訳ないのですが…。私は蜂須賀馨と言います。小さい頃、東京の××に住んでいませんでしたか?同じマンションの同じフロアに住んでいていた子に面影が似ていたので、もしかしてと思って」


「え?やっぱりハチ?」


間髪入れずに返ってきた言葉にきょとんとしてると、目の前の男の顔が満面の笑みに変わった。


「うわ〜懐かしい。もしかしたらそうかな?とは思ってたけど…。小さい頃と変わり過ぎててびっくりした」


ようやく状況が飲み込めると自然と笑みが溢れた。

やっぱり「いーくん」だったんだ。


嬉しくなって色々と聞きたくなり口を開きかけた時…


「あっ、ごめん。すぐに戻らないと行けないんだった」


伊織がハッと気付いたようにスマートウォッチで時刻を確認する。


「また今度ゆっくり話ししよう」


連絡先を交換して、後日会う約束をして別れた。

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