第16話 歪むストーカー

「しかし、お前は本当にいいよな。小秋ちゃんの隣の席なんて……」

 次郎は休み時間で、僕の席の右に立ち、小秋の空席を見ながら話した。

「まあ、運が良かったんだろう」

 僕は心の中では胸を躍らせていたが、あまり見せないようにしていた。

「佑ちゃんはホントに素直じゃないんだからな。この前だって、放課後になって一目散に帰るんだぜ。俺たち嫌われてるのかと思ったよ」

 と、その横には金村。

 小秋の後を付けていた日だ。「いや、だからあれは、家の用事があって早く帰らないと行けなかったんだ。本当にごめん」

「家の用事って何かあったのか?」

 と、次郎。

「まあ、詳しくは言えないけど、親戚が病気で倒れてな。それで早く帰ってくれって親に言われてたんだ」

「何だ、そういう事か。それなら仕方ねえな」

 次郎は両手を後頭部の後ろに持っていって、大きな欠伸をした。

「アレは仕方ないぜ。だって、佑ちゃん。鬼の形相だったもんな」

 と、金村が僕に笑いながら言った。僕はあの時必死だった。その為、顔に出ていたのかもしれない。

「しかし、話は変わるけど。小秋ちゃんの家に遊びに行きたいよな」

 金村も小秋の机の方を見る。今隈埜小秋は友達と教室を出てどこかへ行っているところだ。

「まあな。でも、俺達みたいな雑魚には相手もされないよな」

「きっと小秋ちゃんのことだから、家も奇麗な家に住んでるんだよな。大きくてさ。お城みたいなさ」

 と、ここまで金村が言うと、僕はニヤッと笑って話した。

「いや、意外と閑静な住宅地のどこにでもあるマンションに住んでるよ」

「え、そうなのか?」

 と、次郎は目を丸くする。

 僕は笑いながら頷いた。

「どうして、お前がそれを知ってるんだ? 俺達でも知らないのに」

 と、金村は少し僕に疑念の気持ちを抱いていた。

 もしかしたら小秋は、プライバシーに関しては秘密主義なのか、自分の住まいを誰にも話していないのかもしれない。僕は焦りながら天井に目線を持って行った。

「あ、何か俺も風の噂で聞いたんだ」


 しかし、小秋は自分の家の住所も、誰にも話していないなんて不思議なものだ。

 男子生徒ならともかく、女子たちともプライベートでは仲良くしていないのだろうか。

 確かにこの前も帰るときは一人で帰っていたよな。それに表面ではチヤホヤされている分、何か闇を抱えているのかもしれない。

 それを追求するのが僕の役目だ。

 僕は小秋の自宅を知っているのが自分だけということに、非常に優越感を覚えていた。

 今、小秋と付き合える人間ランキングは僕が一位だろう。

 そんなことを心の中で思いながら、授業中もずっと小秋の方を見ていた。

 この小秋から来る、ほのかな石鹸の香水の香りが僕を虜にさせる。決して強い香りではないが、彼女がいつも付けているので、自然とこの香りは小秋だと想像してしまう。

 あまりにも心の中がときめいてしまって、僕はこの日も、即座に帰宅をして、私服に着替えると学校側へ回り、彼女が来るのを待った。

 前回の付きまといから、まだ三日しか経っていない。僕は完全に小秋以外に何も浮かんでこなくなるほど、小秋に全てを奪われていた。

 また、彼女は一人で学校を出る。今度は警戒心もなくなったのか、この時点でワイヤレスイヤホンをしている。少しでも視野が狭くなった方がバレることはない。僕は他の生徒――特に次郎や金村に見つからないよう最善の注意を払って尾行した。


 電車内では、彼女はこの前と同じ場所に座っていた。いつもあそこに座っているのだろうか。ということはこの時間帯の電車で僕があそこに座った時に、何か言葉を発することがあるんじゃないのか。そんなことを考え、鼓動は高鳴っていた。

 下車して、小秋はこの前と同様、帰り道を一人歩いていく。僕は左の腕時計を見て時刻を確認した。午後四時半。この前とそれほど変わりない。

 自宅のマンションへ彼女は入っていく。僕はここで一度躊躇した。このまま今日もここで待っていいのだろうか。

 いや、それともここで中に入り、彼女に話しかけるべきなのではないのか。

 何故なら、ここでただ見送ったとしても、僕と彼女との進展が全く進まない。僕は彼女と誰よりも早く付き合いたいのだ。

 僕は周りを確認して大きく深呼吸した。今から声を掛けようと行動を開始する。

 彼女がオートロックの解除番号を押している。もう僕は彼女の方に歩き出している。彼女はここで気づいても可笑しくはない。

「何をしてるんだ!」

 その声が後ろから聞こえてきて、ビクッとした僕は不意に後ろを振り返ると、瞬く間に僕の両脇を羽交い絞めされた。

 そこには女子専門の体育の先生、山口先生だった。

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