1/11000000000

@28ki283

1/11000000000

1/11000000000

(ひゃくじゅうおくぶんのいち)


男:男性

女:女性

赤子:男役が兼ねる


・・・・


0:(床、壁、天井までが純白の空間で男女が立ち尽くす)


男:……なんだ、ここ。


女:私たち、生きてる?


男:駅ビルの中に居たんだ。緊急避難アラートが鳴って「シェルターへ!早く!」ってアナウンスが流れて。


女:大きな音がした。ビルがひどく揺れて、電気が消えて、天井が落ちてきて、そこらじゅうで悲鳴が聞こえた。そこまでは、覚えてる。


男:逃げなきゃって、君の手を取った。いや、取ろうとした。それで結局、無理やり手首を掴んだ。


女:ごめんね。怖くて目を*つぶって、耳を塞いでたから。


男:ここは、天国か? どこを見ても真っ白で、照明らしきものはないのに、上も下もハッキリ見える。


女:でも、どこまでも、ただずっと白いだけ。何にもない。


男:僕たちは、死んだのか。


女:どうかな……正直よくわからない。今のことも、ここのことも、さっきのことも、全部夢みたい。


男:君とこうして話しているってことは、きっと、生きているんだろう。


女:ねえ、私たちどうなるの? 助かるの?


男:(一呼吸ついて)わからない。


女:そんな。


男:残念だけど。ひとつだけ確かなことは、今、僕と君の意識はまだあって、こうして話ができているってことだけ。


女:(遮るように)見て!


0:(男、女の叫ぶような声の先に目を向ける)


男:数字……? 赤い数字。なんだこれ。この白いの、ひょっとしてスクリーンなのか?


女:ろく、よん、なな、さん、はち、きゅう、きゅう、にい、さん、いち、きゅう。


男:(浮かび上がった赤い数字に触ろうとする)ダメだ、さわれない。どこから出力されてるんだ。


女:ろく、よん、なな、いち、ごー、さん、よん、にい、さん、きゅう、なな。


男:……数字が、減っている?


女:……うん、すごい勢いで減ってってる。瞬きするごとに、どんどん。


男:(少し考えて)もしかして、この数字がゼロになったらここから出られるんじゃないかな?


女:えッ?


男:ちょっと前にどこかの企業が『次元の揺らぎ』を利用したシェルターの試作に成功したってニュース、あったんだ。


女:じゃ、ここはその次元の揺らぎを利用したっていうシェルターの中なの?


男:わからないけど、少なくても僕と君は生きているし、外の音は全く聞こえない。おそらくは、それに類する場所なんじゃないかな。


女:そっか(ため息をつき、その場にへたりこむ)


男:ちょっと、大丈夫!?


女:うん。安心したらね、腰が抜けちゃった。


男:(笑った)……よかった。本当によかった。君と二人で生き延びられて。


女:私も。


男:数字がゼロになるまで、減っていくスピードからしてそれほど時間はかからないはず。


女:この数字、ときどき、一気に減るよね。


男:不思議だな。何の数字なんだろうね。


女:ね。


男:ゼロになるまで考えてみようか。


女:(笑う)


0:(間、七秒ほど)


女:よく寝れた?


男:(あくびをして)うん。もう、起きてたんだね。


女:……うん。


男:顔色悪いけど大丈夫? って無理もないか。


女:うん。


男:(かける言葉に迷い、何か言おうとして)


女:あのね。夢を見たの。


男:夢?


女:うん。


男:どんな夢?


女:(無言)


男:どんな夢を見たの?


女:言わない方がいいと思う。


男:(小さくため息をついて)なんだよそれ。


女:ごめん。


男:今、あの数字は?


女:ゴジュウサンオク・ロクセンニヒャクジュウイチマン・ゴセンサンジュウハチ

『にん』


男:……今何て?


女:五十三億人ちょっと。


男:ニンって。この数字、もしかして。


女:世界に残ってる人口みたい。


男:地球の人口は百十億人居るんだ。世界の、世界の半分以上が死んだってこと?


女:そう。あなたが寝ている間に、十億人減った。


男:(一拍置いて、頭をかいて)寝る前の話の続きだろ。なんで君は、そんなおぞましい考えをするかな。もう少し前向きな回答しようよ。


女:夢を見たの。


男:どんな夢だって聞いただろ。そして、君は答えなかった。


女:夢を見たの! 無数の手と翼が生えた大きな目玉が私の上に来て、数字の意味を教えてくれた!


男:……冗談じゃない。


女:わかってる! 悪い夢だって! こんな話、今あなたに言うべきじゃないって! でも私、えられなくて!


男:見たんだ! ……僕も。


女:(急に落ち着いて)……え?


男:夢を見たんだ。顔が七つある黒い馬が来て、この数字が*1《いち》になれば、ここから出られるって。


女:何よそれ。


男:わからないよ。だが、君の見た夢の内容と重ねたら。


女:世界の最後の一人になればここから出られる……。


男:最悪な夢だった。……忘れよう。


女:でも。


男:(遮るように)忘れよう。こんな状況じゃ、悪夢くらい見るだろ。そして、その意味をどうるかは自由だ。


女:だけど。


男:忘れるんだ。さあ、おいで。


0:(男、女を抱きしめて上着のボタンを外していく)


女:こんなときに……するの?


男:こんなときだからするんだよ。


女:でも、『ない』よ。


男:大丈夫だよ。ほら、腕を伸ばして。怖くないから。


女:……うん。


0:(間。七秒ほど)


女:今、数字どのくらい?


男:ニジュウヨンオク・キュウセンサンジュウマン・ロッピャクゴジュウ。


女:あと二十四億人。


男:『ニン』じゃなくて、ただの数列だよ。


女:数列じゃなくて世界の残り人口。


男:まだあの夢を引き摺ってるのか?


女:引き摺ってるんじゃなくて、眠るたびに見るの。


男:今度は何を見た? ミカエルか、それともルシファーでも出てきたか?


女:……もういいよ。


男:あのさあ、少しは考えろよ。こんなところで、二人しかいないのに、機嫌と空気悪くしてどうすんだよ。


女:好き勝手に上に乗られて、目が覚めたらまた上に乗られて、たまに何か言えば怒鳴られて。こんなんでどうして機嫌良く過ごせると思うの?


男:僕は、君のためを思って!


女:私のためを思って、根拠のない曖昧な思い込みを振り翳して、アダルトビデオみたいな独りよがりなセックスをしてるの? ああそう。ありがとね。


男:あのさあ!


女:私見たよ。子供いることも。他にも女がいることも。借金あることも。職場、嘘ついてたことも。


男:……何言ってんの?


女:見せてくれたの。手と翼のある目玉が。あんたに抱かれた後の夢で。連続ドラマみたいに。


男:……何言ってんだよこのバカ野郎! 


女:私とのときはちょっとオラオラしてるくせにさ、あの女の前ではイキそうになると赤ちゃん言葉になるんだね。キッモ。


男:(短く絶叫)


女:(涙を浮かべて)死ねよ。死んじまえ。死ねよこの嘘つきクソ野郎!


0:(男、女を突き飛ばし馬乗りになって顔を何度も殴る)


男:調子に乗るんじゃねえよこのクソアマが!


女:(セリフのたびに殴られながら)死ね! 死ね! 死んじゃえ! 死んじゃえ

よ! 死ね! 死ねってば!


男:黙れ、黙れ、黙れ! 黙れよてめえ!


女:死ね! 死んじまえ!


男:(短く吠える)


0:(間、十秒ほど)


男:おい、起きろ。起きろって。目え覚まして。


女:うう、うう……。


男:数字が一気に減った、見ろ。


女:あんだけ殴っといて、よく平気な顔して起こせるね。


男:うるせえよ。ほら、あと三万。


女:全世界で核ミサイルの撃ち合いしたの。


男:なんでわかる。


女:夢で見たから。


男:へえ。


女:あ、五千人切った……あの、さっきはごめんね。


男:なんだよ急に。


女:ここにきてからずっと、私のこと気を遣ってくれてたのに。私、ずっと気が動転してて。


男:こっちこそ、本当ごめん。殴るべきじゃなかった。


女:私たち、悪い夢を見てるんだと思う。


男:そうかもな。


女:おかしいと思わない? ここにきてずいぶん経つけど、お腹も空かなきゃトイレ

もよおさないんだよ。


男:言われてみれば確かに。


女:(笑って)だからきっと、きっと悪い夢なんだと思う。


男:そうだな……そうだね。


女:見て。


男:ん?


女:じゅう、きゅう、はち、なな、ろく……


男:ごー、よん、さん、にー……


0:(間、三秒ほど)


女:止まった。


男:あと、二人。


女:あなたと、私。


0:(間、三秒ほど)


男:……あのさ。


女:(遮るように)最後の一人は、あなたがいいと思う。


男:(無言)


女:私のことは、首を絞めて殺して。(笑って)殴り殺すのはやめてね?


男:……ここに、ここにずっと居ないか? 二人で。


女:それもいいけど、さっき、あんなこといっちゃったけど、私、私ね、本当にあなたのこと好きだから。


男:本当にいいのか。


女:うん。最後にお願い。


0:(間、三秒ほど)


女:キスして。


0:(男、頷いて女に近づき、両肩に手をまわす)


男:愛してるよ。


女:(答えずにそっと笑う)


0:(間、三秒ほど)


女:死ねよクソ野郎。


0:(女、手のひらに握り込んだ錆びたナイフを男の腹部にめり込ませる)


男:えっ?


0:(男、刺されたことに気づかず、一瞬呆然として)


男:あ、あ、あ、ああ!


0:(女、男を突き飛ばし転倒させる)


女:ここにずっと居ないか? 二人で? 吐き気がする。


男:ああ、あっ、ああ、あっ! なんで、なんでナイフなんて持ってんだよ!


女:憎悪が物質化したんだって。あの目玉が教えてくれた。


男:やめて! やめてくれ! 助けてくれ……頼む! 頼むから!


0:(女、倒れた男に馬乗りになってナイフを逆手に握り、振り上げる)


女:死ね、死んじまえ。


男:騙したやがったなこのアマ! てめえ、よくも! よくも!


女:死ね!


0:(女、男にナイフを突き立てる)


男:あっ!


女:死ねよ!


0:(女、男にナイフを突き立てる)


男:おっ!おおう!あおッ!


女:死ねってば!


0:(女、男にナイフを突き立てる)


男:がっ! あがっ、あがっ!


女:死ねっつってんだろうがッ!


0:(女、男にナイフを突き立てる)


男:あっ!コフ、コフ、コーフー……


0:(男、息を引き取る)


女:やっと死んだ……。最後まで、間の悪い男だった。


0:(女、返り血を浴びながら例の数字に目を遣る)


女:……なんでよ。


0:(間、三秒ほど)


女:なんで2《に》から減らないの。なんで! なんでよ!


赤子:(赤子役の演者は口を手で押さえて演技すること)


赤子:あーん、あーん、あーん……。


女:なんで! どうして減らないの! 私が、私が1《いち》のはずでしょう!


赤子:あーん、あーん、あーん。


0:(間、三秒ほど)


女:まだふたり……もうひとり、いる。


赤子:あーん、あーん、あーん。


0:(間、三秒ほど)


女:……体が、震えてる……。


赤子:あーん、あーん、あーん、あーん、あーん、あーん。


女:私の、お腹の、中……。


赤子:あーん、あーん、あーん、あーん、あーん、あーん、あーん、あーん、あー

ん、あーん、あーん、あーん。


0:(女、握りしめたナイフの先を自らの腹の方へ向ける)


女:あいつの、あいつのッ! クソが! 入ってくるんじゃねえ! 根を張るんじゃねえ!


赤子:(被せるように)出して 出して 出して 出して 出して 出して 出して 出して 出して


女:(被せるように)出ていけ、出ていけ、私の体から出ていけ……


赤子:(この赤子のセリフは次の女のセリフまで続く)出して 出して 出して 出して 出して 出して 出して 出して 出して……


女:(遮って)私は生きるの。私が、残るの!


0:(女、自らの腹にナイフを突き立てる)


赤子:あーーーーーーーーーーーーーーーーーーん。


女:(被せて)(絶叫)


0:(女の絶叫は下記の男のセリフが終わるまで続く)


男:2《にー》、2《にー》、2《にー》、2《にー》、2《にー》


0:(間、五秒ほど)


男:1《いち》、0《ゼロ》

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

1/11000000000 @28ki283

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る