理解と納得

 断られることは理解している。

 そんな様子が十華からは見て取れた。

 だが、それでも納得したくない、というのが本音か。頭の冷静な部分では無茶な事を言っている事は分かっているが、心の熱い部分がそれを否定する言葉を投げかける。そんな様子だった。


「ぬぐぅ……あんたが居ればエイダバトルは楽勝だって思ってたのに……!」

「楽勝って……そもそも俺がエイダバトルをしていたのはもう5年は前だ。ブランクがあるって思わないのか?」

「ない。だってあんた、エイダに初めて乗った時から動かし方を知っていたって聞いた。ロクに説明書も見ず、講習も聞いていないのに。そんな人間がたった5年間エイダに乗らなかったから操縦が下手になっているとは思えない」


 反論の言葉が詰まる。

 バトリング・オブ・エイダはVRゲーム。それも、フルダイブ式。

 己がゲームの中に入り込んだような感覚でプレイできるゲームだった。

 それ故に、覚えている。仕事をしながらではあったが、プロゲーマーたちと渡り合えるほどに努力し、そして築き上げてきた基礎は。己の腕は。たった数年間何もしなかった程度で錆付きはしない、と。

 流石に全盛期ほど、とは言えないが。それでも、5分かそこらエイダに乗れば、間違いなく全盛期に限りなく近い状態に戻せる。

 

「……どうしてそんな事まで知ってる」

「楠から聞いた時に調べあげたから。あんた、凄かったらしいじゃん。初出場のエイダバトル大会で優勝。けど、その試合のすべてで危険行為への注意勧告。他人じゃない、自分への危険行為で注意を受けている。それは全国大会でも変わらなかった。結果的に自己責任という事であんたの行為は全てチャラになった」

「…………」


 その通りだ。

 理由は単純だ。

 エイダバトルでの常識は、バトリング・オブ・エイダの常識よりも遥かに温かった。

 それだけなのだ。

 だから、エイダバトルは紛い物で、やりたくない。それだけ。

 

「だったら何だ。俺は結果を出した。その上で辞めた。俺の内心以上の事実はない」


 そう言うと、八紘は踵を返した。

 

「行くぞ、九朗。七海、明日辺りに昼飯一緒に食おうぜ」

「お、おう」

「う、うん。わかった」

「ちょっ、まだ話は終わってないから!」

「終わりだ。俺はもうエイダバトルに関わりたくない。こんな紛い物やっていられるか」


 八紘は最後にそう告げると、そのまま歩き始めた。

 それを九朗は追っていき、七海と十華の間にはどこか気まずい空気が流れる。

 そんな中、口を開いたのは七海からだった。

 

「そ、その……やっくんの事、誘っても無駄だと思うな」

「どうして」

「やっくんね、エイダに乗れる日、凄いワクワクしてたの。でも、次の日は落ち込んでたんだ。こんなんじゃ楽しめないって」

「楽しめない……?」

「うん。わたしもやっくんのご両親から聞いたんだけど、やっくんね、自分の戦い方が否定されて、それからショックを受けたんだって。その直後に、同じ教室の人たちを全員倒して、帰っちゃったんだって。生徒も、先生も、みんな」

「で、その後は……」

「習い事には出てたんだけど、ずっと一人で練習。わたしも見学に行ったけど、みんな腫物を扱うみたいだった」


 戦い方を否定された。

 なるほど。

 当たり前だ。

 

「……当たり前でしょ。あんな戦い方、傍から見たら危険すぎる」

「そうなの?」

「あいつの戦い方は、戦闘中であろうと『戦闘モード』と『偵察モード』を切り替える戦い方。そんな戦い方をしてちゃ、長生きできるわけないじゃん」


 ――エイダというパワードスーツは、元々ダンジョン探索に特化したパワードスーツだ。

 そして、内部機構は複雑怪奇ではあるが、簡単に説明できる物が幾つかある。

 その中に存在するのが、エイダの装甲とインナーの間に流れる液体、流体金属アーマーだ。

 

「エイダっていうのは、戦闘モード中じゃないと流体金属アーマーが硬化しないの。これがないエイダは、中世の鎧よりもちょっと頑丈程度。銃弾程度ならある程度は問題ないけど、それだけ」

「なんだか難しいねぇ……」


 戦闘モード、と呼ばれるモード中は衝撃を受けた際、エネルギーを消費して流体金属アーマーが硬化する。

 しかし、偵察モードと呼ばれるモード中はこれが発生しないのだ。

 ならば常時戦闘モードにすべき……と思うかもしれないが、戦闘モードにも戦闘モードの弱点がある。

 

「戦闘モード中はエネルギーを常時消費する。正確には、供給されるエネルギー量を消費するエネルギー量が上回るんだ。だから、ダンジョン探索ではモードの切り替えが大事になるけど、エイダバトルはそうじゃない」


 エネルギーが消費され続ける戦闘モードと、エネルギーの消費量を供給量が上回る偵察モード。

 エイダの特徴は、この2つのモードが存在する事。これを可能にするのが、上限こそあるが無尽蔵のエネルギー供給を可能とするダイナタイト鉱石だった。

 そんなエイダを用いた戦いの勝敗。それは、このエネルギーが物を言う。


「確か、エネルギーが先に無くなって戦闘モードが終わった方が負け、だっけ」

「そう。でも、途中で戦闘モードから偵察モードに切り替えるのはあり。ただ、偵察モード中にエイダからの攻撃なんて貰おうものなら、装甲を貫通して操縦者にダメージが行きかねない」


 だからこそ、エイダバトルには駆け引きが生まれる。

 如何にエネルギーを使わせる攻撃を当て、エネルギーを枯渇させるか。または、自身のエネルギーをある程度使ってでも相手に突貫し、相手のエネルギーを流れで削り切るか。


「よっぽど強い人は切り替えを試合の中で1回はやるけど、それくらい。だから、あいつは異常なんだよ」

「異常って……?」

「あいつはね、攻撃をする時と、攻撃が当たる時。この時だけ戦闘モードに切り替えていた。でも、それ以外の時は常時偵察モードだったんだ。こんなの、子供が……ううん、死生観がぶっ壊れている人じゃないとできっこない」

「そ、そうなの?」

「うん。エイダバトルで使う弾は実弾じゃなくて専用の模擬戦弾、実弾同様に相手のエネルギーを削れる非致死弾だから、よっぽど偵察モード中に近距離で撃ち込まれない限り安心なんだけど……それでも、ケガをする可能性は低くない。実際に偵察モードでエネルギー回復を図った時に弾が当たってケガした、なんてのは結構ザラにあるの。近接武器の攻撃に至っては受けようものならそれこそケガじゃすまない」


 だから。

 八紘の行為は、危険行為と言われたのだ。



****



 ちなみに翌日、十華ちゃんは人の心を考えずに何癇癪起こしてんだ、と自己嫌悪することになりましたとさ。

 そんなわけであとがきになります。

 エイダについての会話が出て来たので、ここでちょっとエイダの設定についてをば。


・エイダ(Adventure Dungeon Attack Powered Suits)

ダンジョン探索のために開発されたパワードスーツであり、現在は世界各国に広く普及している。警察組織や消防組織等では名前を変えて使われている事もある。

偵察モードと戦闘モードの2つのモードを搭載しており、ダンジョン内ではこの2つのモードを切り替えて進んでいくが、エイダバトルではこの2つのモードは安全と、いつでも反撃ができるように備えるため、モードは切り替えないのが普通となっている。

偵察モード中は時間経過でエネルギー回復が可能であり、戦闘モード中は時間経過でエネルギーが減っていくという仕様である。

また、戦闘モード中はパワーアシストが最大稼働する他、遠距離武器のロックが解除される。偵察モード中は安全面(遠距離武器の反動による自爆)の問題からロックが解除されない。

近接武器のみ偵察モード中でも使えるが、パワーアシストがかからないためカスダメしか出ない。

偵察モード/戦闘モードのイメージとしてはAC5のスキャンモード/戦闘モード。

この偵察モード中はAC4のプライマルアーマーが使えず、戦闘モード中のみプライマルアーマーが使える、というイメージ。

また、ブーストを吹かした高速移動もエネルギーを消費するため、戦闘モード中はブーストを吹かすと物凄い勢いでエネルギーが減り、自分の首を絞める事になる。

しかし、偵察モード中のブーストはあまりエネルギーを消費しない。

そのため、八紘がプレイしていた『バトリング・オブ・エイダ』では2つのモードの切り替えによるエネルギーのやりくりが華でもあった。

また、エイダそのものも時代により世代交代しており、今の世代ではホバー移動が標準装備であり、全身の様々なポイントに武装やツールを装備する事が可能。

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