くじ引きで学級委員になった俺、不登校少女にプリントを届けて仲良くなる〜彼女はオタクで発言が厨二くさい(俺もまた人のことは言えないけどな!)〜
空岡立夏
第1話 強烈個性少女
一、強烈個性少女
とある日のとある昼下がり、いつも通りのコンビニまでの道のり。
東京の春はせわしない。今が春休みだということを抜きにしても、人でごった返すこの道は好きになれそうになかった。
東京生まれ東京育ちの俺がこうなんだから、地方から来た人間なんかひとたまりもないだろう。
とはいえ、この東京の雑踏を歩く人々の中から、生粋の東京人と地方からのお上り組なんか見分けがつくわけでもない。みんな各々にうまく化ける、東京の人間に。まあ、言ってしまえば生粋の東京人なんてものはいないのかもしれないが。俺の両親だってもとは地方出身だし。だけれども。
「ふえぇっ!」
ふえぇっ! って、今時ほんとに使う人間いるか?
明らかに東京に馴染まない声、馴染まない音、馴染まない仕草。
間の抜けた声とバッターンと何かが地面にぶつかる音。
声の主は簡単に見つかった。どう見たってあの子、ぼっさぼさの黒髪に、しゃれっけのない黒ぶち眼鏡、いかにも頑張りましたって感じの洋服は歳に見合っていない。少し大人びた服はオフショルダーにミニスカート(しかもタイト)、さらにたっかいピンヒールを履くその子はどう見たって俺と同い年くらい。だから。
「大丈夫?」
「……は?」
だから、なんとなく。何となく親近感を覚えただけで、別に他意はなかった。彼女に気があったとか、気になったとか、好きになりそうな予感がしたとか。そんな気持ちは微塵もなかった。
あえて言うならば、同情。
なぜなら道行く人々がみな、彼女をクスクスと笑っていたから。
この人込みの中、転んだ彼女を助けようとする人間なんか皆無だった。本当だったら、俺もそうなるはずだった。なのに何故か、手を差し出していた。
「……別に、平気だし!」
見た目弱々しそうだった(しかも優しい顔つきであった)彼女は、見事に俺の手を払い除けた。こりゃまた驚く。漫画なんかではありがちな展開だけど、まさか本当に手を払い除けられる経験をする日が来るなんて、つゆほども思わなかった。
行き場を失った右手を、取り合えず頭に持っていく。そのままがしがしと頭をかく。恥ずかしさを隠すための行動だった。まったく、たまに良いことをするとこんな目に遭う。俺って損な性格なのかもしれない。
俺が彼女から目を逸らして頭をかいている間に、彼女は立ち上がりパンパンと服のほこりを叩いていた。
「あーもう、やんなっちゃう」
「……大丈夫?」
「……! まだいたの?! だ、大丈夫だしっ、何か石につまずいただけだしっ」
聞いてもいないのに彼女は言い訳をする。右手で後れ毛を耳にかけながら。
「べ、別にたまたま転んだだけでいつも転んでる訳じゃないんだから! いつもはもっとこう……」
「いや、君東京初めてデショ」
「えっ、うそ何で分かっ……」
「いや、分からない方がおかしいから」
「ええっ、何で? ちゃんと雑誌で予習したのに」
彼女は自分の服を見渡して首をかしげた。いや、まあ確かに東京っぽい服だとは思うよ。でも君に合ってない。というか、服をおしゃれにするなら化粧と髪型もおしゃれにしなきゃつり合わないよね?
まあ別に俺は君の化粧っけのないところは否定する気はないけどね。だって中学か高校生くらいの女の子が化粧してたらちょっと引くから。歳に見合った格好をしないとちぐはぐになるからね。
なんて、直接言えるわけもなく。
「何でだろ」
いまだクエスチョンマークを漂わせる彼女は、どうやら本当に分かっていないらしい。が、彼女に先程の俺の持論を伝えるほど俺は優しくない。もとより、単なるすれ違い様に知り合っただけの女の子にそんなことを言うのはただのお節介だ。
彼女には悪いが、うんうん唸る彼女を置いてこの場を離れようと体を後ろに振り返り、一歩足を踏み出した。
のはよかった。
俺の向かい(つまり彼女の向かいにも当たる)から自転車に乗りながらスマホをしている男が見えた。いまだにながらスマホをする人間はいなくならない。マジで滅びればいいのに。ていうか、条例で禁止されてんのに、いい度胸してるよな。
じゃない。
このままいけば自転車は彼女に突っ込む。彼女は当然、自転車に気づいていない。いや、勘のいい人間なら自転車に気づくはずだが、彼女はそうはいかないようだ。
ちらりと彼女を振り返る。
よく見たら、彼女はさっき転んだ拍子に足をくじいているようだった。少しだけ右足がひきつっている。
さて、どうしたものか。なんて、考える余裕もない。あと数秒もしたら自転車はここに到達する。
俺だけが自転車を避けるか? いや、それは人としてダメだろ。
となると。
えーい、恥も外聞もない! やるんだ俺、男山野井みこと!!
「ふぇっ!?」
迷いなく動いた右手が彼女の左手を力強く掴む。そのまま彼女を引っ張って道の端に寄せて、なぜだか俺の体はそのまま彼女を抱き寄せた。左手にすっぽりと彼女を納めていた。
自転車の男は俺たちとすれ違うタイミングでようやくこの危機的状況に気づいたらしく、ハッとした顔で俺を見た。だが、何事もなかったから別にいいだろう、そんな考えなのだろう、頭を小さく下げるだけでまたスマホに目線を戻し、ながらスマホで走り去っていった。
マジかよ、あいついつかやらかすぞ。そのうちニュースにながらスマホの逮捕者、とかで流れるに違いない、いやもう俺は確信してる。あいつはいつか痛い目を見る。
まったく。
ホッとしたのもつかの間だった。
「な、何すんのよっ!」
「えっ!?」
バゴン。
言っておくが、パシンとかそんなかわいいものじゃない、彼女の右アッパーが俺の顎にヒットした。
グーパンチ。いや、ちょっと張り手に近かった。とにかく彼女の右手が俺の顎にヒットして、俺は危うく舌を噛みそうになった。
じんじんビリビリと顎が痛む。思わず彼女を突き放して自分の顎を押さえる。
「ってー。オマエな、助けてやったのに」
「だ、だからってこんな、こんな風に抱き締めるなんてあり得ないでしょっ?」
こんな風に、言いながら彼女は俺の真似をしているのか、両手で人を抱き締める形を取って、そんで、あろうことか……
「いや俺そんな顔してねえし」
「してたよ。鼻の下伸ばして」
「いや、あの状況でそんな顔するやついないだろ」
「どさくさに紛れて体触ったくせに」
「なっ……言い方!! オマエみたいなちんちくりんやろうに興味ある男なんかいないからな?!」
「ちんちくり……はあ? 何よ、助けてくれたからいい人かと思ったのに、ほんとしょうもない男ね!?」
「何とでも!! もうオマエと会うこともないだろうし、痛くも痒くもないね! じゃあなっ!」
一方的に怒鳴り、彼女に背を向けた。背を向ける刹那、彼女の目に涙がたまっていることに気づかない俺じゃない。だけれども、今後二度と会うこともない女の子だ、憎まれようが嫌われようが俺にとってはどうでもいいこと。
そりゃあ、女の子を泣かせる男は最低だって俺自身も思ってる。だけど、だ。俺は仏でも何でもない。あそこまで言われてしまっては、引くに引けない。
春休みの外出は、後味の悪い、最低最悪の一日を作り出した。
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