揺れるきたいと。

えびえび

揺れるきたいと。

 

「とりあえず手、このまま繋いどけよ。」


「う、うん…」


 私、天宮めぐみが幼馴染である月城優に“空の上”でときめいてしまっているのには理由があってー。



***



1ヶ月前。



「沖縄に旅行?」


「ええ、しばらく旅行行けてなかったでしょう?だからちょっと遠出したくなって!」


「んん〜、でも人混み疲れるからやだなぁ…」



 お母さんが家族旅行に行かないか、と私に持ちかけてきたのだ。私も高校2年生、今まで全然行けてなかったし、来年は受験があるし。行くなら今年なんだろうなとなんとなく察していた。  


 お父さんと妹には賛成されたというが、私はやや反対気味だった。


 飛行機や旅行が嫌だと言うわけではない。

 人混みが嫌なのだ。


だから電車通学なんて無理だと徒歩で行ける高校を選んで通っているのだ。


「そのことなら大丈夫よ!知り合いがプライベートジェットを貸してくれるって!プロの人が操縦してくれるらしいわよ〜」


「わぁ…すごいね、その人。」 


「だからいいじゃないの、ねぇ?」  


 子供のようにせがんでくる母親が恥ずかしくなって、まあプライベートジェットならと了承してしまった。


 その話を違う高校に通う幼馴染の優に電話で話した。 


『へえ、めぐみもプライベートジェット?』 


「そうみたい。優はもちろんそうでしょ?」


『まあな。専属の操縦士いるし』


月城優。 

この人はなんと将来社長になることを約束された男なのだ。もちろん大金持ち。家は大きいし船や飛行機なんかもたくさん持っている。

 

でもそれを自慢することもなく、勉強も運動もできて容姿端麗。こんな人と幼馴染やっているのが恐ろしい。

  

 まあそんな優を好きだったりもする。ずっと一緒にいたらもちろん惚れるきっかけもたくさんあるに決まってる。



「最近会えてなくて寂しいなあ…」


『冗談言うなよ、恋人みたいなこと言って笑』


 本気だし、私はあなたの恋人になりたいんだよ。

そんなことを心の中で呟き、「冗談だよ〜」と適当に誤魔化す。 


「幼馴染と付き合いたいなんて、思うわけないじゃん…。」


『なーんだ。マジかと思った〜』


 心臓が跳ね上がった。なんで残念そうにするの?ちょっと期待しちゃうじゃん…。


 諦めようとしても諦めきれないまま何年も経ってる。そろそろ想いを伝えたいとも思うが、関係を壊したくないとも思う。  


『じゃあ、夜遅いしそろそろ切るわ。おやすみ』


「うん…おやすみ」


 胸のなかをどきどき、もやもやさせながら電話を切る。 



 その後も優に会えないまま、旅行当日を迎えた。空港まで車で行って、空港でプライベートジェットの持ち主と合流するらしい。


「あ、そうそう」


「ん?」


「プライベートジェット貸してくれる人のご家族もいるから失礼のないようにね〜」


「…えぇ?」


「一緒に沖縄に行くんだけど、あっちは三人だからそんなに多くないわよ〜」


「聞いてないってぇ…」


 まあそんなに多くないなら挨拶だけして寝てればいっか……。そう呑気に思っていたら空港に到着した。 


 お母さんがきょろきょろ探して、あっ、と声をあげた。


「いたいた!月城さ〜ん!」


「天宮さんお久しぶり〜!子供達が中学生の時以来かしら?」


 お母さんが手を振った先には、月城さんーーーつまり優のお母さんがいた。


 忘れていた。この2人、仲良いんだった…。と、いうことはー。


「優…。」 


「え、なんでめぐみが…?」

 


 優も聞かされていなかったんだろう。驚いたように私を見つめる。


「さあさあ、乗り込むわよ〜」


 優のお母さんはノリノリで呆然としている私たちの手を引っ張り、飛行機に乗せる。


 私たちが再び会話できたのは機体が離陸してからのことだった。

 


「なんかごめんね、せっかくの家族旅行邪魔しちゃって…」


「いや全然。めぐみいたほうが楽しいし。」


「そう…?」


「めぐみと話すの好きだし」 



 またそれ。期待させるようなことを言う。

 でもそっちにその気は無いのだろう。

恋愛的に好きとかじゃなくて友達として好きなんだろうな、きっと。


 でも期待するだけなら…でもなぁ…。そう考えながら窓の外を見る。

 

が、なにかおかしかった。空が真っ黒だったのだ。


「ねえ優、空暗くない?」


「ん?あぁ、確かに。雨でも降るのかーーー」 


 優が言い終わらないうちに、機体が大きく揺れた。


「っ!?」  


「っめぐみ!掴まれ!」



 ふらつき、壁に頭を打ちそうだったところを優が助けてくれた。


「あっ、ありがと…」 


「もしかしたら積乱雲に入ったかも」


「積乱雲⁉︎雨とか雷とかやばいやつじゃん!」


 近くに親がいないため、助けを呼ぼうにも呼べない。このプライベートジェットが広すぎるせい。



「積乱雲に機体が入るとめっちゃ揺れるんだよな…とりあえず手、このまま繋いどけよ。」


「う、うん…」

 

 危険な状態なのにも関わらずときめきを抑えられない。温かい手、すっごく安心する。私は優の手をぎゅっ、と握った。


「どうしたんだよ…いつもはこんなことしないくせに」


「だって怖いし…優の手温かいし」


「いろんな奴にそんな距離近くなんなよ。勘違いされたらどーすんだよ?」 


「優も勘違いする?」


「…めぐみになら、したいかも」


「…しちゃっていいよ、勘違い。」


「期待もしていいの?」  


「…優にならされてもいい。」



 普通の女の子よりちょっとは距離近いかなとか思ってたけど、どうせただの幼馴染だろうと、揺れてた期待。

 その期待を優という“積乱雲”が揺らす。








「好きだよ、優。」








 言ってしまったじゃないか。

 きたいを揺らした積乱雲あなたのせいで。



「ほんとに?」


「ずっと好きだったし、期待なんかもしちゃってたよ。でも…結局は片想いかなって」


「違う」


 少しおさまってきた飛行機の揺れへの安心なのか、否定してくれたことへの安心なのか。私は涙が出てきた。


「違うよ。俺もずっと好きだった。俺も期待もしたし、片想いかなって諦めたりもした。」


「…諦めなくていいのに。」


「そっちこそ、笑」


 優は呆れたように、でも優しく微笑んでくれた。


「…あ、晴れてきたんじゃない?」


「わ、ほんとだ。やっと空が見えた…」



 青い、綺麗な空を見て私たちは再び手を握りあった。


 もう、期待機体が揺れることはないだろう。


 好きあってることを知ったから。

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