第13話 小悪魔な小秋

 僕は佳苗から返信があってもなくてもどちらでも良かった。それ以上にこの一週間は有頂天だった。

 何故なら、自分には告白されるほど魅力的な部分がある。ということは小秋からも格好いいと思わせる部分があるかもしれないからだ。

 僕は敢えて小秋の目に留まるように、彼女の視界に僕を入れるようにしてみた。

 数日間はわざと話をしないようにしている。

――相変わらず小悪魔な彼女だと髪をかき上げていたのだが、ある日の休憩時間、一人だった彼女は僕に話しかけた。

「そういえば、長永君。この前ライブに来てくれてありがとう。あたし嬉しくて泣きそうになっちゃった」

「そんな、大袈裟に言わなくても」

「ホントだよ。ねえ、時間ある?」

 何だかここ三日前の黙り込んでいた小秋とは違って、今日は攻めてくるなと僕はニヤついていた。

「あるよ」

「屋上に行かない?」


 屋上に続く道には誰もいなかった。それもそのはず、空は黒い雲に覆われて、少し雨が降っている。これから強くなってくるかもしれないのに、誰が屋上に行くのだろう。

「隈埜さん雨も降ってるし、屋上は危ないんじゃない?」

 僕は屋上の廊下で彼女を呼び止めようとしたのだが、彼女は話を聞いていないのか、雨が降っている屋上に出て行く。

 僕もそれに続く。まだ小雨だが、遠くの方で雷が聞こえてきた。

 すると、小秋は振り返って僕の方を見た。

「ここだったら、誰もいないよね」

 その笑顔は学校では見せない。そう、あのライブのステージやチェキを取る前の笑顔だ。顔のパーツが整っている小秋が、無邪気な笑顔を見せると、僕は心が奪われそうだった。

「……俺をここまで呼び寄せて、何かあるの?」

 僕は我ながら自然な疑問符を投げかけた。本当にどういう意味で呼び出したのか分からないのも一理ある。

 と、小秋はフフフと声に出して笑った。学校での彼女はあんまり笑わないので、少し僕は身構えると、彼女は僕に近づき、抱きしめた。

 いきなりのことで、僕は身体が熱くなった。小秋の身体が密着している。

「一回、こういうことをしてみたかったんだ」

 そう言う彼女は、僕の耳元でささやくように、吐息混じりに言葉を発した。僕の耳から鼓動が、無意識に血流が高鳴っている。

 柔らかな体幹が僕を男にしていく。このまま全てを預けてもいいし、奪ってもいいはずだ。

 いや前戯は大切だ。このまま彼女の胸を感じていたい。後は……。

 僕は彼女を凝視した。小秋は僕の後頭部に右手を回し、左手で僕の顎を持ち、目を閉じている。

 ――これは、まさか。

 僕も目を閉じた。このまま身をゆだねれば、小秋は僕のものになり、僕は小秋のものになる。

 いや、目を開けた方がいい。確かめた方がいい。

 唇が近付いてくる。彼女の香水から化粧品の香りを感じていた時。

 キーンコーンカーンコーン

 チャイム音がやけに大きく響き渡り、小秋は目を開け、距離を取った。

「どうやら、ここまでだね。次に期待してね」

 と、彼女は自分の人差し指で自分の唇を当てると、僕の唇にその人差し指を当てた。

 ――これって間接キス? !

「じゃあね。またライブに来てね」

 そう言って、小秋は手を振った。その表情は先程の濃厚な接触とは裏腹に無邪気な笑顔を見せた。

 僕は遅刻を覚悟してでも、暫く茫然と雨に打たれていながら冷めないでいた。

 ――やっぱり、小秋は、小悪魔なのだと。

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