屋根裏部屋の古地図と「見えない道標」

地図との出会い

私の日常は、煮詰まったコーヒーのように単調で、味気ないものだった。


朝、目を覚ませば、天井の染みが嘲笑うように私を見つめている。ウェブライターという仕事は、誰かの物語をなぞることで生計を立てる行為だったが、それは同時に、自分自身の物語がどこにもないことを証明しているようでもあった。


私は、活字の海を泳ぐ漁師だったが、自分の船を漕ぐことを知らなかった。


その日は、溜息の澱(おり)を吐き出すようにして、古いアパートの階段を下りた。


気分転換に、と足を向けたのは、年に一度だけ開かれるという古物市だった。


そこは、人々が過去を解き放つ場所。錆びたスプーン、色褪せた絵葉書、名前も知らない外国の本。ガラクタの海を漂っていると、まるで潮の流れが変わったかのように、小さな一角に引き寄せられた。


「おや、これはお嬢さんの目に止まったようだね」


声の主は、深い皺が刻まれた、優しい顔の老人だった。

彼の店には、古ぼけた道具や、不思議な模様の石が並べられていた。


その中で、私の心を射抜いたのは、手のひらサイズの小さな地図だった。紙は黄ばみ、端は擦り切れ、まるで時間が澱のように沈殿しているかのようだった。


私は、まるで磁石に引きつけられるように、その地図を手に取った。


「この地図、この街のですよね? でも、変な印がついてます」


地図には、見慣れた通りの間に、小さな星や鳥の足跡のような、奇妙な印が散りばめられていた。


老人は、口元に薄く笑みを浮かべた。


「さあね。ただの地図に見えるかね? この世界にはな、地図には載らない道があるんだよ。心の目で見ないと見えない道がね」


老人の声は、まるで遠い昔の物語を語る吟遊詩人のようだった。


「この地図は、その道を見つけるための羅針盤さ。ただし、それは持ち主が本当に探しているものによって、その姿を変える。……あんたは、何を探してるんだい?」


彼の言葉は、私の心の奥深くにある、言葉にならない問いを鋭く突いた。

私は返答に窮し、ただ地図をじっと見つめるしかなかった。


結局、私は無言で代金を払い、その地図を手に、古物市を後にした。




屋根裏部屋に戻り、コーヒーを淹れ直した。地図上の最初の印は、いつも通り過ぎる大きな本屋の裏手にある、幅一メートルもない細い道を示していた。地図はそこを「鳥のささやき路地」と呼んでいた。


「バカバカしい。まさか、本当に道があるわけない」


私は自分自身に言い聞かせた。しかし、好奇心という名の小さな獣が、私の背中を鋭く押す。私は、それに逆らうことができなかった。


再び街へ出て、地図が示す場所へ向かった。路地は、相変わらずゴミ箱がいくつか並んでいるだけの、何の変哲もない場所だ。


「やっぱり、ただの地図じゃないか」


そう呟いた瞬間、私は息をのんだ。路地の奥から、まるで風鈴の音色のような、澄んだ鳥のさえずりが聞こえてきたのだ。


目を凝らすが、姿は見えない。ただ、錆びついたトタン屋根の下で、風に揺れる植物が、楽しげに囁き合っているようだった。それは、街の喧騒から切り離された、小さな秘密の音楽だった。



さらに地図を辿ると、今度は「時計台の止まった庭」という印が見えた。

それは、街の中心部にある、古びた時計台のそば。


私は、人波を縫うようにして、その場所へ向かった。地図が示すのは、時計台の裏にある、小さな公園のさらに奥にある、普段なら絶対に入ろうと思わない鬱蒼とした茂み。私は、躊躇しながらも茂みをかき分けた。


「……何、これ」


そこに広がっていたのは、苔むしたレンガの塀に囲まれた、小さな庭だった。


庭の中央には、錆びついた針が、十二時を指したまま止まっている古時計台が立っていた。周囲の空気は、まるで薄い膜に覆われているかのようで、街の喧騒が遠い幻聴のように聞こえる。


時間が、本当に止まってしまったかのようだった。

私は、ただ呆然と立ち尽くした。


「この地図は、ただの古地図じゃない……」


私の言葉は、静寂に吸い込まれていった。それは、現実の裏側に隠された、もう一つの世界への「見えない道標」だったのだ。


私はこの非現実的な体験に、興奮と戸惑いを同時に感じていた。


それはまるで、長年閉ざされていた心臓の扉が、ゆっくりと開き始めるような、そんな感覚だった。

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