第21話 綾香の母親の手掛かり

 僕は次郎とライン内でやり取りしていくうちに、徐々に前向きになった。いや、彼だけではない。遠藤君や鹿島君、次郎と共にいじられキャラの金村もラインのメッセージをくれた。

 しかし、金村は空気が読めないところもあり、彼は結構隈埜小秋の話をしてきた。

 まあ、僕としては彼女のことを隠したいのだが、好奇心旺盛な彼のことだ。暫くその問いに答えていると、徐々に聞かなくなっていた。

 そんな楽しい毎日を送っている裏で、綾香のことが気になっていた。あれ程同じ悪夢を見ていると、もしかしたら綾香がこの部屋のどこかにいるのではないのかと疑ってしまう。

 僕は昼食を家で取った後に、母親に聞いた。

「ねえ、こないだのさ、國繁親子のことだけどさ」

「何なの? 綾香ちゃんが恋しくなったの?」

 母は皿洗いをしながら笑った。

「いや、そうじゃなくてさ。綾香ちゃんのお母さんは今どうしてるんだろうね?」

「それは前も言ったじゃない。私はあれ以来会ってないから……。どうしてるんだろうね?」

「あの、綾香ちゃんが転校した学校の家の住所って知らない?」

「何、綾香ちゃんのお母さんが好きになったの?」

 母は皿洗いを終わらせ、台所につるしてあるタオルを使い、濡れた手を拭いた。

 僕はどういえばいいのか戸惑った。

「何というか、綾香ちゃんが亡くなった真実を知りたいんだ」

「真実、綾香ちゃんは自殺したって言ってたじゃない。しかもイジメられて」

 母は僕が座っているテーブルの向かいに座り、向かい合わせになった。

「でも、そのイジメをした人物も分からないじゃない。俺はそれが知りたいなって」

 母は腕組みをした。

「随分と悪趣味だね」

「悪趣味じゃない。俺はあれから悪夢を何度も見てるし、何かその真相が知りたいんだ」

 母は暫く考えていたが、やがて言った。

「まあ、あんたが外に出るきっかけが出来るんだったら……」


 僕は母に教えてもらった住所を当てに、綾香が住んでいたアパート、大村ハイツに辿り着いた。

 アパートは築三十五年ほど経っているようで、かなり傷んでいる。エレベーターなしの四階建てで、外装は水色だった。ただ、雨などで腐朽して透明に近かった。

 綾香は父親が三歳の頃に離婚をした。離婚の原因は父親のDVの挙句、女性を作って出て行ったという。それから母親は娘を一人で育てていた。

 ここの三〇二に綾香の母親は住んでいる可能性がある。

 僕は早速集合ポストを見た。しかし、國繁という表札ではなく、田中という表札が手書きで貼られていた。

 早速僕の希望は先立たれた。綾香の母親に聞いて、綾香のイジメの原因や加害者を突き止めたかった。

 その後、僕は綾香が通っていた小学校に行った。しかし、どう綾香のことを話せばいいのだろうか。

 僕はここまで来て後悔の気持ちだった。このまま爪痕も残せないまま終わってしまっていいのだろうか。

 僕は小学校に入って、一人の先生に声を掛けた。

「あの、すみません」

「はい、何でしょうか?」

 その先生は若い女性だった。いや、先生かどうかも分からない。ただ、今から教室に向かおうとしているのか、教科書や使いこんでいるバインダーを左手で抱えていた。

「あの、職員室はどちらでしょうか?」

 僕は淡々と話してみる。女性はかなり警戒している。大人が小学校に乗り込んで殺人事件を起こしてしまうこのご時世、そうなるのも無理はない。

「どんなご用件でしょうか?」

「実は、今から六年前に僕の友達の女の子が、この学校に通っていた時に、自殺をしているんです。その原因を教えて欲しくて」

 僕は嘘をつくこともなく、先生の顔を見てハッキリ言った。

 すると、年配の男性の先生が何事かと、こちらに顔を現した。

「池上先生、どうなさいましたか?」

 と、男性の先生。

「いや、この子が過去にこの学校で亡くなった生徒の原因を知りたいって……」

 ――亡くなったという、深刻な話に対して、その先生は顔つきが変わった。

「池上先生は算数の授業に行ってください。チャイムも鳴りましたし」

「あ、はい。松田先生よろしくお願いします」

 そう言って、池上先生は速足で階段の方に行った。

 松田先生は軽く咳払いをした。

「君は部外者だよね。そういう亡くなった生徒というのは僕らには調べようがない」

「調べることは出来ないんですか? 六年前のことですが……」

「学校側では、その子は、卒業は出来なかったが、同期の生徒さんたちは卒業している。卒業したと同時に全て処分をしている。それに君はその子とどういう関係なんだ?」

 松田先生というメガネを掛けた男性は、最初は優しそうに見えたが、どこか偉ぶった態度を取ってくる。過去のことを掘り下げられるのが面倒なようだ。

「まあ、その子とは元々友達でした。その後、この学校に転校したんです」

「ふうん。それだったらその子の両親の方が知ってるんじゃないのか。とにかく、学校側にそれを聞かれても困るんだがね」

 そこまで言われると、僕の足取りは気が付くと回れ右をしていた。どうやらこの綾香に関しては状況も分からないままだった。


 手掛かりがないまま、電車の方に徒歩で向かおうとしたら、不意にある事に気が付いた。

 ――そういえば、ここは鹿島君の家の近くだよな。

 それもあり、僕は綾香の家も通っていた学校も、僅かだが土地勘が分かっていた。

 もしかしたら、鹿島君は國繁綾香を知っているのではないのか。

 可能性はある。小学生で一人の女の子が亡くなったというのは大きな衝撃なはずだ。

 しかし、すぐに鹿島君にラインをするには抵抗がある。次郎には気軽にラインをすることは可能だが、鹿島君や遠藤君には友達とはいえども、僕からしてみたら気を遣う存在である。

 それに鹿島君は何でもそつなくこなす出来る人ではあるが、どこか暗い目をしているし、冷めているところもある。

 僕は彼の家庭環境がそうさせてしまっているのだろうなと勝手に解釈はしていた。

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