track5「猫のフリをした少女の恩返し」

「君は昔飼っていた猫ではないよね。どうしてタマのフリをしたのかな?」

「わ、私はタマ……だにゃ……」


 この少女には今までの生活が、俺にはこれからの生活がある。色々と感謝しているが、このままの関係でいるのは限界だろう。賢い子だ、この少女もそのことを薄々理解しているはず。


「タマは濃い味・・・が好きだったよ。だから、俺がカップラーメンを食べていたら羨ましがるか一緒に食べようとしたはずなんだ」

「……えっ。だって、いつも猫用のパウチを食べていましたよ?」


 食べてはいたけど、あまり好きではなかった。仕方なく猫まんまを皿に盛ると、これこそ至高だと言わんばかりに完食していた。


「それに、タマは散歩好き・・・・だった」

「……ずっと家にいましたよね?」

「猫の死因は道路での交通事故が多いんだ。だから、なるべく家で過ごさせていたんだけど、タマは脱走が上手かったから、ほんと手のかかる子だったよ」


 元野良猫ということもあり、かなり小賢しい猫だった。普通なら歩かないような場所や、自分の顔くらいの小さな隙間を通って俺達家族を困らせた。猫は液体動物だというが、液体と表現するのは本当に正しい表現だと思う。


「あと、タマが亡くなったのは膝の上でじゃない。縁の下・・・なんだ。突然姿を消して、三日かけてようやく見つけた時は家族全員で泣いたよ」


 今思い出しても辛い。長年一緒にいた家族が縁の下で一匹寂しく旅立つなんて。タマはタマの考えがあって、そうしたのだろう。それでも飼い主の……いいや、人間のエゴだとしても最期の一瞬まで共に過ごしたかった。


「そ、んな……つまり、私は騙せていなかった?」

「まあ、そうなるね」

「……その。今まで騙していて、ごめんなさい」

「どうして騙していたのか、聞いてもいいかな?」

「倒れた時にあなたがタマと呟いているのを聞いて、つい。このまま別れたらこれっきりだと思って。どうしても、あなたに恩返しがしたくて」

「……恩返しって、どういうこと?」

「やっぱり気づいていなかったんですね。昔、遊びに行っていた子供のことを覚えていますか?」


 麦わら帽子を被った男の子のことだろうか。なぜそれをこの少女が知っていて、このタイミングで聞いてくるのだろう。


「ああ、覚えているけど。それと、どんな関係があるの?」

「その子供が、私です」

「えっ。いや……でも、あの子は男の子で……」

「あの頃の私は、この髪色のせいで老人みたいだと言われていじめられていたので、いつも麦わら帽子を被っていたんです。あの頃は自分の髪が本当に大嫌いで、男の子みたいに短くしていましたから気づかなくても当然かと。心配させたくなくて、いじめのことを両親には言えず、あなたの家が私にとっての避難所でした。あなたが何も聞かないでくれたので過ごしやすくて」


 おおらかな県民性なのもあり、深く考えず家にあげていた。自分のことをあまり話さない無口な子供だとは思っていたものの、まさか男の子ではなく女の子だったなんて。そういえば毎日来ていたのに、一度も名前を聞いたことがなかった。八年越しに知る衝撃的な事実に驚く。


 それと同時に、こんな元社畜のアラサーおっさんに会いに来ることを両親が許した理由を、ようやく理解した。この少女の両親が何度か実家に来たことがある。子供の帰りが遅いことを親が心配するのは当たり前。それが女の子なら、かなり心配したはずだ。


 タマに会いに来ていることを少女の両親に伝えると、迷惑でなければこれからもお願いしますと頼まれた。まさか俺が迷惑をかける側になるなんて、あの頃は想像もしていなかったが。


「同じ毛色の猫に親近感がわいていたのもありました。だからタマちゃんのフリをしたのかもしれません」

「そうそれ、それも勘違い」


 少女が不思議そうに「えっ」と首を傾げた。


「タマはオス・・だよ」

「ずっと、メスだと思っていました。赤い首輪で名前がタマだったので」

「あの国民的アニメのタマも、オスだよ」

「……あっ。そう、ですね」


 実は名前の由来は、あの猫だったりする。赤い首輪の白猫だからタマ。安直なネーミングだが、だからこそ親しみやすくて近所の人からも愛されていた。愛され過ぎて太ったのは正直予想外だった。


「私はタマちゃん……じゃなくてタマくんの、あなたは私の性別を勘違いするなんて。私たち、似た者同士ですね」

「いじめのことを両親は薄々勘づいていたみたいで、お父さんの転勤を理由に引っ越しすることになりました。今はいじめとかはないので心配しなくても大丈夫ですよ。むしろ友達には羨ましがられています」


 引っ越しの理由は少女の両親から聞いていた。子供がお世話になったお返しがしたいから、何かあればと連絡先が書かれた名刺を渡されたものの、それを使うことはなかった。


 もちろん、タマが天国へ旅立った時も。生き物はいつか死ぬ。大人のエゴかもしれないが、遊び盛りの子供がそのことを知るにはまだ早すぎる。いじめられていて同年代の子供と遊べない子供なら尚更だ。


「たしかに、こんなに綺麗な髪ならクラスで人気がありそうだね」

「き、綺麗だなんて……その、今の高校は染めるのが禁止の学校なので、そのことを羨ましく思われているだけです。でも、誉めてくれて嬉しいです。今まで、ずっと気になっていたので、この際に聞きます。私はあなたに恩返しできましたか?」

「ああ、十分すぎるほどの恩を返してもらったよ。君に出会う前は死にそうな状態だったんだから。今まで本当にありがとう」

「……それで、その。あなたへの恩返しが終わって、猫のフリもバレてしまいましたが、これからも会いに来ていいですか?」


 そんなこと考えるまでもない。七年ぶりに再会した男の子しょうじょに、あの頃と同じように優しく伝える。


「何もない家だけど、来たい時に遊びにくるといい」

「いいんですか? 昔みたいに毎日来るかもしれませんよ?」

「そ、それはちょっと大変そうだ。ああ、そうだ。実家にタマのアルバムがあるけど、見たいなら借してあげようか?」

「是非っ! でも、せっかくならタマくんがいつも寝ていた縁側で一緒に見たいです」




 Fin.

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ぷれてんどがーる~昔飼っていた猫のフリをした少女の恩返し~ ほわりと @howarito_5628

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