第四章 第六感 ②

「先に言っておくけれど、凛花を助けることに関しての助言は何もないわ」

 同日、昼休み。

屋上で昼食をとりつつ、要さんが俺と星海に言ってきた。

「一応、何故なのかだけ聞かせてもらえるか」

「凛花が困っていることの実情を知ったのは完全にフェアじゃないもの。それに、人の口から広められたくないことだと思うから」

「なるほど、ありがとう」

 土岐の手前、全てを要さんの口から聞くことをしてはいけないのだろうが、そもそもこの状況を明示してくれるだけでもかなりヒントになるだろう。焼きそばパンを食べながら熟考してみる。

 ――まず、一昨日。

 土岐は開口一番、近くにいる俺ではなく、要さんに声をかけた。

 要さんならわかってしまうと思ったということは、間違いなく『知る知る知る』が関わっている。

 『星熟』した『知る知る知る』でわかるのは、それこそあの日、要さんが述べていた。

 ――「『星熟』一段階目が、叶えた『願い事』が何なのかを知る。二段回目が物越しでも視界に入っていれば姿を見なくても『願い事』がわかる。そして三段階目が、それぞれの『星熟』可能性にどれだけの期間が必要なのかを知る」

 土岐が実は『願い事』を叶えていて――みたいな展開は今更すぎて可能性から外せる。

 そうすると、二段階目の『星熟』によって、誰かを見てしまったのではないだろうか。

 あの大豪邸の中に、土岐の家族か誰かが居た。

 その人物が叶えた『願い事』がわかってしまい、同時に、土岐が苦しめられている要員を全て把握してしまったのだろう。

 間違いない。

 土岐は、あの家の誰かが叶えた『願い事』に関わる何かをどうにかしたくて、土岐自身が別の『願い事』を叶えようとしている。

「半分正解、半分不正解ってところね」

「口に出してなかったよな。結構な長文を思い描いていたんだが」

「長文だろうがなんだろうが、貴方がこの状況下でどこまで推測できるかなんて余裕でわかるわよ」

「末恐ろしいを超えて畏怖なんだが」

「うふふ。良いわね、もっと褒めなさい」

 要さんに弱点はないのではないだろうか。

 そう思ったところで、パッと思いつく弱点である男が右隣にいた。

「星海は何か思いついたことあるか」

「僕はただただ星が好きなだけの男だからね。難しい考え事は波風に託すよ」

 柔和な笑顔を振りかざしながらしれっとバトンをこちらに託してくる。

 あれ、そういえば――

「もしかして、そんなに成績良くないのか」

「僕はただただ星が好きなだけの男だからね。難しい考え事は波風に託すよ」

「託されても困るんだが!」

 この星海という男、星関連と女性関係のこと以外はノータッチということか!

「ちなみにどんな成績なんだ」

「理科と数学は星の観察に役立つ知識得られそうだから頑張っているよ。国語と社会は、天文分野絡まないから学ぶ価値がないよね」

「価値はあるだろう、価値は!」

「その勉強に時間を費やすなら夜更かしして星を眺めていた方が五億倍マシだね。ああ、違うや。元がゼロだから何かけてもゼロだ。間違えちゃった、ごめんね」

「星海にあるまじき辛辣な言葉オンパレードだな……」

 こんなことを堂々と言う星海をどう思っているのだろうと要さんの方を見てみると、頬を無茶苦茶朱く染めながら「ギャップ最高可愛いほんと養ってあげたいカワイイ」と呟きまくっていた。この二人、普通にお似合いな気がする。

「とっととくっついてくれよ……」

「今何か言ったかい?」

「なんでもねえよ」

 幸か不幸か、一昨日以前は星海要さんカップルを作らねばという目標設定だったが、今は違うルートが出来上がっている。

 というか、そのルートを最速で踏むしかない。

 ――土岐の『願い事』を予測し、土岐にぶつけて確認をする。

 転校するかもしれない状況であれば、星海と要さんをくっつけるよりも先にこの動きを取らなければならない。

 土岐の『願い事』の確証どころか、土岐がどこにいるかすらわからない。

 だからこそ、俺がやるべきことは一つ。

「二人にお願いがあるからなんだ」

 焼きそばパンを食べ切り、両腕を地面につけて、首を垂れる。

「頼む! 俺と一緒に、土岐がどこにいるか探して欲しい!」

「良いよ!」「それくらいなら良いに決まっているわ」

「即答かよありがとう!」

 勢いよくガバッと頭を上げると、優しげに微笑んでくれている星海と、無表情でスマホをいじっている要さんが居た。

「凛花にメッセージを送っているけど、やっぱりダメね。反応はないから足で探すしかないわ。――今日の放課後から始めるのよね」

「ああ、そうしたい」

「じゃあ、星海君は凛花の家に行って欲しいわ。可能であればチャイムを鳴らして確認をとってほしいの」

「おっけー!」

「私を含む残る二名は、凛花の居そうなところをひたすら探すしかないわね。貴方は同時に、土岐をどう助けるかを考えなさい」

「わかった、ありがとう」

「どういたしまして」

 いつの間にかやるべきことが三人全員明確化されていて衝撃を覚えた。

 自分のことも他人のこともしっかり考えている人だからこそ、過去も今も未来も等価値と考えて頑張り続けられるのだろう。

 感極まりながら要さんを見ていると、「ちなみに」という言葉が突然紡がれた。

「私は凛花のために動くのであって、貴方のために動くつもりはないからね。寧ろこの案件が無事終わった暁には、報酬として私の動画配信チャンネルに無償で出演してもらうから」

 依然として無表情で放たれるこの台詞が所謂照れ隠し的なものであることは俺どころか星海ですら丸わかりだった。星海の方を向くと、当然のごとく、俺の方を向いている。

「わかりやすいところが可愛いでしょ」

「こればかりは同意だな」

「波風は土岐さんが好きなんだろう! 要さんに切り替えるなんて許さないからね!」

「情緒不安定かよ落ち着けよ!」

「凛花が好きってことは否定しないのねこの真正童貞」

「顔真っ赤にしながら暴言吐いたところでダメージくらわないっての! 何でこのガバガバ具合で付き合わないんだこの二人!」

 三人でわいわい騒いで、昼休みが終わり、授業に入り――放課後。

 俺たちは、各々のやるべきことをやり始めた。




『駄目だ。土岐さんの家、チャイム鳴らしても誰も出てくれない』

 急造した三人のグループでまず来たメッセージは、星海からの報告だった。

 こればかりは仕方がない。要さんは勿論、俺ですら予測がつく展開だった。

『報告ありがとう。要さんに言われていた通り、可能な限り、土岐の家で見張ってくれ』

『おっけー』

 星海の返信を見た後、再び街中を駆ける。

 土岐が居そうなところを手当たり次第にまわっていく。

俺と土岐が初めて会った場所――

天文部メンバーで夜に行った丘の上――

プラネタリウム――

 しかし、見つからない。

 どこにいるのかわからない。

 手当たり次第に甘味処を見て回るがそれでも見つからない。

 スマホを見ても星海のメッセージから更新が無い。俺と同様に、要さんも見つけられていないのだろう。

「どこに居るんだ!」

 思わず叫んでしまっても誰かが反応してくれるわけではない。

 俺よりも付き合いが長い要さんが見つけられていない時点でかなり分が悪い探索行動だろう。

 それでも動き続けるしかない。

「ゼェ、ハァ」

 とはいえど、ずっと動きっぱなしで喉が渇いてきた。元々運動が得意な方では無く体力に自信は到底無い。それでいてバッグの中に入れてある水筒は既にからになってしまっていた。

「流石に飲み物買うか……」

 これからもまだまだ走らなければと思うと、水分は確保しておいた方が良いだろう。

 近くのコンビニに入り、飲み物のコーナーに行こうと雑誌コーナーをチラリと見たその瞬間だった。

 ジャージを着て雑誌を立ち読みしている土岐が居た。

「…………」

 人間誰しも、あまりに突然の出来事を目の当たりにすると何も言えなくなってしまうのだろう。せめてどこか劇的な場所で劇的な行動をしている中で発見したかった。コンビニに居るならせめて何かを買っている最中であって欲しかった。立ち読みって何だよ。俺もたまにするけれど。

 俺が何も言えないから、当然、土岐が気づくはずもなく――真剣な表情で雑誌を立ち読みしている。そういえば、今日は月曜日か。月曜日といえば、確かにこの漫画雑誌の発売日だもんな。立ち読みするならコンビニに行くよな。

「……どうしたもんか」

 心境をそのまま吐露した一言を思わず呟いてしまったが、反応は全く無い。耳をみるとワイヤレスイヤホンが装着されていた。

 才色兼備と謳われるクラスのアイドルが、コンビニで音楽を聴きながら漫画雑誌を立ち読みしている。

 ギャップを通り越して引くしかない状況だった。

 まあ、もう、とりあえず、元気そうで何よりというべきなのだろう。要さんと星海の心配を返せよと言いたい気持ちも僅かながらあるため、ここは土岐にも動揺してもらわないと割に合わないなと思った次第だ。土岐の左横に立ち、同じ漫画雑誌を手に取り、立ち読みを開始する。

 その動作をチラリと見てきた土岐は、一度何事もなかったかのように漫画雑誌に視線を戻したのだが――ピタリと動きを止めた後、勢いよくこちらを見てきた。

「…………」

 鳩が豆鉄砲を食ったような顔というのは、今目の前にある顔を言うのだろう。

 土岐が考えをまとめられていない状況下で――まとまる前に――こう言った。

「元気そうでよかったよ。ちょっとだけ、漫画の感想を言い合わないか?」

 土岐は驚愕したまま、頷かざるを得なかった。

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