track3「罰ゲームはご褒美もの」

 あれだけ会社に奉仕サビ残してきたというのに、最後はあっけないものだ。


 本当に引き継ぎも何もなく退職がすんなりと終わるなんて。窓ガラスに映る自分の姿は、ヒョロヒョロというよりもガリガリに近い。ここ数年、鏡を見なかったからか、これが自分だと理解するのに時間がかかった。


 病院には絶対に行ってくださいと何度も言われ、重い腰をあげて行ってみると、俺の体は色々とヤバい状況だった。詳しい検査結果こそまだだが、しばらく療養に専念することにした。まさか人間ドックがあんなに高いとは想像もしなかった。


 不幸中の幸いで、蓄えはそこそこある。まあ、休みが無くて使えなかっただけとも言う。忙しさのあまり食事を怠っていたこともあり、食費はかなり節約できていたことだろう。


「あっ、また食べてる。この前、猫印良品のパウチを色々買ってきたのに。カップラーメンは濃い味・・・だから体に悪いですよ……にゃ」


 背後から可愛らしい小言が飛んできた。長年酷使してきた体が濃い味を求めるのだから仕方がない。健康に気を使って野菜ジュースも飲んでいるから、これくらいは許してほしい。


「ほらそこ。サボっていないで、ちゃんと拭いてくださいにゃ!」


 手を止めていたら叱られてしまい、慌てて窓拭きを再開する。少し小言が多いが、それは俺を心配しているから、ということにしておこう。まさか元野良猫の家族が、こんな美少女に化けるなんて想像もしていなかった。


 白髪の少女……もとい自称、転生したタマは、今世では人間として暮らしているらしい。家族もいるようだが、こんな元社畜のアラサーおっさんに、可愛い娘を預けてもいいのだろうか。それとなく聞いてみたところ、両親はむしろ応援してくれたと言っていた。この親にしてこの子あり、か。どういう教育方針なのだろう。


「あっ、懐かしい。これで遊んだことがあります」


 語尾の「にゃ」は無理につけているようで、たまにこうして素に戻ることがある。タマだけに、たまに……って、自分から親父ギャグを言うようになるなんて俺も歳を取ったな。心なしか周囲の気温が下がったものの、それに気づかないフリをする。


「ああ、それは俺が子供の頃に遊んだゲーム機だよ。引っ越しする時に色々と捨てたんだけど、そいつだけは思い入れがあって捨てられなくて」


 いつでも遊べるように昔のテレビまでアパートに持ってきたのに、引っ越してから一度も遊んでいない。この子の年齢だと、中古店で見かけたらラッキーレベルのレトロゲーム機だろう。


 子供の頃に友達が誰一人として持っていなかったのが不思議だったが、某人気会社とのゲームハード販売競争に負けて姿を消したことを大人になってから知った。


 大人……そうか、大人か。


「もしかして、お父さんが持っているのかな?」

「……えっと、そんなところです」

「そうか。君のお父さんとはいい酒が飲めそうだ。今度、会いに行ってみてもいいかな?」


 この機会に子供の教育方針について釘を刺しておかねば、という大人としての義務感もあるが、レトロゲー談義がしたいというのは紛れもない本心。


 あのファンタジーRPGのシリーズは遊んだことがあるのだろうか。オンラインゲームのほうはどうだろう。顔も知らない誰かと電話回線で繋がることが、どんなに楽しかったことか。今でこそオンラインゲームが普及しているが、あの頃は画期的なサービスだった。


「そ、そんなことよりも、これで遊んでみませんか?」

「いいけど、掃除はもういいの?」

「い、息抜きも必要なのでっ!」


 手にしていのは対戦ロボゲーの名作。アーケード版から移植されたもので、ソフトと一緒に専用コントローラーを買って熱中したのを今でも覚えている。そういえば、あのコントローラーは麦わら帽子の男の子が壊したんだよな。あの子は今頃どうしているのだろう。


 歳を取ってもゲーム脳は未だ衰えていなかった。少し走っただけでも息切れする体だが、ゲームは指を動かすだけでいい。流石に大人げないとは思ったものの、やり込んだゲームだからこそ手は抜けない。連勝記録を伸ばしていると、ある疑問が生まれた。


「うぅ……勝てない、強すぎです……」

「そうは言っても初心者には見えない実力だよ。練習はどうやってしたのかな?」

「練習ですか? 私の家で、ですけど……」


 集中しているようで、質問の意図にまだ気がついていないようだ。


「テレビと繋ぐためのケーブルの端子が今のテレビには付いていないから、君のお父さんが相当なレトロゲーム好きでもなければ実機で遊べないよ。一応、最新ハードに移植版はあるけど」

「そうそれ! 移植版で練習したんです」

「それはおかしいな。このコントローラー少し特殊だよね。最近のコントローラーに慣れていると操作は難しいはず」

「えっと、それは……」


 ファンタジー作品でもあるまいし、猫が転生するなんてありえない。そろそろ被っている猫の皮が剥げる頃だ。いや、既にポロポロと崩れ落ちているか。せっかくなので動きの止まった対戦相手に追い討ちをかける。よし、これでどちらも俺の勝ちだ。


 この年頃の少女に「勝ったなガハハ風呂入ってくる」宣言をするとセクハラにあたるのだろうか。そんなどうでもいいことを考えていると、斜め上の答えが返ってきた。


「ご、ご主人様が遊んでるのを見て覚えたのにゃ!」


 画面内では俺の勝利を祝う演出がされているが、画面外の俺は猫だましをされた気分だ。それを反論できる言葉を持っていない。俺がゲームで遊んでいる姿をタマも見ていたはずなのだから。


「そ、そうだ! 次に負けたら罰ゲームなんて、どうですかにゃ?」

「負けたら本当のことを話してくれるのならいいよ」

「本当のことって……あっ、もしかしてご主人様、負けるのが怖いのかにゃ?」

「……わかった。その勝負受けよう」


 安い挑発に乗るのは癪だが、このゲームを久しぶりに遊んだからか、俺の身体は闘争を求めている。対戦が始まると同時に異変が起きた。膝の上に柔らかい何かが乗っている。


「……なんで膝の上に乗っているのかな?」

「む、昔はこうしていましたよね? だからその……膝の上に乗るのは自然なことですにゃ!」

「確かにタマは膝の上に乗せていたけど、人間が乗るのは違うんじゃない?」


 身長差があるためテレビ画面は見えるものの、それどころではない。私はタマだから問題ないにゃ、という暴論が数センチ先から聞こえてくることと、目の前にある柔らかな髪が鼻をくすぐり全く集中できない。


 今日初めての黒星は、こんな対戦で幕を閉じた。


「それで、どうしてこんなことを……」

「いつもしてくれたから、お返しにゃ」


 俺は今、頭を撫でられながら膝枕してもらっている。なでなでと頭上で囁きながら撫でてくる。


「今まで、いっぱい撫でてくれたから、その……撫でてあげたかったのにゃ」

「そ、そうなのか」


 なるほど、確かにこれは罰ゲームだ。年下の少女に撫でられて奉仕されるというのは、誰にも見られていないのに恥ずかしく感じてしまう。それで、これはいつまで続くのだろう。早く終わらせたい。怒らせれば止めるだろうか。何かいい方法は――


「……そうだ。ご褒美にみゃーるを買ってあげよう。あんなに好きだったから、また食べたいんじゃないか?」

「えっ!? いや、そのあのっ……い、今は人間にゃっ!」


 どうやら作戦は失敗のようだ。仕方がない。満足するまで付き合うか。目を閉じると案外心地よい。優しく撫でられていると次第に睡魔が襲ってくる。


「タマも、最後に撫でた時はこんな感じだったのかな……」

「幸せだったにゃ。膝の上・・・で看取ってくれて、ありがとにゃ」

「……そうか。何かやりたいことはないか? もちろんみゃーる以外で」

「それならデー……じゃなくて、散歩がしたいです」

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