第14話 感情の追求
体育の授業ではもちろんクラス男女別で行う。例えば運動場で男子が一角を使えば、少し離れた場所で女子は一角で敷地を使う。
僕らは砲丸投げのテストをしては、男子の体育の先生、増田先生がメガネのフレームを人差し指で直しながら、バインダーに紙を挟み何か記入をしている。
「あっちは走り幅跳びをやってるみたいだな」
金村が目を細めて、女子たちを吟味しているようだった。
「小秋ちゃんは次かな?」
と、金村が何気に言うと、僕と次郎はすぐさま女子たちの方を見た。
「おいおい、あんまり見ると、増田に怒られるぞ」
「小秋ちゃんの体操服もいいよなあ。くれないかな」
と、次郎はにやけながら僕に言う。
「体操服だけじゃなくて、全てくれたらいいけどな」
と、僕は言うと、次郎は声を出して笑った。
「裕ちゃん、いいねえ。最近俺たち以上に小秋ちゃんに注目してんじゃん」
次郎は僕の腕に肘でつつく。
僕は苦笑いを見せた。
――次郎の言うとおり、僕はあの雨の屋上から授業中でも帰宅中でも休みの日も、ずっと小秋のことで頭がいっぱいだった。これが恋の病というものなのだろう。
しかし、小秋が僕に身体を密着させたのはあの日だけだった。あれ以来、小秋はまるで何事もなかったかのように、僕に眼中がない仕草を見せる。
僕が何かを仕掛けた方がいいのだろうか。まさか以前の時に、僕が受け身だったので脈がないと悲観的になっているのではないのか。
そんなことを考えていると、あの状況の時にもっとアクティブに行動していたら、と苛立ちを抑えきれなくなる。
それに、女子の体育の先生は山口先生という二十代の男性だ。数年前に体育大学を出てから先生になったのだが、マッチョに近い肉体美であり、それでいて優しい。僕に対してもニコニコして話してくれたっけ。
しかし、その好印象がもしかしたら小秋が好きになってしまうのではないのか。そんなことをよぎるたびに、僕は山口先生に対して嫉妬の念を燃やしていた。
あんな近くで小秋の体操服姿を堪能できるなんて、何てせこいんだ。
俺の小秋なのに……。
そんな時に、毎月あるクラスの席替えがあり、担任の田中先生がくじ引きで決める。俺はかったるいと思いながら席を移動すると、まさか小秋の隣だった。
一気にヴォルテージが高ぶった。俺はずっとニヤニヤが止まらなかった。こんな幸せな状況があるとは知らなかった。
小秋は僕に向かって何か話しかけてくれるかなと期待をしていたのだが、彼女は話しかけることもなく、寧ろ僕の存在を知らないような素振りを見せる。
――どうしてだ? 俺が何かしたのか?
この小悪魔な小秋のことだから、俺が焦らしているのをせせら笑っているのか。
しかし、休み時間では、次郎や金村に「小秋ちゃんの横って最高かよ」と、茶化すように言われた。僕ははにかむ姿を見せた。
学校だから、小秋も俺に対して躊躇しているのかもしれない。俺は財布の中身を確認した。
それから僕は何度も小秋のアイドルグループ『OPQ』のライブに足を運んだ。学校とは違う彼女に対して、濃密なやり取りがあるかと期待したからだ。
しかし、好意的に接してくれることはあっても、あのような行動には及ぶことはなかった。いつものように話をしてくれる。
僕も大分小秋の性格が分かってきた。早く近づきたい。しかし、告白するには勇気がいるし。
いや、それよりも食事に誘った方がいいのか?
僕は頭を悩ませている時に、僕の後ろで並んでいた彼女のファンで四十代の太っていて鼻息が荒く、メガネを曇らせた、いかにもアイドルオタクの雰囲気を醸し出している、男性がいた。その人物とはお互い話したことはないが、何度も顔を合わせた常連だった。
僕は小秋の前に来ると、彼女の両手を握って言い放った。
「ねえ、小秋ちゃん。いつになったら俺と付き合ってくれるの? 俺がいつもユーチューブでコメントしてるのに、無視するよね。答えてよ!」
体格に似合わず意外と声が高い男だ。これだとモテるどころか引いてしまう奴だと俺は思った。
「ごめんなさい。たまにあたしコメントを返すの忘れるんだ。今度コメントを返すからごめんね」
と、小秋はこんなことを言われるのを慣れているのか、感情的にならずに優しく答えた。
そこに、彼女のスーツを着たマネージャーがこちらに姿を現す前に、僕は、ここは小秋にいいところを見せるチャンスだと思い、告白してきた男性に対して彼が着ている半袖を引っ張った。
「おっさん。ここはそういった場所じゃないんです。みんなファンとして小秋ちゃんを応援する場所なんです。そんなこと言う人は出て行ってくれませんか?」
そう言われて、彼は素直に従うのかと思いきや、僕の胸倉をつかんだ。
「おい、お前、偉そうなこと言ってんなよ。俺はこの一年間どんな気持ちで小秋ちゃんを想ってたのか知らないから言うんだ」
「あのー、お客様」と、マネージャーが両手を股の部分に持って行き、かしこまった様子で話した。
「彼の言うとおり、アイドルにプライベートまでの交際の強要はお断りさせていただいているんです。もう一度そういうことを言えば、申し訳ございませんが『OPQ』のライブハウスに入場するのをお断りさせていただきます」
オタク男性は暫くマネージャーを睨んでいたが、観念したのか怒りが静まり返らないまま、会場を出て行った。
「ありがとうございます」と、マネージャーが僕に対して頭を下げた。
僕は「いや、当然のことをしたまでです」と、両手のひらを彼に向けて横に振った。「頭を上げてください」
と言いつつ、僕は小秋の方を見ていた。彼女は僕に見られていることで緊張しているのか、どこかニヤッと口角を上げていて、それが不気味に感じた。
僕はその日に小秋を守れたことに満足感でいっぱいだった。
あのオタクだけでなく、彼女に恋人気取りの奴が沢山いるに違いない。
男子生徒たちならまだともかく、ああいった仕事もしているのか分からない無職の男たちが今日のように小秋を狙ってくることもあるのだ。
僕は自室にてベッドにあおむけになり、両手を後頭部で組んで思案していた。
次の日には隣に座っている小秋がチラッとこちらを見たので、僕は右の親指を立てて口角を上げると、小秋は何も見なかったかのように、また正面に顔を向けて、黒板を見ていた。
授業中だから、隠したい気持ちがあるのだろう。相変わらず素直じゃない。でもそこが可愛いんだよな。
思わず僕は、ニヤついてしまいそうになり、口元を手で隠して、暫く気持ちを噛みしめていた。
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