第一章 極彩色 ④
生まれてこの方女子と二人でどこかに出かけた経験など全くと言って良いほど無い。
いや、これは強がりだ――皆無だ。
零と言い換えることも出来る。
――前日金曜日――天体観測が終わる前に――星海に泣きついた。
「どこに行けばいい!」
女子と行くべき場所など想像だにできない。
接点が最近できた状態故、土岐が楽しんでくれるヒントすらわからない。
それゆえ俺よりかは土岐と共に過ごしており、地味に女子二男子一というえげつない環境下で和気藹々と天文部の日々を過ごしている猛者に教えを乞うしかなかったという訳だ。
「それなら、最近要さんとも行って喜んでくれた――当日予約もできるお店があるから紹介するね」
要さんと一緒に甘味処に行った点が気になって仕方がなかったが、時間も時間だったためそこはスルーして「ありがとう、頼む」と告げた。
こうして星海から共有された場所は、カフェにも関わらず美味しそうなランチも食べられる一石二鳥なお店だった。公式HPに掲載されているガレットと――パフェやパンケーキなどのデザートが――土岐が喜んでくれるという自信に繋がった――
そうして本日十一時半に、とある駅の改札前で土岐を待っている。
待ち合わせは十二時だったが気持ち早く着いてしまった。
既にお店の場所も把握している。
スマホを見なくとも道案内が出来る状態になっている。
「…………」
我ながら信じられないほどに緊張していた。
青い肩掛けバッグの中に入れているペットボトルのお茶が見る見るうちに減っていく。
冷静なキャラである自負があったものの、蓋を開けてみれば女子に耐性のないどこにでもいる一般高校生男子である事実に震えるしかなかった。
過去にどんな経験をしていても――
それによりどんな精神状態になっていたとしても――
女子と初めて休日を過ごす緊張感には太刀打ちできない。
ただ、待ち合わせの時間までには三十分もある。
この間に気持ちを落ち着かせて、土岐という女性との逢瀬に向けてしっかり準備をすれば良い。そうだ、そうに決まっている。時間はあるんだ、大丈夫だ。
――というような浅はかな考えが通るならば、俺はこんなにも土岐に振り回されていないだろう。
「え、何でもう居るのっ!」
スマホにダウンロードしている電子書籍『異性との会話は準備が九割』を改めて読もうとしたところ、いきなり声をかけられた。
顔を上げると、そこには麗しい女性が居た。白いワンピースが映えており、赤いヒールの靴を履いている。艶やかな黒い長髪は光に照らされている。顔を見ると唇が朱く染まっている。口紅を塗っているのだろうか。そこまでの準備を、今日、この時のためにしてくれたのか。
「こ、こっちのセリフだろうが」
緊張が伝わらないように精一杯の強がりを見せる。
そんな俺の内心が見え見えなのかどうなのかはわからない――土岐は「アハハ」と笑った後、近づいてくる。
「まさか私以外に集合時間三十分前に集合する人がいると思わなかったよ」
「そんなに綺麗に準備してくれているのに、何故三十分も前に来れるんだ」
「あれ? なんか、褒めてくれている、ね」
「当たり前だろう」
「あ、当たり前なんだ。それは何よりっ」
エヘヘと笑い、土岐は「波風君に喜んでもらえて良かったよ」と呟いた。
そんな言葉を浴びせられて、平常心で居られる男子高校生は存在するのだろうか。
答えは否だ。
無理に決まっている。
それでも何かを言わなければいけない。
現に土岐は、こちらからの一言を待っているように見える。
声にならない声を一瞬漏らした後、言葉を紡いだ。
「…………俺も、嬉しいよ」
「……良かった」
俺も、土岐も、お互いの顔を見れない。
何だこれは。
こんな展開、俺は望んでいない。
「とりあえず、目的地に急ぐぞ」
「歓楽街とか?」
「一体全体俺を何だと思っているんだ」
「よく話すようになってから二日でデートに誘うチャラ男」
「ぐうの音も出ない!」
「まあでも、私を見た初々しい反応で、そんなことはないかなって思えたよ」
「ニヤニヤしながら言われると悲しいセリフだなそれは」
「私はそっちの方が安心だけどね」
「そいつは良かったよ」
「ちなみに波風君は私のことをどう思っているの?」
「ノーコメント」
「それはずるいでしょ!」
こんな軽口を叩き合っていると、数分などすぐに経ってしまう。
流石星海というべきか――おすすめの甘味処は駅近であり、もう到着してしまっていた。
「え、ガレット専門店じゃん。波風君らしくないとはこのことだね」
「失敬でしかない」
「調べてくれたの? それとも行きつけなの?」
「…………」
ここで何と反応すれば好印象に繋がるのだろうか。
この店の食べ物を一口も食べたことが無いため、「調べた」と返答する方が良いのかも知れない。
脳裏には星海の笑顔が描かれる。
彼の笑顔が思い浮かんでいる時点で、答えは一つしかない。
「星海に昨日教えてもらった」
土岐は目を丸くした後、口の端を思いっきり上げる。
「馬鹿正直だね。星海君の名前、出さない方が絶対に良いのに」
「星海の名前を隠すのは、何というか、したくなかった」
「確かにね。星海君、何というか、裏切れないよねえ」
店前のメニューを見ながらそう言う土岐の声は、心なしか弾んでいるように聞こえた。
「だからこそ、波風君の返答、好きだよ」
振り返った後に真っ直ぐ向けてきた笑顔は、反則でしかなかった。
なるほど確かに、これは男子からも女子からも人気になるだろう。
彼氏も当然の如くいるんだろうと野暮な感情を抱きながら、「入るか」と言った。
店の中は尋常ではないほどにオシャレだった。
モダンな壁、複雑な構造の照明、メイド服を着た女性店員――どこをどうとっても俺には似つかわしくない。反面、土岐にはこれ以上ないほどに合致している。彼女であれば自然と溶け込むことができるだろう。このお店を紹介してくれた星海も同様だ。
三人で来れば良かった。
ないしは要さんも含めて四人だ。
このどちらかが正解だっただろう。
何故俺は二人で来ようなどと思ってしまったのか。
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか」
メイド服を着た店員さんが冥土に連れて行こうとする。
ゴクリと息を飲む音が店中に響いているような気がするが、ここで俺が答えないと先に進まない。意を決して、「に、二名です、先ほど予約した後光です」と答えた。
「お待ちしておりました。奥へどうぞ」
信じられないくらい噛み倒している姿を見て見ぬ振りをしてくれる店員さんに感謝しながら、店の奥へと進んだ。歩きながら土岐が「予約してくれたんだ、ありがとう」とボソッと言ってくれる。その一言だけでも報われる気分だ。俺は「感謝なら星海にしてくれ」とだけ呟き、壁際の席へと座った。
メニューを捲るといろんな種類のガレットがある。というか今更ながらガレットって何だ。一応クレープ的な何かというのは調べてきたは良いものの、メニューを見る限り、昼食に向いていそうなクレープ的な何かと、甘そうなクレープ的な何かがあるように思われる。全ての情報が定かでは無い。間違いなくデート的な何かの初心者でしかない高校生が初手で繰り出せる店じゃない。星海はどれだけ心得ているんだ。高度すぎて太刀打ちが出来ないぞ、おい!
「はぇー、メニューもお洒落だね。流石の私も初めての体験すぎて舞い上がってきた!」
土岐が満面の笑みを浮かべながら、俺の方を見つつゆっくりメニューをめくっていく。土岐としてはゆっくりめくってるつもりだろうが、こちらとしては情報処理が全く追いつかず半分くらいの写真しか見れていない。けれどもそんな情けない様子はおくびにも出せないため、「それは何よりだ」と強がりを見せつつ何とか注文すべきメニューを探そうとした。
そんな中、ふと目に止まったのはソーセージが中央に多く配置されているガレットだった。これは満腹感を得られそうだと思いつつ、注文内容と覚悟を決めた。
「波風君、決まった?」
「ああ。土岐はどうだ」
「うー、どれも食べたいけど、うん、決めた!」
「じゃあ注文するか」
手を挙げて「すみません」と、店員さんに声を掛ける。
――後日、土岐から、店員さんを呼ぶボタンがあることを楽しそうに告げられるのだが、まあこれは――後日――いつかの話――
「ボロニアソーセージのガレットとガレットシャンデレールですね。かしこまりました。セットでコーヒーもつけることができますが、いかがですか?」
「「お願いします」」
奇しくも発言が重なってしまってお互いの顔をふと見合わせる。
「砂糖とミルクはおつけしますか?」
「お願いします」「つけなくて大丈夫です」
一方でここは全く重ならなかった。
情けないことに後者が俺だった。
「大丈夫、恥ずかしいことじゃないよ」
「いや流石に恥ずかしいとまでは思っていなかったんだが」
「誰にも言わないようにするね」
「優しさに棘しかないこともあるんだな……」
土岐が笑いながらからかってくる。
これまでこういった絡みをしてこなかったこともあり、別段嫌な気持ちはしなかった。
そうこうしている中で注文したガレットが運ばれてきた。意外と大きな皿にこれでもかというインパクトで乗っているため、食べ終わった後の満足度は高そうだった。ナイフとフォークを取り出し、土岐に渡す。「ありがとう」と言われた後に「どういたしまして」と返し、自分の分も取り出した。一口食べてみると、濃厚な味付けが口いっぱいに広がり、かなり美味しい。見た目だけでなく味もしっかりしている。星海、恐るべし。
「波風君ってさ、結構育ち良いよね」
「唐突にどうした」
「だってさ、ナイフとフォークの持ち方も慣れているっぽいし、お皿に置くときもちゃんと八の字にしてるし」
「ああ、まあ、裕福な家庭とは言い難いが、礼儀作法はかなり仕込まれたな。一緒に時間を過ごしてくれる人に失礼が無いようにと口酸っぱく言われていたよ」
「良いご家庭だね」
「土岐だって礼儀作法しっかりしているじゃないか。裕福な家庭ってやつなのか?」
冗談めかして発言したのだが――
この一言を受けて、土岐は明らかに表情を暗くした。
ぱくぱくと口に運んでいたガレットの動きがぴたりと止まり、無表情で視線を下に向ける。
「ど、どうした」
「ううん、何でもないよ」
俺に視線を向けてはくれていたが、笑顔が急ごしらえでぎこちない。
家族に関して聞くのは NGなことだけはわかる。
本来の目的である『土岐の『願い事』を知る』という観点でいうと間違いなく深掘りをすべき案件なのだが、とてもそんな気分にはなれなかった。
「変なことを聞いてすまなかった」
「波風君は悪くないよ。私から振った話題だから、私のせい」
「とは言ってもだな……」
「……優しいんだね」
この瞬間に土岐がうっすら浮かべた笑顔は、紛れもなく本心からだっただろう。
普段見る、快活な雰囲気と違うそれは――俺の心中をこれでもかと波打たせた。
こんな笑顔を見せることが出来る土岐が、何故星に願いを向け続けるのか。
家族に対するものなのか、それとも別の何かに対するものなのか。
全くわからないし聞き出せるような雰囲気でもないが、何とかして『願い事』を叶えてやりたいとますます思うようになってくる。
「ちなみに今回は星海君のお店チョイスだけど、女の子とどこか行くってなったら普段はどんなところに行くの?」
「普段も何もない。今日が初めてだ」
「え、そうなの! 波風君のことだから取っ替え引っ替えしているもんだと思ってた!」
「どんな印象を俺に抱いているんだ!」
「自信満々でいけ好かない男子から、自分をよく見せようと頑張っているいたいけな男子になったねっ」
「前後ともに悪評!」
「そんなことないよ。前より後の方が、私は好き。少なくとも――流れ星のタイミングを言い当てたカラクリ以外も知りたいなって思うくらいには」
ニヤリと、お互いに、笑い合った。
探り合っている。
本心は見せまいと意気込みながら、徐々に見えてしまうところがどうしようもない。
持ちつ持たれつ、秘密を共有しつつ隠しつつ。
そんな関係性で良いのではと、紛れもなく、思い始めた。
――ガレットを食べ終わり、店を出る。
「ねえ波風君、もし良ければ、次は私の行きつけの場所に行っても良い?」
「行きたいに決まっている」
「良かったっ」
そう言って向かった先は、これまた、意外でしか無かった。
電車で数駅移動した後、歩いて十五分の場所――
円形のドームが、見る者を非日常へと誘うような感覚に包んでくれる――そんな場所だった。
「土岐、ここが好きだったのか」
「うん。人並み以上には、大好き」
その場所は――科学館というやつだった。
「……小学校ぶりだな」
「そう? 私は先週ぶりー」
周囲を明るくする笑顔を披露しながら、土岐は科学館へと入っていった。
何が目的なのか――何が楽しみなのか――入るまで、わからなかった。
入ってから、少し経って、わかった。
意外と楽しい。
小学校ぶりということもあって新鮮かつ思い出補正もあり、なおかつ若干ながらも科学の原理を理解している身分で様々な装置に触れていくと小難しさよりも楽しさが勝る。
「この球体に手を近づけると電気流れるぞ!」
「気をつけてね、痛いならやめたほうが良いからね」
「と言いつつ俺の背中を押すのはえぐいだろ!」
「アハハハハ! バレてしまったら仕方が無いね! オッケーそれなら次は、雲発生装置に向かおうっ!」
「望むところだ!」
変なテンションのまま一階二階と駆け上がり、あっという間に時間が流れていく。
ああ、なんて楽しいんだ。
ガレットを食べていたときのほんの少しのギスギス感も無い。
お互いがお互い、流れ星の『願い事』関係の何もかもを忘れてひたすら楽しめている。
シンプルに――デート――みたいだなと、思ってしまった。
それはあまりにもおこがましい感情で、身の丈に合わない感情で――
だからこそ、三階に到達して見えた景色に、動揺してしまった。
そこにはこう書いてあった。
『プラネタリウム 入口』
「…………ッ」
二の句を告げなかった。
一気に現実に戻ってしまったような苦々しさが喉を覆う。
見たくない文字列だった。
結局のところ、土岐は、星のことしか考えていないと思ってしまう。
同じ時間を同じように楽しんでくれていると思ってしまった自分の浅はかさに笑うしかない。
土岐が星を好きだとわかっていても躊躇してしまう空間だった。
「波風君、行かないの?」
「ああ、うん、行くか」
思い切りテンションを下げていると自覚したまま発言してしまった。本来ならばこんな心情を露わにすることなく立ち向かうべきだったのだろう。それでも、無謀にも抱いてしまった淡い思いがたちまち崩れてしまった現状に打ち勝つ術は――俺なんかには持ち合わせていなかった。
つまりはそれだけの価値しかないのだろう。
土岐は、俺の流れ星関連のことには興味を持ってくれるが、俺自身のことを見てくれない。
こんな前提で、どのようにして彼女の『願い事』を知ることが出来るのだろう。
答えは藪の中だった。
胸の内で大きくため息をつきながらプラネタリウムの入口に手をかけようとしたところ――
ふと、視界の端から――一気に手が伸びてきた。
それは、華奢で煌びやかで、魅力的な手――
「波風君と、一緒に、入りたい!」
衝撃を覚えたまま顔を上げると――
そこには、尚も明るい笑顔を浮かべる、土岐の姿があった。
――俺は何を驕っていたのだろう。
土岐は、誰とでも仲良くしようとするやつじゃないか。
教室内での立ち位置を見ても、眼前に広がる光景を見ても、一目瞭然でしかない。
それならば、その中の一人になり続けていれば良い。
それ以上を求めなければ――この関係性を続けられる――
「当館のプラネタリウムにようこそ」
周囲が暗くなり、アナウンスが響き渡る。
天井は星座を模して光りだす。季節柄か、夏の大三角形が描き出される。その光景を見て――流れ星が降り――『願い事』を叶えてしまった日を思い出してしまう。
あの時、特に何も考えていなかった。
ただただ夜空が綺麗で、流れ星に見惚れていて、単純な言葉を『願い事』として三回思っただけだった。
その瞬間に、『願い事』として受理され、叶ってしまった。
右隣を見ると、土岐が目を輝かせながらプラネタリウムに魅入っている。
ああ、そうか。
土岐は、星が好きなんだ。
星海と同等か、それ以上に。
けれども、この建物から外に出て時間が経った後に出現する夜空を、土岐は、見れない。
「…………」
何が原因なのかはわからない。
関係が薄い俺どころか、関係が深いはずの部員二人にもわからない。
二人よりも年季が短い人物が、その真相に辿り着くなんてことが出来るとは到底思えない。
しかし、これだけは言える。
「うわぁ」
星を見て、こんなにも無邪気に笑える女性が、夜空を見上げられないなんて馬鹿げている。
土岐の隣で、プラネタリウムを眺める。
「……ああ」
なんて綺麗なんだろう。
実物は、もっと良いものなのだろうか。
『願い事』を叶えてしまってからというもの、夜空に浮かぶ星々に対して真正面から向き合えていなかった――ため息しか出なかった。どの星がどんな星座を形作り、どんな意味を持つかなんて知ったこっちゃない。
ただ眺めて、ただ綺麗だと思えることが、どれほど幸せなのだろう。
――ふと脳裏に思い浮かんだのは、幼少期の息子に対して阿鼻叫喚の嵐をぶつける両親の姿だった。
こんな姿を見るくらいなら『願い事』になんか関わりなくなかった。
流れ星に関わる気なんてなかった。
でも、土岐の『願い事』を、俺の『願い事』で叶えられる可能性があるかもしれない状況で――何か動いたら何かが変わり――
その結果として土岐と一緒に流れ星を見られるかもしれない――!
過去を払拭し、報われるかもしれない――!
「決めた」
右隣の女性に聞こえないように、小さくつぶやく。
「土岐の『願い事』を叶えて、夜空を見上げてもらうことにしよう」
そこにメリットデメリットなど存在しない。
隣で笑う土岐のために、そうしたいと思ったからこその『願い』だった。
「以上でプログラムは終了いたします。ご静聴、誠にありがとうございました」
プラネタリウムがいつの間にか終わっていた。
土岐が満足気に「楽しかったね!」と言う。
「波風君は楽しかった?」
「楽しいに決まっている」
「ずっとブツブツ呟いていたのに?」
目は、真っ直ぐ、こちらを向いている。
突然の発言で二の句を継げなかった。
もしかして、「全部、聞こえていたのか」
「ご名答。声通っていたねー」
語気がハキハキしており、表情も朗らかだ。
でも、俺を見る両目の奥は、暗い。
先程までの俺ならここで臆していただろう。
――思い返すのは、プラネタリウムを心の底から楽しむ土岐の姿
「全て聞こえていたのなら、話は早いな」
土岐が何を背負っているのか、知ったこっちゃない。
俺は、自分の願いに向けて、真っ直ぐに視線を向ける。
「土岐の『願い事』を聞き出して、絶対に、叶える」
「……ふうん」
土岐は、もう、笑っていなかった。
その代わりに、言葉を紡ぐ。
「波風君ってさ、『願い事』、叶えているんだよね」
「そうだ」
「意外とすんなり認めるんだね」
「隠していても先には進めないだろう」
「殊勝な心がけで何よりだよ」
「お褒めに預かり光栄だ」
「ちなみにその『願い事』が何かは――」
「教えない」
断言した俺に向けて、不満げな表情を向けてくる。
「それはさ、条件破綻してない?」
「教える時は、然るべき時だ」
「波風君の『願い事』を聞いたら、私が自白するって言っても?」
「俺の『願い事』が土岐の『願い事』に繋がらないなら、ダンマリを決め込むだろ」
「へぇ。よくわかっているねー、私のこと」
「だからこそ、絶対の条件が出現して、重ならなければ――既に叶えた『願い事』の詳細を述べる気は無い」
「……大体わかっているんだけどね」
「大体なら、提案の猶予と勝算がある」
「すっごい自信だね。尊敬しちゃうなっ」
「御託は良い。何をすれば事足りるんだ」
「アハハッ、嬉しいねー。そんなこと言ってもらえるなんて、女の子冥利に尽きるよ。それじゃあさ、うん、そうだね……手始めに……」
土岐は、視線を、少し遠くに向け始めた。
その視線に沿って目線を向けると――
そこには、星海と要さんが居た。
楽し気に、お互いがお互いを見ている。
「や、やはり、付き合っているのか」
「付き合ってないんだよ」
「はぁ!」
「大声出さないで。気づかれちゃう」
土岐はそう言うと、俺の耳に口を近づける。
体験したことない近さと息遣いに心臓が無意識に高鳴るのを無視しながら、平然を装い続ける。
そんな俺に気付いているのか気付いていないのかわからないまま、土岐は、こう言った。
「あの二人を見ているとさ、もどかしいんだよねー。絶対好き同士なのにー」
「その気持ちはわからないでもない」
「くっつけたいよね?」
「それは、そうだな」
「くっつけたら教えてあげる」
土岐は、毅然とした態度でこう言ってのけた。
「私の『願い事』、教えてあげる」
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