第5話 放課後での約束

 放課後になり、僕と次郎と朝一緒に早弁をした遠藤直孝――遠藤君と三人でクラスから廊下へ出た。

「なあ、直孝。お前去年の学年テスト上位だったじゃん」

 と、三人の中で一番身長が小さい次郎が持っていたリュックサックを彼に押し当て、スキンシップを取った。

「ああ、そうだが。それがどうした?」

 遠藤君はクラスでは一位というほど、勉強熱心で頭がいい。身長も高くスラっとした印象であり、度のきついメガネから鋭い目つきは雰囲気は少し近寄りがたいが、話してみると真剣に相談に乗ってくれる、仲間思いの人だ。

「もうすぐ学期の中間テストがあるじゃん。だからさ、智の家で勉強会をしようと考えてるんだよね。それでさ、直孝も参加してくれた方が、俺たちどこを注目して勉強したらいいか分かるから、付き合ってもらうと助かるんだよね」

「ああ、いいぜ。誰が来るんだ?」彼は右親指を立てた。

「智はもちろん。俺たち二人とあと大地、それから申し訳ねえんだけど唯花も参加したいっていうことんだ」

「唯花?」

「ああ、俺の幼馴染の女子だ。俺と話をしてる奴見たことないか?」

 そう次郎が聞くと、遠藤君は「ああ」と遠くを見ながら何度も頷いた。

「分かった、いいよ。それでいつだ?」

「明後日の日曜だ。就業場所はK駅。そこからあいつの家は歩いて十分で着くから」

「了解。わかった」

 そう遠藤君は僕を一瞥して、また次郎の方を見て頷いた。

 

 三階の階段を降りようとした時に、一人の男子生徒が女子生徒らと楽しく談笑をしている。それを見て、遠藤君の顔つきが怒りに満ちていた。

 その男子生徒は田辺君といって、僕ら二年四組の生徒会会長である。

 遠藤君はこの生徒会会長をやりたかったらしく、話が出た時に真っ先に立候補を上げた。しかし、どうしてか分からないが田辺君が鼻をほじりながら後を追う様に手を上げたのだ。

 まさか、自分以外に立候補をする者がいないと思っていた遠藤君は、一生懸命アピールをしていたのだが、結局生徒たちの多数決で田辺君になってしまった。

 田辺君は、勉強はどちらかと言えば平均よりも下、スポーツも成績は悪い。しかし、彼には自信過剰な部分があり、それがみんなをまとめるリーダーにも向いていて、去年に行われた合唱コンクールでは、彼がまとめ役を買って出たことにより、彼のクラスが勝利に導いた。

 その事を生徒はもちろん、各々の先生も知っていた。さらに褒められたことにより、田辺君は今天狗になっているのだ。

 多弁でコミュニケーション能力も高い彼は遠藤君の視線に気が付くと、右手の人差し指で右瞼を引き下げ、舌を出しあっかんべえのポーズを取った。

 それを見ていた遠藤君は暫く両手の拳に力を入れ、怒りに震えていたが、次郎が、

「まあ、放っておこう」

 と、彼の肩を叩くと、遠藤君は無言でその場を後にした。


「しっかし、あの田辺は本当にムカつくよな。まだ生徒会会長の勝負にこだわってるなんてな」

 校門を出た時に、次郎は遠藤君に向かって呟いた。

「ムカつくぜ。ホント」と、遠藤君は唇をかんだ。「俺が前々から生徒会会長をやりたいことを知っててわざと手を上げたんだ」

「まあ……。そうだろうな」

「でも、どうして田辺君は遠藤君の邪魔をするんだろう」

 と、僕。

「さあな。あいつと俺は中学からの同級生なんだ。別にこれといって深い仲になったわけでもないし、逆に揉めたわけでもない。だが、どこかではらわたが煮えくり返っていることは間違いないだろう」

 そう彼は口元を摩って考えていた。僕はそれが本当なのであれば、その真実が知りたかった。

「まあ、単に嫉妬っていうだけかもしれないぜ」

 と、次郎。「お前が勉強の成績で常にトップクラスで、それで女子にもモテてたんじゃねえのか?」

「……別にモテたくて勉強したわけじゃないよ。俺は兄貴の背中を見て必死に勉強してただけだ」

 ――兄貴という言葉を聞いて、次郎は急遽話を止めた。

「分かった、分かった」

 田辺君のお兄さんは彼の憧れの存在らしく、勉強も出来、スポーツも万能、同級生からもモテモテでバレンタインデーになればチョコレートをバックの中にぎっしり持って帰って、半分を弟と一緒に食べるというのが恒例だったらしい。

 それに、何より田辺君の話によると、弟想いであり、自分が困っていたらすぐに駆け付けてくれるようなヒーローの存在だという。

 今、お兄さんは、他県の大学へ進学して、近くにアパートを借りて住んでいる。週に一回、彼は遊びに行くようだ。

――という話を、僕たちは何回も聞かされていた。確かにお兄さんに対して憧れがあるのは分かるのだが、会ったこともない僕らからしてみたら、ただの自慢でしか思えない。

「もしかしたら田辺君はお兄さんに嫉妬してるんじゃない?」

 と、僕は一言遠藤君に告げると、彼は僕と次郎の気持ちを察したようで、気持ちを切り替えて笑顔を見せていた。

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