第27話 悪夢の吐息

 その夜、僕は悪夢を見た。

 内容は綾香が転校した小学校を僕は見上げていたのだが、まるで幽体離脱のように宙に浮き、気が付けば学校を見下ろしている状態になっていた。

 このまま空まで飛ぶのだろうかと思いきや、一気に強い風に吹き飛ばされ、僕はそこから約一キロ先に飛ばされた。

 建物の窓を突き破ったはずなのに、音一つはおろか、窓ガラスが割れた様子もなく、僕はそのまま置かれたベッドにあおむけで眠らされていた。

 明かりが照らされている。ここが病院だということが分かった。

 何か、僕は身体に異常があるのだろうか。点滴もしているようだ。体力を消耗しているのか。

 すると、ノック音がした。僕はそちらの方のドアを見ると、そこには小学生で止まっている綾香の姿だった。

 彼女はナースキャップを被り、左腕に猫のぬいぐるみを抱えながら、こちらに近づいてくる。

 そして僕の前に来ると、ニタッと笑った。右手のポケットから注射器を取り出している。

「綾香ちゃん。何をするの?」

 僕は注射器を見ながら焦っていた。無意識に身体を起こそうとするが、身体がいうことをきかない。

「お母さん、注射よ」

 綾香は躊躇なく、僕の点滴している右腕に何度も注射器を突き刺した。

「痛い、止めてくれ!」


 僕はすぐに上体を起こした。窓から朝の光が漏れていた。エアコンはガンガン利かせていて寒さのあまり、掛け布団を身体全体に被ってしまっていた。

 脈絡から鼓動がベース音のようにアップテンポのリズムを刻んでいる。どうやら生きている――僕は深呼吸をして安堵感を覚えた。

 何という夢だろう。僕は完全に眠気が失っていた。

 綾香の夢を見たのはこれで何度目だろうか。この部屋に綾香が幽体となって潜んでいるとしかいえない。

 もしそうだとすると、金村の父親にお祓いしてもらおうかと考えていた。

 とはいえ、もう一度夢に見たものを整理していく。

 小学校から俯瞰して、そのまま宙に浮いたように、病院の室内に入り、ベッドであおむけにされていた。

 病院……。小学校から近い場所に大きな病院があるのだろうか。

 僕は眠りにつくのが怖かったので、スマートフォンを取り出し、地図を調べた。すると、彼女が通っていた小学校から一キロほどに大学病院があった。

 僕が見た病棟はもしかしたらここなのかもしれない。その大学病院のホームページを見ると、階数が十階であり、あの高さなら八階以上ではないかと推測した。

 ――とはいえ、その場所に何があるというのだ。

 ……もしかしたら、綾香が呼んでいるのかもしれない。

 そして、仰向けに縛られている僕に対して、彼女は看護師として注射器を刺そうとした。僕を殺すつもりなのだろうか。

 ニタニタと笑う不気味な彼女。生前の彼女はそんな陰湿な性格ではなかった。確かに、外見はそのような雰囲気だが、奥手でシャイな性格だからこそ、あまり人に見せるのが怖かっただけであり、決して僕を陥れるような女性ではない。

 僕は暫く考えに更けていて、朝が訪れていた。


「多分ここだよな……」

 僕はスマートフォンを片手に立ち止まり建物を見上げた。

 そこは今朝地図で探した病院だった。

 今日は土曜日だった上に、特に用事はなかったので、この場所に行ってみることにしたのだ。家を出る前までは意味のない行動だと思っていたのだが、いざ外へ出てみると、何故か引っ張られるように足はそちらの方向へ進んでいく。

 その為、近くの駅からほとんど地図を見ずに、迷うこともなく病院へたどり着いた。

 週末だが病院前は人が行きかっている。見たところ新しい病院ではない至って普通の大学病院だ。

 僕はここに綾香の母親がいるのではないのかと、夢の中で起きた記憶を辿りに入ってみた。

 病院の受付に行くと、僕は躊躇うこともなく発言した。

「すみません。この病院の入院患者の國繁真奈美さんに会いに来たんですけど、部屋が分からなくて教えていただけないでしょうか?」

 すると、病院の受付窓口の若い女性は、

「申し訳ございませんが、患者さんとどういった関係でしょうか?」

「親戚です」

 僕は咄嗟に嘘をついた。まるで横に誰かに言われているように、スラスラと言葉が出てくる。

「少々お待ちください」

 と、彼女は離れるとしばらくして戻ってきた。

「國繁真奈美さんですね。國繁さんは十階の1006号室に入院されてます」

「そうですか。ありがとうございます」

 僕は小さく会釈をして、エレベーターの方に向かった。

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