25歳中にやりたい25のこと
石田空
葬式
中学時代の同級生だった
特に行かない上に持ってないとはいえど、パーティドレスではなく、買ったばかりの喪服を着て、彼の葬式に参列することになったのは複雑な心地だった。
彼はうちの地元でも有数の頭のいい人であり、友達も多く、東京に行って現役で司法試験を突破し、弁護士事務所で働きはじめたというのは聞いていた。
きっと彼はこれから、たくさんの人を助けるんだろう。うちの地元からとんでもない人が出たなあと、順風満帆な彼の話を聞きながら、毎度毎度感心したものだった。
……弁護士事務所での対応で逆恨みからの刺殺に巻き込まれるまでは。
たまたま地元に帰ってきてこの惨劇に巻き込まれた彼の葬式には、どこをどう嗅ぎつけたのかマスコミが群がって、どうにか葬式会場のスタッフが追い返そうと躍起になっていた。
私がこの葬式に参列することになったのは他でもない。元々親同士が友達だったこともあり、彼のことは普通に今でもそれぞれの親を通して近況を知っていたのがひとつ。自分の誕生日に不景気なニュースを持ち込んだ彼がどうなったのか見たくなったというひどい野次馬根性がひとつ。持病もなく、事故でもなく、突然人がいなくなってしまったという実感が沸かないから、自分で見ないことには佐喜くんの消息がわからないからというのがひとつだった。
二十代半ばなんていうと半端なんだ。会社ではまだ大きな役割は与えられず、後輩の世話係を任されている。結婚して妊娠数ヶ月であまり葬式とかに参列できない子だっているし、私のようにたまたま参列できた大学卒業してからも地元に残っていたのは数人ばかりと言ったところだった。
「
心配して声をかけてくれたのは、中学時代からの友達の
智ちゃんに声をかけられ、私は力なく笑った。
「うん。平気。ただずっと知ってる佐喜くんが死んだことに、未だに実感が沸かないだけ」
「亜樹子、佐喜くんと仲良かったもんねえ」
「そうだね」
私と佐喜くんは特に恋仲になることはなく、ただ親同士の付き合いで知っている、ただ仲のいい友達のまま別れていた。
中途半端な仲だから、知らないところで結婚式を挙げているんだろうなと思うだけで、強い感情があった訳ではない。
でも葬式に参列しないほど薄情でもなく、それを面倒だとは思わないくらいには情があった。
火葬場に家族と一緒に運ばれていくのを見送りながら、私たちは返礼品の入った袋をぶら下げて帰る。葬式会場の近くにいたマスコミが鬱陶しかったものの、あと数日でこの話題に飽きるだろうことを祈ることしかできなかった。
家に直接帰る気にもなれず、私たちは葬式会場の近場にある牛丼チェーンに入ると、そこで食べることにした。チケットを買って注文すると、そのままふたりで席で待つ。
「佐喜くん、ずっと順風満帆な人生送ってたから、まさかこんな終わり方するとは思ってなかったよなあと、考え込んじゃったんだよ」
「なにそれ。公正世界理論?」
「こうせ……なに?」
「公正世界理論。人間はいいことしたらいいことが返ってくるはず。悪いことをしたら悪いことが返ってくるはずって思い込もうとする認知バイアスのことだって聞いた。でも佐喜くんは普通に理不尽な目に遭ってるから、あんなもん嘘でしょ」
「……そうだねえ。私たち、まだ大病にかかる年でもないのに、刺されて終わりなんて、誰も想像してなかったと思うよ」
「そうだよ。だから普通に亜樹子は怒っていいんだよ。あんたの誕生日に葬式っていうのは、いろいろとこう、あり得ないから」
「アハハハハ……智ちゃんだけ私の誕生日覚えててくれた」
「卒業と同時に式挙げた中で参列してくれた友達あんたくらいだったし」
皆が皆、就職だの大学院に進学だので急がし過ぎて、地元企業に縁故採用された私とは違って人の結婚式に参列する余裕がこれっぽっちもなかっただけだけど。結果的に地元に残ることになった私たちの絆は深まった訳だ。
やがて「お待たせしました」と牛丼と味噌汁のセットが届く。それをガツガツとかっ食らう。こんな日でも食欲は衰えてくれず、いろんなぼやぼやとした思考が流れ落ちては消えていく。
「でもさあ……やっぱり佐喜くんが死んじゃったことで、いろいろ考えたんだ」
「うん」
「私たちはさ、地元離れなかった訳じゃない。これでよかったのかなってふっとさあ。思ったんだよ」
「東京のほうが稼ぎはよくっても、元手がないとどうにもならないからね」
「そう、それ。まず地元を離れて生活する余裕がない」
「うん。それ」
智ちゃんの場合は、結婚した相手の仕事の都合がある。彼女の仕事はどこでだってできる訳だけれど、東京でできるかというと、違うと思う。
私の場合はもっと微妙な。地元にはまともな就職先がない中、ほぼほぼ縁故採用……と言ってもいいのかは微妙なものだ。たまたま妊娠して会社を辞めないといけなくなった空席に、その会社の人と親が知り合いだったから、そのまま滑り込んでしまったというやつ……だから、不義理に辞めてしまってもいいのかというのがある。
「それでキラキラしているものがあるからって東京に吸い込まれるのもね、なんか違う気がする」
「本当にねえ……」
結局佐喜くんの死を肴に、私たちは牛丼を食べ終えて解散した。
「でも変な誕生日になっちゃったね。亜樹子も」
「うん、どうしようもないけどね」
「あんまり変なことしないでよ。思い詰めないで」
「ありがとうね」
そう言って解散した。
優秀な友達が突然死んでしまって、私は考え込んでしまったんだ。
優秀じゃない私の人生、これで本当にいいんだろうかと?
****
かつて映画で、余命が定められてしまった主人公が死ぬまでにやりたい10のことをひとつずつこなしていってから亡くなるというものがあった。
私はそれを知り、誕生日になったらいつも日記帳を新調して、誕生日で更新された年齢分のやりたいことの羅列を書いていた。
家に帰り着いた私は、喪服のまま自宅の部屋に腰掛ける。今時賃貸はあまりにも割に合わない上に、私の給料とセキュリティーのバランス、買い物できる場所を調べても都合のいい物件が見つからず、未だに実家から出られる気配がない。
卸したばかりの日記帳に使うノートを撫でる。人に日記だと悟られないよう、ブックカバーを被せたノートは老舗の手帳会社が出している分厚めなものであり、毎年それを一年かけて埋めていっている。
今年で私は25歳だから25個のやりたいことを並べるものの、いまいちまとまらなかった。きっと佐喜くんが亡くなってしまったのがずっと引っかかっているんだ。
「どうすればいいんだろう……」
免許を取ると決めた年は、車の免許を取りに行った。ほとんど運転しない私は、運転しないまま更新を重ね、無事にゴールド免許となった。
今年はなにか資格を取ろうと決めていたものの、資格を取ってなにをしたいんだろうと、ついつい立ち止まってしまった。
智ちゃんにも指摘されたけれど、佐喜くんはまだ弁護士事務所で働いていただけで、弁護士としては活動してなかったはずだ。彼が刺されてしまったのだって、彼はなんにも悪いことをしておらず、ただ事務所に逆恨みしていた人に狙われたというのが真相だから、彼が逆恨みされたのですらない。それこそ一番悪かったのは運だった。
でも。死んだら遺体は燃やされて、家族には遺骨が残っても、友達というポジションだとなにも残らないことを痛感してしまったんだ。
今時、結婚する暇がなくって三十代で初婚も珍しくない。そもそも私の働いている会社ではほとんど既婚者しかいないから、恋愛以前の問題だ。
友達の葬式に出て思うことでは全然ないはずなのに、今の私はちょっとまともに恋愛したほうがいいと思ってしまったんだ。
そうと決めたら、私は新調した日記の一番後ろ、フリースペース。やりたいことを25個書くページに使っているところの一番上に、でかでかと書いた。
・彼氏をつくる
・結婚する
そう堂々と書いたものの、どうやってつくればいいのかがわからない。
会社で働いてからこっち、既婚者としかしゃべったことがないから、本当に彼氏のつくりかたがわからない。同年代の女子がいないから、当然ながら合コンとかにも参加したことがない。
私は書き込んでから、早速詰まってしまった中。スマホにピロンと通信アプリの音が響いたことに気付いて視線を落とした。
【あなたの恋を占う! 恋のマッチング!?】
マッチングアプリ。略してマチアプ。最近の恋愛手段の定番だった。私はそこに何気なく打ち込んだ。打ち込んだら登録しないといけない内容が思いの他多くて、結局はほとんど一日がかりで打ち込む羽目になってしまった。
全部打ち込んで登録完了する頃には、既に夜になっていた。
「……ははは、はあ……」
なんだか変なテンションだった。
誕生日に友達の葬式に出て、自分の人生これでいいのかと考えた末にマチアプに登録。いろいろとやけを起こし過ぎて、多分頑張る方向こっちじゃないと思ってしまい、目尻に涙が溢れてきた。
泣いても綺麗なのは美人だけだ。私が泣いたところで綺麗でもなんでもなくただ見苦しい。自分をそう律して、私はなんとか喪服から部屋着に着替えると、台所に立った。
夕食とケーキ。ケーキは自分の誕生日だからとせめてもの抵抗で買ってきた、そこそこおいしいケーキ屋さんのモンブランだった。
これが私の25歳最初の日でいいのか。そう思いながらも、明日からも人生が続く訳で、どうにか落ち込んだ気持ちを前向きにしなければやっていられなかった。
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