弱者のための経営コンサルと、届いた密書

ギルドハウスを手に入れてから数日後。健人は、サーバー内での影響力をさらに高めるための、新たなプロジェクトを立ち上げていた。


「これより、我々【プロジェクト・アフターファイブ】は、新規事業として無料の『ダンジョン攻略コンサルティング』を開始する」


がらんとしたギルドハウスの一室で、健人はコアメンバーを前に宣言した。ハヤトが面白そうに口笛を吹く。


「コンサルティング、ねえ。そりゃまた、あんたらしいな」


「ああ」と健人は頷いた。「我々の目的は、単なる戦闘ではない。このサーバー全体のプレイヤーレベルの底上げ、すなわち市場の活性化だ」


彼らの最初のクライアントとなったのは、『赤き鷹の団』と名乗る、5人組の小規模パーティだった。彼らは、中層エリアのボス『ミノタウロス・ロード』の攻略に行き詰まり、解散の危機に瀕していた。


「なるほど」


健人は、彼らの戦闘ログ(議事録スキルで記録)と装備リストを前に、腕を組んだ。


「今回のクライアントが抱える課題は、主に二点。第一に、タンク役への過剰なリソース集中による、アタッカーの火力不足。第二に、指示系統の不統一による、コミュニケーションコストの増大です」


それは、ゲームの攻略アドバイスというよりも、完全に経営コンサルタントの分析だった。


健人は、メンバーに指示を出す。


「ダイスケ、君はクライアントのタンク役に、効率的なヘイト管理と防御スキルの使用タイミングについて指導してくれ。チグサはヒーラーに、ハヤトはアタッカー陣に、それぞれの専門分野から業務改善提案を」


「了解だ」「任せなさい」「面白くなってきたぜ!」


ダイスケたちは、水を得た魚のように生き生きと、それぞれの専門知識を伝授していく。そして最後に、健人が彼らのために作り上げた、完璧な攻略マニュアルを手渡した。


数時間後。


『赤き鷹の団』のパーティチャットが、歓喜の雄叫びで埋め尽くされた。


「やった! やったぞ! あんなに苦戦したミノタウロスが、嘘みたいだ!」


「KENTOさんのマニュアル、やばすぎる……!」


彼らは、これまで一度も突破できなかったボスを、初めてノーダメージで撃破したのだ。


この一件は、瞬く間にサーバー内の口コミで広がった。


『プロジェクト・アフターファイブのコンサルは本物だ』


『あそこは、俺たちみたいな弱者の味方だ』


健人たちのギルドは、最強ギルド『ナイトメア』とは違う形で、サーバー内での確固たる信頼と名声を、着実に築き始めていた。



その噂は、当然、『ナイトメア』のギルドハウスにも届いていた。


玉座に座るJINに、側近が忌々しげに報告する。


「KENTOの奴ら、最近は弱者を相手に馴れ合いごっこをしているようです。我々の脅威にはなりえません」


「……そうか」


JINは短く応えたが、その瞳には冷たい光が宿っていた。


その様子を、部屋の隅で星川あかり(アカリん)は息を殺して見つめていた。JINが何かを企んでいる。その直感が、彼女の背筋を凍らせた。


(KENTOさんたちが、危ない……!)


JINへの恐怖と、それでも健人を助けたいという想いが、アカリんの中で激しくせめぎ合う。彼女は、誰にも気づかれぬようそっと部屋を抜け出すと、震える指で、匿名のメッセージを打ち始めた。



その夜。


健人は、ギルドハウスでコンサルティングの成果報告をまとめていた。サーバー内での好意的な評判に、確かな手応えを感じていた、その時だった。


ピコン、と一通のメッセージが届いた。


差出人は、Unknown。不審に思いながらも、健人はそのメッセージを開いた。


そこに書かれていたのは、短い、しかし致命的な一文だった。


『――JINが、あなたのギルドの妨害を計画しています。次の公式イベントで、何かを仕掛けてくるはずです。どうか、気をつけて――』


健人の顔から、表情が消えた。


温かいコンサルティングの成功の裏で、冷たい戦いの火蓋は、すでに切って落とされようとしていた。


健人は、メッセージを静かに閉じると、窓の外に広がる夜空を見上げた。


「戦いは、もう始まっている」


その呟きには、もはや揺らぎはなかった。迫り来る脅威に対する、冷静な覚悟だけが、そこにはあった。

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