第9話 ケース③ あるスライム娘の被害者視点



「ミルルちゃんのこと、触ってみてもいいかな?」


――その瞬間、心臓のあたりが跳ねた。

突然の発言に驚いて、声が裏返る。


「えっ! 触るって……僕をですか?」


ほのかさんが、僕に触りたいなんて……夢みたいだ。

信じられなくて、どうしても確認せずにはいられなかった。


「ど、どうしてですか?」


ほんの一瞬、期待が芽生える。

僕に興味を持ってくれているのかも、そんな淡い幻想が胸に広がる。


しかし、すぐに否定する。


いや、そんなはずない。

僕は欠けた核を持って生まれた、半端なスライム。


スライム族にとって核は誇りであり、美の象徴。

それを欠けて生まれた僕は、幼い頃から笑われ、避けられ、

いつしか人の影に隠れるように生きることが当たり前になってしまった。


だからこそ。

初日から彼女募集を宣言して、密かにクラス内で彼女にしたいランキング一位の超絶美少女のほのかさんと、ペアになれたことは、僕にとっては神様の奇跡みたいだった。


「もっとスライム族のこと知りたくて」


……やっぱり。

でも、ほのかさんの役に立てるならそれだけで十分、嬉しい。

胸の奥がじんわり温かくなる。


「わ、わかりました……ほのかさんになら……いいですよ」


(こんな僕でも役に立てるなら…)


「ど、どうぞ……」


緊張で喉がからからに乾くのを感じながら、服の裾をそっと持ち上げた。


「じゃあ、失礼します」


ほのかさんの指が近づいてくる。

細くて白い指が、お腹に触れて――つぷっと、体内へ沈んでいく。


柔らかい感触が、僕の内側をなぞる。

異物感とくすぐったさが混じり合って、思わず声を飲み込んだ。


「おお〜……」


ほのかさんが感嘆するような声を上げる。


「ミルルちゃん痛くない?」


心配そうな瞳が覗き込んでくる。

どうして、こんなに優しくしてくれるんだろう。


「は、はいっ! スライムは痛覚ないので……だ、大丈夫です!」


情けないくらい慌てて答える。


「そうなんだ……じゃあ…そろそろ抜くね」


指がゆっくりと抜けていく。

少しの名残惜しさを感じながらほのかさんの指が離れていく。


完全に抜け切った時、ほのかさんの指先に小さな雫が光るのが見えた。


「あっ、ごめんなさい! すぐ拭きます!」


慌ててカバンをまさぐり、ハンカチを取り出そうとする。

僕なんかがほのかさんの綺麗な指を汚してしまったなんて、耐えられない。


「ううん、大丈夫だよ」


柔らかな声が、僕の焦りを宥める。

そして何かを考えるように指先を見つめる。


その直後――


「いただきます」


「え……? い、いただくって……何を……?」


意味を理解するより早く、ほのかさんは雫のついた指を口元に運んだ。

大きく口を開け、指ごと含み込む。


「っ……!」


突然すぎて、止めることもできなかった。

もきゅもきゅと咀嚼する音がやけに鮮明に響いて、頭の中が真っ白になる。


わぁ……なんか、すごく味わってる。

美味しいのかな?

……いや絶対不味いよね? 


でもでも………もし、もし美味しいって思ってくれたなら……嬉しい。


え、なにこの感情。

僕、ほのかさんに食べられて……嬉しいって思っちゃってるの?

今まで感じたことのない感情が、胸をかき乱す。


違う、そんなことより早く辞めさせなきゃ


「え? えええ!? ほ、ほのかさん、何してるんですか! 汚いですから食べちゃダメです! ぺっ、ぺってしてください!!」


慌てて叫ぶ。

こんな綺麗な人に、自分なんか食べさせてはいけない。

吐き出させなきゃ――そう思って足に力を込めた。


「そんなことないよ、可愛いミルルちゃんの体から出てきたんだから」


――その瞬間、爆弾みたいな言葉が落ちてきた。


「か、か……可愛い!?」


思考が一瞬で吹き飛ぶ。


Kawaii??𐌘𐌗𐌁𐌔𐌎𐌋?

カワイイ?ってなんだっけ、なんか聞いたことがある、

確かメルカバー族に伝わる成人になるための通過儀礼の名前だったような……?

半ば現実逃避じみた思考が、頭の中をぐるぐる駆け巡る。


「うん、大丈夫、美味しいよ、自信持って👍」


にこりと笑いながら、親指を立てる。


「そ、そ、そういう問題じゃないですぅ〜〜!」


恥ずかしさのあまり顔から火が出そうで、まともに足元も見てなかったためふらつく。


「あっ」


「おっとと」


バランスを崩しまい、ほのかさんの腕に抱きとめられる。

体温と、甘い香り。

安堵と同時に、離れなきゃと頭で思う。


けれど――その瞬間


ゾワリと、ほのかさんから”何”が流れ込んでくる。

それは今までに感じたことのないような清純なものだった。


「っ……!」


ほのかさんと接触して居る所から”何”が這い寄るように巡り、徐々に僕の体に満ちていく。


それは水の入った一杯のコップに一滴の色水を垂らしたように。

無色透明な水はその一滴ですら全体を染めて変えてしまう


――覆水盆に返らず。


ほのかさんの世界の言葉を思い出す。

まさにそれだった。


僕と言う存在が肉体という器から溢れ落ち、

ほのかさんの魔力と混じり合う、自分が塗り替えられていく感覚、

そんな取り返しのつかない行為に多幸感が溢れ出る。


それは今まで生きてきた中で経験したことない快感だった。

頭の奥でパチパチと火花のような快感が弾ける。

訳のわからない感覚に気づけば、目から涙がこぼれ落ちていた。


他の人に説明しても誰にも理解されないだろう、

こんな平凡な日に、こんな授業中に、

僕と言う存在がほのかさんに染められてしまったことを。


ほのかさんの魔力と僕が、同化し、溶け合い、交響する。


快楽に焼かれた核でぼんやりと真理に至る。


僕は分かってしまった。


(……ほのかさんって……神様だったんだ…)


「わっわ、大丈夫?」


心配するような、やさしい声が降ってくる


「ごめんね、悪ふざけがすぎたよね」


そんな、神様が僕なんかに謝らないで……


「い、いえ……僕のほうこそ……。なんなら、もっと……」


……そう、もっと、もっと、僕を食べてもらいたい、噛みちぎってほしい、消化してほしい、

ほのかさんの一部になりたいそんな欲求が僕の体を駆け巡る。


(ずるい、ずるいよ、あんなに味わって食べてもらえて)


先ほど食べられた、お腹の中にある自分の一部にさえ嫉妬してしまう。


ほのかさんが心配するように僕を覗き込む、

胸の奥がきゅうっと甘く高鳴る、思わず媚びるようにへらりと笑った。


けれど、笑ったところでごまかせない。

この鼓動は嘘じゃない。


さっき流れ込んできた彼女の魔力の余韻が、まだ体の奥でじんじんと響いている。


――どうせなら、この想いを伝えたい。

拒まれるかもしれない。

引かれるかもしれない。


でも、もし今言わなかったら、きっと一生後悔する。


震える手を胸の前でぎゅっと握りしめる。


そして、僕は今まで生きてきた中で最大の決断をした。


「あの! ほ、ほのかさん……こ、これ……受け取ってください」


やっちゃった――。

僕の一番大切なモノを、差し出してしまった。


もう後戻りはできない。

背中をつうっと冷や汗が伝う。


僕が差し出したのは、スライム族にとって、命より大事で、アイデンティティであり、自分の尊厳でもある自らの核だった。


けれど、これは伝統に則った厳かな“核誓”なんかじゃない。

もっと身勝手で、もっと利己的で、私だけの

誰にも理解されない自己献納だ。


そう思えば思うほど、どこか甘く痺れるような疼痛がわたしを満たす。


「こんな綺麗な……宝石みたいなの、もらえないよ」


「ホウセキだなんてそんな」


嬉しい。

僕の欠けた核を、宝石って呼んでくれるなんて。


ずっと「欠陥だ」「足りない」「普通じゃない」って言われてきた。

笑おうとすれば「気味が悪い」と言われ、

隠そうとすれば「卑屈だ」と笑われて、

結局どうしても、僕はどこにも馴染めなかった。


そんな僕が――今、目の前の彼女に、宝石だって呼ばれた。

ただの欠け、ただの傷、ただの重荷だったはずのものが、

彼女の言葉ひとつで光を帯びて、価値を与えられてしまった。


胸の奥がきゅうっと熱くなって、息が詰まりそうになる。

震える心臓の鼓動はもう隠しようもなかった。


ほのかさんに受け入れられて、価値を見出されて。

その事実が、快感となって全身を震わせる。


「いえ、ほのかさんにもらって欲しいんです、ぜひ受け取ってください」


言いながら自分でも、声がわずかに震えているのが分かる。


「ええと……」


彼女は戸惑って、僕と宝石を交互に見つめる。


「ぜひ!」


必死に押し出すように重ねた声は、懇願に近かった。


「分かったよ大事にするね、ありがとう」


「そして、できたらでいいんですけど……、ずっと身につけて欲しいです」


恐る恐る願いを口にする。


「うん、わかったよ」


ほのかさんの笑顔に、心臓が爆ぜそうになる。


受け取ってもらえた。これで――


核は魔力を通じて繋がっている。

どこにいても、自分の核の場所を感じられる。


好きな人のことは、なんでも知りたい。

どこにいて、何をしているのか、何を食べて居るのか。


これから先も、ずっと――




_________________________________________ もし「面白い!」「続きが気になる!」と思っていただけたなら、ぜひページ下部の『★で称える』から★を押して頂けると嬉しいです! あとよろしければコメントでおすすめの百合作品教えてください。

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