第23話 平和を取り戻したはずが……

 八月の後半になり、僕は二学期の始業式から登校した。

 思っている以上に、みんなからの注目はなかった。もしかしたら次郎が何か生徒たちに僕のことを吹きかけたのかもしれない。

 その為、僕からしてみたら、ぬるま湯から入るような、非常に安心した面持ちになった。

 金村、鹿島君、遠藤君の三人も気を使ってくれる言葉を言ってくれた。僕は次郎が言ったカバーをするということは本当だったのだと、より次郎を信用したくなった。

 ただ、二日目、三日目と経てば、休み時間僕が一人の時に、周りを見渡すと女子生徒らが僕を見ながらひそひそと話をしている。

 ああ、きっと悪口なのだろうと、僕はネガティブな気分に陥った。しかし、味方の為にもここでくじけてはいけない。

 隈埜小秋の姿もあった。彼女は相変わらず不良の女子生徒たちとつるんでいる。もしかしたら彼女は自分自身のバリアを貼っているのではないのか。そんなこと僕はよぎった。

 どちらにしても隈埜は僕を一瞥さえもしない。意識はしているだろうが、敢えて僕が再び興味を示さないように、避けている可能性だってある。

 また体育の授業の後教室へ戻る為に、廊下を歩いていたら、「長永君」と、後ろから声がした。

 僕が振り返ると、山口先生が駆け足でこちらに向かってきた。

「この前は強く言ってしまってゴメンな。君がまさか不登校になるとは思わなかったんだ」

 そう言われて、僕は多少苛立った。

「まあ、僕だって一応人間ですから」

「本当にゴメン。先生もあれから自分が言い過ぎたと反省してたんだ。君に気を悪くしたんじゃないかって」

「別に、僕は先生に気を悪くしたわけではないです」

 先生の前で不貞腐れた態度で僕は取っていた。この何かと自分を守るやり方が気に入らない。次郎とは大違いだ。

「まあ、頑張って登校しような」

 そう、先生は僕の肩を叩き離れた。結局一言だけ何かを交わさないと、と考えたのだろう。

 この四日目で少しずつ気分が取り戻しつつある。僕はもう一度スクールライフを作っていける。そう確信していたのだが、体操服から制服に着替えた後、自分の席に座って次の授業の準備をし始めた時に、机の引き出しに一枚の手紙が入っていた。

 長永祐一君へ。

 と、書かれた手紙。差出人はまさかの隈埜小秋だった。

 僕はすぐに周りを気にした。次郎は教室にいない。遠藤君や鹿島君はいるが別の友達と和気藹々と談笑している。

 ――まさか、本人からか。

 僕は隈埜小秋を探した。いや、彼女はまだ隣の教室で制服を着替えているに違いない。

 そうこうしているうちにチャイムが鳴りだした。その音と共に女子生徒たちが教室に入ってくる。

 そこにもちろん隈埜小秋もいた。彼女は僕を一瞥しウインクを見せた。僕が久しぶりに登校してから初めて顔が合った。

 ――何なんだ、この女は。

 僕は憎しみが広がり、しかし、もう一度追いかけたい気持ちが入り混じり授業どころではなかった。

 

「しかし、田中マジうぜえよな。昨日の宿題やってくるの忘れるだけで、暫く席を立たせるなんてなあ」

 次郎はパンをかじりながら、怒りを面に出していた。

「まあ、田中も必死なんだろうな」

 と、金村も同じように口に入れたパンを噛みながら喋った。

 僕と二人は校庭の三段ほどの小さな階段に座り、運動場を見ながら先程の授業に対して愚痴をこぼしていた。

 昼休み前の国語の授業に、担任の田中先生がかなりピリピリとしていたのだ。何を持ってなのか分からないが、宿題を忘れた生徒たちに十分ほど立たせながら授業をさせた。

 僕は宿題をしていたので問題はなかったのだが、授業をサボる次郎と金村は当然の如く、宿題をしてこなかった。

「あんたら、いっつも宿題をしないで、だからテストも赤点を取るのよ。他の生徒たちが時間を削って宿題を完成してるのに、あんたたちは平気なのが許せない!」

 と、田中先生は教団の机を両手で叩きつけて、七人の生徒を立たせたのだ。

 ただ、暫くして、教育に良くない体罰だと悟ったのか、先生は座るよう罵声を浴びた。

「終始、キレてたよな」と、次郎。

「まあな。どうせ生理かなんかだろう」

 と、金村は近くにいる女子生徒たちに聞こえないように小声で次郎に言うと、彼はせせら笑った。

 僕はそれを半分聞いていた。頭の中では先程の隈埜小秋からの手紙のことでいっぱいだった。

 早く中身を読みたい。今便箋をポケットに入れている。多少甘いミストを便箋に付けてあるのが、何とも僕の好奇心を掻き立てる。

 僕はまるで思いついたかのように立ち上がった。

「すまん。ちょっとトイレ行ってくるわ」

「トイレ? さっき行ってたじゃん」

 と、金村はきょとんとした顔を見せる。

「佑ちゃんは近いんだよ。ウォータークーラーの水飲みすぎなんだよ」

 次郎が笑いながら言うと、「うるさいな」と、僕は冗談交じりに笑って見せた。

 彼らから離れると、僕はすぐさまトイレに入っては個室の便所に入り、便箋とポケットから取り出した。

 流石に臭いトイレに甘い香りは感じられなかった。

 中身を取り出し、広げると、そこには、


 『屋上に来て欲しい。話がある』


 と、書かれてあった。

 僕はすぐさま屋上に行きたい気持ちだったが、いつの時間に行ったらいいのかさえ書いていないことに疑問符が浮かんだ。

 文字の書き方からすれば確かに隈埜小秋の字だ。彼女を観察してきたのだから、間違いはない。

 しかし、ここに来て、何の話があるんだ。

 僕は何となく不気味な面持ちで、取り敢えず屋上に行くことにした。

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