第7話 「日常に紛れる紋章」

 昼休みの学食は、いつものようにざわめきと香りに満ちていた。定食プレートから立ち上る湯気、あちこちで交わされる会話、食器がぶつかり合う音。その喧騒の中で、俺は友人の川村とカレーライスを突いていた。


「なあ健太、これ見た?」

川村がスマホを俺に差し出す。ニュースサイトの記事が表示されていた。

「最近この辺の中小企業が次々に買収されてるんだと。買ったのはどれも同じ系列らしい」


「……同じ系列?」

思わずスプーンが止まる。


(買収……それも全部ひとつの系列? 想像以上にでかい話なんじゃないか?)


川村は気軽に「世の中って動くの早いな」と笑ってみせたが、俺の胸には別の感覚が広がっていた。


(街も塾も、急に加速度をつけて変わっていってる気がする。昨日までの景色が、気づけば知らない色に塗り替えられていく……俺だけが置いていかれてるみたいだ)


 午後の講義を終えて駅前に出ると、人の流れの中に青いベストを着た男女の集団がいた。にこやかにチラシを配りながら、「地域交流」「生活相談」と声をかけている。


差し出されたチラシを受け取った瞬間、足が止まった。そこに印刷されているロゴマーク――塾の掲示板で見たものと同じだった。


(……またこれか)


紙を握る手に力がこもる。通り過ぎる人々は誰も気にせずチラシを受け取っている。その光景が逆に不気味だった。


 夜。夕食をとっていると、テレビの速報がテロップを流した。

『マルチ商法まがいの集団勧誘被害が多発』


画面には昼間の団体と同じロゴが映し出されていた。学生や家族連れが「断れなかった」「契約してしまった」と不安げに語っている。


母は一言「怖いわね」と呟いてすぐ別の話題に移った。

だが俺は画面に釘付けになったまま、動けなかった。


(塾、斎藤さん、そして俺の口座に眠る金……一体、俺の周りでなにが起きてるんだ…)


答えは出ない。ただ、日常の風景がまた一つ知らない影に塗り替えられたのは確かだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る