要塞(オフィス)と、最終決裁(ラストバトル)

地響きと共に、神崎刃(JIN)率いる『ナイトメア』の本隊が、【プロジェクト・アフターファイブ】のギルドハウスへと到達した。その数、実に二百名以上。サーバー最強ギルドの全力は、質素な建物を飲み込む津波のようだった。


「ふん、哀れな小屋だ」


JINは、まるで掘っ立て小屋を見るかのように、敵の司令部を冷ややかに見下ろした。


「全軍、突入! あの忌々しいプレゼン芸人を引きずり出し、我々の力の前に跪かせろ!」


号令一下、『ナイトメア』の精鋭たちが鬨の声を上げ、ギルドハウスへと殺到する。


だが、彼らが最初の扉を破った瞬間、異変が起きた。


(JIN視点)


「何をしている! 早く進め!」


突入したはずの部隊が、入り口で奇妙な混乱に陥っていた。右往左往し、存在しない壁にぶつかり、見えない床から落下していく。まるで、統率を失った烏合の衆だ。


「報告しろ!」


『JIN様! 道が……道がありません!』


『壁が、突然現れて……!』


JINの眉が、苛立ちにひそめられた。馬鹿な。あんな狭い建物で、迷うはずがない。


(健人視点)


「第一陣、トラップゾーンに進入。これより、プロジェクト『視覚的誘導による顧客動線の分断』フェーズ1を開始する」


司令室で、健人は静かにマウスをクリックした。彼の眼前のスクリーンには、ギルドハウスの見取り図と、侵入してくる敵を示す赤い光点がリアルタイムで表示されている。彼がクリックするたびに、ハウス内に設置されたパワポ魔法の幻覚トラップが起動する。


「ダイスケ、分断した敵Aグループを区画3-Bへ誘導。ハヤトはBグループをCエリアの粘着床へ。チグサ、デバフの準備を」


彼の指揮は、まるで洗練されたプレゼンテーションそのものだった。スライドを一枚めくるように、彼は戦況を完全にコントロールしていく。


(JIN視点)


「ええい、役立たずどもが! 俺が先陣を切る!」


JINは業を煮やし、自ら大剣を振るって幻覚の壁を強引に破壊し、先へと進んだ。


次の廊下は、がらんとしていた。罠の一つもない。あまりにも無防備なその空間に、JINは一瞬、訝しんだ。だが、構わず突き進む。


その中央を通り過ぎた瞬間だった。


天井から岩石が、床から無数の槍が、完璧なタイミングで彼を襲った。


「ぐっ……!」


JINは超人的な反射神経でそれを回避するが、彼の後に続いた数人の部下は、回避する間もなく光の粒子となって消えた。


「なぜだ……なぜ、こちらの動きが分かる!」


(健人視点)


「侵入者の座標、B-5を通過。Excelによる自動迎撃システム、正常に作動」


健人が見つめるモニターには、スプレッドシートが表示されていた。侵入者の位置情報がリアルタイムでセルに入力され、IF関数が組まれた自動迎撃システムが、最適なタイミングでトラップを起動させている。エラーの文字は、どこにもない。


(JIN視点)


「詠唱部隊! 前方の壁を、魔法で吹き飛ばせ!」


JINの命令で、生き残った数人のメイジたちが、最大火力の魔法詠唱を開始する。だが、その魔力が頂点に達し、まさに放たれんとする0.1秒前。全ての魔法が、プツリ、と音を立ててかき消えた。


「な……不発だと!?」


『JIN様! 詠唱を……妨害されています!』


(健人視点)


「敵詠唱パターンを記録、分析完了。チグサ、カウンターデバフを、0.1秒の誤差なく打ち込め」


「言われなくてもね!」


健人の【議事録作成(絶対記憶)】スキルが敵の詠唱パターンを完全に記録・分析し、チグサがその詠唱完了の瞬間に、完璧なタイミングで妨害魔法を叩き込んでいた。


(クロスオーバー)


「―――あああああああっ!」


ついに、JINの堪忍袋の緒が切れた。


彼は、戦略も、連携も、全てを放棄した。


「小賢しい真似を……! 全て、俺一人の力で破壊してくれる!」


JINは、絶対的な個の力で、残りの罠を真正面から大剣で粉砕し、壁を蹴破り、ただひたすらに、司令室を目指して突き進んだ。


そして、ついに。


ギルドハウスの最奥、作戦司令室の扉が、凄まじい音を立てて吹き飛んだ。


そこに立っていたのは、息を荒げ、数多の傷を負いながらも、その瞳に悪鬼のような闘志を宿した、神崎刃ただ一人だった。


彼の目の前には、椅子に座ったまま静かに彼を見つめる健人と、その脇を固めるダイスケ、チグサ、ハヤトの姿があった。


「……ようやく、最終決裁の時間か」


JINは、大剣を健人に向けた。


「部下はどこへやった? お前が信じた烏合の衆は、結局お前を守れなかったようだな! 結局、貴様のやっていることは、弱者が傷を舐め合うだけの、馴れ合いだ!」


その叫びに対し、健人は静かに立ち上がった。


「これは馴れ合いじゃない」


その声は、どこまでも澄んでいた。


「最高のチームによる、最高のプロジェクトだ」


JINが、最強の黒曜石の大剣を構える。


健人が、初期装備から使い続けてきた、何の変哲もない木の棒(に見える杖)を、静かに構えた。


サーバーの歴史を揺るがした二つの思想が、今、まさに激突せんとしていた。

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