第19話 キチガイ

 一週間が経ち、僕は気持ちが不安定なりながら、ようやく学校に登校しようとした。

 ストーカーをした次の日は、まだ学校に行きたいという気持ちでいっぱいだったのに、こうやって一週間も家で過ごせば、学校というものが鬱陶しくなり、何をするにしても力量がいる。

 僕が重い足取りで、玄関の靴を履こうとすると、後ろから母がやってきて声を掛けられた。

「頑張ってね、祐一」

 母はいつも以上に心配した面持ちだ。この一日が一番くじけてしまいそうになる。母はその反面、期待しているような気がして、僕は多少の苛立ちを鎮めながら黙ってドアを開けた。

 通学の自転車を使ってゆっくり漕いでいく。

 次第にS高校の制服を着た生徒たちが増えていった。

 ――どこまで僕の情報は広がっているのか。下級生も上級生も知れ渡っているのだろうか。

 そんなことばかり考えてしまい、思わず高校の校舎に入るのをためらいそうになる。僕はいつものように自転車を止めて、自然体な気持ちで学校の階段を上がっていく。

 何人かの男女生徒が僕を見てせせら笑っている。どうやら話は聞いているようだ。しかし、ここでくじけてはいけない。

 僕は教室のドアを横に滑らせる。事前に田中先生からクラスの席替えをしたという話を聞いていたので、僕は自分の席であろうところまで行くと、机の上に何か大きい文字で彫られているのに気付いた。


 ――キチガイ


 いや、それだけではない。ストーカーとも黒いマジックで書かれた。何だかポジティブにとらえるとちょっとした寄せ書きのようになっていた。

 僕はこの光景を見た瞬間、辺りを見渡した。すると、それに気づいた男女生徒たちはニヤニヤ笑いながらこちらを見ている。誰一人として味方をするようなクラスではなかった。

 僕はただでさえ情緒不安定なのに、このつまみ出されそうになる長永祐一という人物がここにいていいのか、分からなくなった。

 いや、今ここに僕がいて、自制できるほどタフではない。

 ――逃げよう。

 それを瞬時に考えると、僕は嫌になって、持っているカバンをまた肩に掛けて、一目散にドアへ向かって走った。

 廊下まで出ると、そこには次郎が登校したようで、彼も肩にリュックサックを背負って鉢合わせになった。

 僕は一瞬立ち止まった。何を言えばいいのか分からなかった。

「おう、今日から復活か! よろしくな」

 と、次郎は不意に笑顔になり、握手を求めた。

 しかし、僕は彼の期待に応えず、そのまま走って階段を下りた。


 インターホンを鳴らすと、すぐに母は出迎えてくれた。しかし、それが僕だと分かった時、目を丸くした。

「祐一、どうしたの?」

 その声を聞かずして、僕は階段を上がり、自室に向かってドアの鍵を閉めた。

 リュックサックを放り投げて、すぐにベッドにうつ伏せ状態になる。

 ――何が学校だ。何が友達だ。

 僕は自分がしてしまった罪と罰。そして、それまで支えてくれた友達。それから自分が表現できていたこの高校に、今は憎しみでしかなかった。

 何度も次郎からラインが来ていたのだが、僕は幾度も無視をした挙句、衝動的にブロックをした。

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