酒好き天女と時守の話

よし ひろし

酒好き天女と時守の話

 むかし、むかし、天界にお酒が大層好きな天女がおりました。その体からは四六時中アルコールの香りを漂わせていた程の酒好きでした。


 ある日、その天女の耳に、酒が湧く不思議な泉の話が届いてきました。地上、日本の相模の山奥にあるというその泉から湧く酒は、得も言われぬほどの美味であると言う話です。


 酒好き天女は、当然のごとく、その泉目指して地上に降り立ちました。もちろん、天帝の許可など得ずに。

 山奥にひっそりと湧く小さなその泉を見事見つけ出した酒好き天女は、その泉の水、いえ、酒を呑み干さんばかりの勢いで三日三晩呑み続けました。


「ぷはぁ~、満足、満足!」


 酒好き天女は、ご満悦で、天界への帰途につきます。ところが、べろんべろんに酔っていたため、空をあっちへふらふら、こっちへゆらゆらと、糸の切れた凧のように漂いました。そして――


 ドン!


 酒好き天女は、何かにぶつかってしまいました。

 それは、時計台でした。

 山奥のひなびた村には似つかわしくないほど立派で、背の高いその塔の先端にぶつかった酒好き天女は、すとーんと、地に落ちてしまいます。そして、そのまま気を失ってしまいました。いえ、深酒のせいで爆睡したといった方が正確でしょうか。


 その物音に、時計台の守をしていた青年が、何事かと覗きに来ます。そこで、地にだらしなく寝コケている天女の姿を見つけ、部屋へ運んでやりました。


 翌朝、酒好き天女が目覚めると、横にはその時守の青年がすやすやと寝ていました。そして、なぜか、二人は素っ裸でした。何があったのか――若い男女が裸で同じ布団に寝ているのです。想像はできるでしょう。そうして、二人は結ばれ、一緒に暮らすようになりました。

 ちなみに、その晩、何があったのかは、酒好き天女はまったく覚えていませんでしたが、時守の青年の話によると、眠った天女を布団に寝かしつけたところ、突然、むっくと起きだし、青年の姿を見ると、


「あ、いい男!」


 と言って、抱きつき、あっという間に全裸にされ、そう言うことになったそうですが――それが事実かどうかはわかりません。


 とにかく、結ばれた二人は、その時計台で仲良く暮らし始めました。

 その時計台は、この辺りの大地主が、新しい明治の時代に相応しい何かを造りたいと、大金をはたいて造ったものでした。青年はその地主の親族でもあったので、正体不明の女を一人、囲ったところで、村の誰にも何も言われることもなく、二人は仲良く、平穏に暮らしていったという事です。


 とはいえ、天女は天へと帰らなければなりません。ですが、そのために必要なもの――羽衣が、どこにも見当たりません。有名な昔話のように、時守の青年が隠した――わけではありませんでした。時計台にぶつかり、地上に落下した際に、風に吹かれふわりとどこかに飛んで行ってしまっていたのです。

 青年は、村人に説明して辺りを探してもらいましたが、結局見つけることはできず、酒好き天女はそのまま地上に残るしかなくなりました。

 さぞかし嘆き悲しんだ――かと思いきや、時守の青年が自分の好みそのものだったことや、酒が好きだと言うと、青年が様々な酒を手に入れ毎日飲ませてくれたことから、それはもう毎日楽しく天界のことなど忘れ過ごしていったそうです。


 さて、それからその天女、どうなったかというと――百年以上経った令和の世にも、その時計台に住んでいます。残念ながら時守の青年は、八十五歳で亡くなりましたが、酒好き天女は相も変わらぬ若く美しい姿のまま、です。子供が三人。孫が十五人。ひ孫が…数十人、玄孫が――たくさん、子孫たちは日本いえ世界各地に住んでいますが、年に一度はこの時計台に顔を見せに帰ってきます。

 その時、必ず土産にお酒を持ってくることはお約束です。


 酒好き天女は、今日も時計台で、子孫たちが持ってきた世界各地の酒をあおりながら、空を見上げています。


「私の羽衣、今どこにあるのかなぁ……」


 帰れぬ天界を思って、たまーにそう考えますが、呑む酒のうまさにすぐにご機嫌になり「まぁいいか」となるのが常です。

 そう、美味しいお酒があれば、どこでもいいのです。天界でも地上でも。


 今日も全身からお酒の匂いを漂わせながら、その天女は過ごしていました。相模の国――神奈川の山沿いにある町の古びた時計台で。



おしまい


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酒好き天女と時守の話 よし ひろし @dai_dai_kichi

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