track5「猫のフリをした少女の恩返し」
「君は昔飼っていた猫ではないよね。どうしてタマのフリをしたのかな?」
「わ、私はタマ……だにゃ……」
この少女には今までの生活が、俺にはこれからの生活がある。色々と感謝しているが、このままの関係でいるのは限界だろう。賢い子だ、この少女もそのことを薄々理解しているはず。
「タマは
「……えっ。だって、いつも猫用のパウチを食べていましたよ?」
食べてはいたけど、あまり好きではなかった。仕方なく猫まんまを皿に盛ると、これこそ至高だと言わんばかりに完食していた。
「それに、タマは
「……ずっと家にいましたよね?」
「猫の死因は道路での交通事故が多いんだ。だから、なるべく家で過ごさせていたんだけど、タマは脱走が上手かったから、ほんと手のかかる子だったよ」
元野良猫ということもあり、かなり小賢しい猫だった。普通なら歩かないような場所や、自分の顔くらいの小さな隙間を通って俺達家族を困らせた。猫は液体動物だというが、液体と表現するのは本当に正しい表現だと思う。
「あと、タマが亡くなったのは膝の上でじゃない。
今思い出しても辛い。長年一緒にいた家族が縁の下で一匹寂しく旅立つなんて。タマはタマの考えがあって、そうしたのだろう。それでも飼い主の……いいや、人間のエゴだとしても最期の一瞬まで共に過ごしたかった。
「そ、んな……つまり、私は騙せていなかった?」
「まあ、そうなるね」
「……その。今まで騙していて、ごめんなさい」
「どうして騙していたのか、聞いてもいいかな?」
「倒れた時にあなたがタマと呟いているのを聞いて、つい。このまま別れたらこれっきりだと思って。どうしても、あなたに恩返しがしたくて」
「……恩返しって、どういうこと?」
「やっぱり気づいていなかったんですね。昔、遊びに行っていた子供のことを覚えていますか?」
麦わら帽子を被った男の子のことだろうか。なぜそれをこの少女が知っていて、このタイミングで聞いてくるのだろう。
「ああ、覚えているけど。それと、どんな関係があるの?」
「その子供が、私です」
「えっ。いや……でも、あの子は男の子で……」
「あの頃の私は、この髪色のせいで老人みたいだと言われていじめられていたので、いつも麦わら帽子を被っていたんです。あの頃は自分の髪が本当に大嫌いで、男の子みたいに短くしていましたから気づかなくても当然かと。心配させたくなくて、いじめのことを両親には言えず、あなたの家が私にとっての避難所でした。あなたが何も聞かないでくれたので過ごしやすくて」
おおらかな県民性なのもあり、深く考えず家にあげていた。自分のことをあまり話さない無口な子供だとは思っていたものの、まさか男の子ではなく女の子だったなんて。そういえば毎日来ていたのに、一度も名前を聞いたことがなかった。八年越しに知る衝撃的な事実に驚く。
それと同時に、こんな元社畜のアラサーおっさんに会いに来ることを両親が許した理由を、ようやく理解した。この少女の両親が何度か実家に来たことがある。子供の帰りが遅いことを親が心配するのは当たり前。それが女の子なら、かなり心配したはずだ。
タマに会いに来ていることを少女の両親に伝えると、迷惑でなければこれからもお願いしますと頼まれた。まさか俺が迷惑をかける側になるなんて、あの頃は想像もしていなかったが。
「同じ毛色の猫に親近感がわいていたのもありました。だからタマちゃんのフリをしたのかもしれません」
「そうそれ、それも勘違い」
少女が不思議そうに「えっ」と首を傾げた。
「タマは
「ずっと、メスだと思っていました。赤い首輪で名前がタマだったので」
「あの国民的アニメのタマも、オスだよ」
「……あっ。そう、ですね」
実は名前の由来は、あの猫だったりする。赤い首輪の白猫だからタマ。安直なネーミングだが、だからこそ親しみやすくて近所の人からも愛されていた。愛され過ぎて太ったのは正直予想外だった。
「私はタマちゃん……じゃなくてタマくんの、あなたは私の性別を勘違いするなんて。私たち、似た者同士ですね」
「いじめのことを両親は薄々勘づいていたみたいで、お父さんの転勤を理由に引っ越しすることになりました。今はいじめとかはないので心配しなくても大丈夫ですよ。むしろ友達には羨ましがられています」
引っ越しの理由は少女の両親から聞いていた。子供がお世話になったお返しがしたいから、何かあればと連絡先が書かれた名刺を渡されたものの、それを使うことはなかった。
もちろん、タマが天国へ旅立った時も。生き物はいつか死ぬ。大人のエゴかもしれないが、遊び盛りの子供がそのことを知るにはまだ早すぎる。いじめられていて同年代の子供と遊べない子供なら尚更だ。
「たしかに、こんなに綺麗な髪ならクラスで人気がありそうだね」
「き、綺麗だなんて……その、今の高校は染めるのが禁止の学校なので、そのことを羨ましく思われているだけです。でも、誉めてくれて嬉しいです。今まで、ずっと気になっていたので、この際に聞きます。私はあなたに恩返しできましたか?」
「ああ、十分すぎるほどの恩を返してもらったよ。君に出会う前は死にそうな状態だったんだから。今まで本当にありがとう」
「……それで、その。あなたへの恩返しが終わって、猫のフリもバレてしまいましたが、これからも会いに来ていいですか?」
そんなこと考えるまでもない。七年ぶりに再会した
「何もない家だけど、来たい時に遊びにくるといい」
「いいんですか? 昔みたいに毎日来るかもしれませんよ?」
「そ、それはちょっと大変そうだ。ああ、そうだ。実家にタマのアルバムがあるけど、見たいなら借してあげようか?」
「是非っ! でも、せっかくならタマくんがいつも寝ていた縁側で一緒に見たいです」
Fin.
ぷれてんどがーる~昔飼っていた猫のフリをした少女の恩返し~ ほわりと @howarito_5628
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます