第4話 校庭での会話

 笠原次郎と出会ったのは高校に入ってからだ。元々僕は幼少期の頃から内気な人間だった。小学四年生くらいからバカ騒ぎをする男子生徒を見ては羨ましいと感じていた。

 しかし、僕の性格はもうこの頃には完全に出来上がり、みんなもそのように接してくれる。そう、簡単にいえば、僕は自分の控えめな性格を破るほどの度胸がなかった。

 中学に入って、僕は次第にほとんど一人ぼっちであった。話をしても面白くないのか、自然とできた友達のような存在の男子生徒たちも離れていってしまったのだ。

 自分には友達ができる人間ではないのだと徐々に自覚していった。別に嫌がらせをされたわけでもなく、イジメられた経験もない。どちらかといえば存在すら自分は見られていないのかもしれない。

 このまま自分の人生は終わるのだと、悲観的に考えていたのだが、この家から自転車で三十分かかるS高等学校にて、たまたま同じクラスで、後ろの席だった次郎に声を掛けられた。

「なあ、これって持ってるか?」

 入学式の時の教科書をもらった時に、彼と持ち物を確かめた言葉だった。

 それがきっかけで僕らは打ち解け合い、色んな話をした。どうして表情が暗い僕に対してここまで積極的に声を掛けてくれたのかは謎だったが、彼と話をすると心が躍っているような気がして心地が良い。

 それから互いの家にお邪魔もして、僕と次郎は親友と呼べるほど仲良くなった。

 明るくて剽軽な次郎は、クラスの男女から人気だった。彼を見ていると羨ましいという気分もなくはないのだが、それ以上に彼が他の男子生徒と親しく話をしているところを見ると、何だか親友を取られたようで、少し嫉妬してしまう。

 しかし、現在この二年の時に次郎とすでに仲が良かった、三人の友達とも僕は親しくもなり、友達と呼べるほどになった。

 この爽やかな春を感じさせる五月の風――五月病というネガティブなものもあるが、僕にとっては生まれて初めて青春を感じていた。

 そう、やっぱり夏にかけての春は青春の甘酸っぱい時期なのだ。僕はそれをようやく手に入れた。

 ――では、次は……恋愛!

 なんちゃって。

 と、僕は購買で購入したパンを片手に薄み笑いを浮かべると、次郎はそれに気づいた。

「どうした? お前今、何か考え事してただろう」

 僕らは校庭のベンチに座り、グラウンドで遊ぶ男子生徒たちをぼんやり見ながら、柔らかなそよ風を肌で感じていた。

「いや、べ、別に。何も考えてないよ」

「まあ、いいけど」次郎は手に持っていたメロンパンをかじった。「しかしさ、こうやって暖かい時期だからさ、バイクでも乗りたいよな」

 そう呟いて、照れくさそうに口笛を吹く次郎は、ちらっと僕を一瞥する。

 僕は次郎が何を言いたいかはすぐに分かった。何故なら、一週間前にもこの話題から入ってバイクの免許を取りに行こうと話をしていたからだ。

「バイクの免許の事か?」

 僕は掛けていたメガネのブリッジ部分を押し上げた。

「ああ、そうだ。漠然と取りたいよなというだけで終わったあの話だよ。丁度さ俺の姉貴が原付持ってんだ。それに智も原付持ってんだよな。だから二台あるんだ」

 智という人物の苗字は鹿島。鹿島君。彼は勉強もスポーツも万能であり、ルックスも良いからモテる。しかし、何故か次郎と仲が良く、それに僕ともよく話をしてくれる。先程の弁当事件の五人の中の一人だ。

 でも、僕らとつるむよりも、本来ならもっとイケメンで女子たちと遊んでる生徒たちと一緒にいた方が心地いいはずなのに。

「鹿島君も免許持ってんの?」

「ああ、あいつは十六になってからすぐに取りに行ったからな。しかも中型二輪だぜ。まだ中免のバイクは持ってねえならしいけどな。でもあいつバイトしてっから、それで金貯めてバイク買うんだって」

 このS高校は、基本バイトは禁止である。しかし、隠れて行っている生徒も多数いるようで、その辺は、先生たちは見て見ぬふりをしてくれている。

「俺も、二輪免許取ろっかな」

 と、次郎は妄想しているようで天を見上げていた。

「でもさ、二輪免許なんてお金かかるだろ。俺はバイトもしてないし、原付免許で十分だよ」

 そう、僕はバイトをしていない。したいと思ったことはあるが、どうしてもバレてしまうのではないのかという思考がどこかに張り付いていて、勇気が出ない。

「まあな。俺もバイトしてねえし、鹿島の両親は金持ちだからな」

 鹿島君がお金持ちではないかという噂は有名である。両親とも単身赴任をしているようで、彼一人で暮らしている。実際お金持ちなのかは、本人からは口にしたことはないが。

「まあさ。とにかく原付の免許だけは取ろうぜ。いつでも試験はやってるみたいだし」

 次郎は親指を立てながら僕に言った。

「いいよ。俺もこの前試験の参考書を購入したし、準備万端だよ」

「ということは、今週中には試験受けに行けるよな」

 僕は首を横に振った。

「ダメダメ。俺なんて物覚え悪いし。それにあれって、平日しか開催してなかったんじゃなかったっけ?」

「そんなの学校休みゃいいじゃん」

 軽い考えで返答する次郎に対して、何だかついていけないようになっていた。

 次郎は頭を掻いた。「でもまあ、俺なんてまだ参考書でさえも買ってねえから、そこから勉強しないといけないな」

「だろう。結構難しいし、そこからだよ」

 そう言いつつ僕は少し安堵した。何故なら、僕は慎重に行動したいのである。

「今日、アマゾンで買おっかなー」と、次郎は腕組みをしながらひとり呟いていると、彼は遠くを見て、前かがみになり一点に集中していた。

「おい、アレって、小秋ちゃんじゃん」

 彼はさっきまで考えを巡らせていたのがどこかに行ってしまうほど、一人の女子生徒に夢中になっていた。

 小秋という言葉だけで、僕はすぐに誰だかわかった。彼の目線の先には茶色がかかってある長髪で、目は釣り目、鼻筋は通っている。小柄だがどこか強さも感じさせる女子生徒である。これで背が高ければ将来は有望なモデルになるであろう。

 だが、彼女は、声はどちらかといえば透き通っていて高く、男子生徒に対して気さくに話しかけることもできて、高根の花だが可愛らしい部分も持ち合わせていた。

 次郎は、最近ではこの女子――隈埜小秋の話題を僕にしていた。無理もない。今男子生徒全員彼女に対して夢中なのだから。

 というのも、隈埜さんは現役のアイドルであるのだ。都内の地下アイドルとして活躍しており、次郎の話によると、彼女は『OPQ』という女性アイドルのセンターを勤めていて、ファンはほぼ男性だが大多数いる。

 彼女が地下アイドルの仕事をしたのが高校入学前。そこから一気に『OPQ』は人気を博し、やがて彼女がセンターについたらしい。だが、元々センターにいた、彼女よりも二つ上の先輩は降り、やがて、かつて『OPQ』に在籍していたアイドルたちがズルズルと卒業するなど結構メンバーの入れ替わりが激しくなったようで、現在『OPQ』は高校一年生と二年生だけの五人メンバーになっている。

 僕と次郎は二人とも隈埜さんを見ていたのだが、すぐに次郎は興味を失った。何故なら彼女に話しかける男子生徒らがいたからだ。

「まあ、小秋ちゃんは人気者だからな。ああ、彼女が欲しい」

 と、何かとぶつぶつと呟く次郎。その目線は僕の方に向けていた。

「お前は彼女が欲しくないのかよ」

 と、突然言われて僕は戸惑った。真剣に彼女が欲しいと思ったことはなかったからだ。

「いやあ、俺は別に……」

「何だよ。興味持てよ。早くしねえと高校生終わっちまうぞ」

 そう言われても……。

 僕は去年まで彼女を作るよりも女子生徒たちから嫌がらせを受けられないか、それが気になって仕方がなかった。ずっとバリアを貼っていたから、逆にそんな気持ちにならなかった。

 しかし、今は違う。僕自身も少しずつ自己肯定感が上がっている。このノリで夢にも見なかった彼女も作れるのかもしれない。

 僕は頭を掻いて次郎に向かって言った。

「まあ、機会があったら……」と、半ば謙虚な発言をして、にやけそうになるのを懸命にこらえた。

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