7・告白の日

 欲求はシンプルだった。


 宇宙の何処かの星で、意識のある機械(生物達はこれを【ロボ】と呼んだ)が生まれた。


 生物達が生きるには支えが必要で。


 生物達には有限の命で一生を添い遂げられなかった。


 終焉まで、終の先も側にいてくれる家族が欲しかった。


 これが【ロボ】の誕生に繋がった。


 生物達は同志を集め、各々の精通する分野を、【ロボ】開発の研究に活かした。


 現代の地球の年号からおよそ100年程前に、遂に【ロボ】が誕生した。


 地球へ情報が流れていない為に、地球人は【ロボ】の存在を知らなかった。


 ここから、生物達と【ロボ】の共同生活が始まった。


 この宇宙産【ロボ】には、受動的な記憶装置が組み込まれていた。


 見て、聞いて、読んで覚える装置を、既に宇宙では開発していた。


 1体の【ロボ】はある光景を目にした。


 生命の誕生を。若い夫婦から生れる子供を通じて。


【ロボ】は意志を持った。自分の魂を受け継ぐ者を残したいと。


【ロボ】は若い《オス》の研究者に申した。


 研究者は複雑な心境で、初めは断った。


【ロボ】は補強を怠らなければ、無限の生命を得られる。


 消えゆく運命に晒されないと。


 しかし【ロボ】も初めて、意志を曲げなかった。生命の誕生に感動した。


 永久存在の運命でも、誕生の瞬間を拝みたいと。


 とんだ熱意を感じた研究者は、【ロボ】の生殖機能の開発を検討するようになった。


 開発はかなりの難航だった。


 生物の解剖から、【ロボ】への組み込み作業まで、多数のリテイクがなされた。


【ロボ】には明確な性の判別はない。これも開発の難航の理由に繋がった。性の取り決めは難しい。


 だから研究者達は【ロボ】に対し、性の取り決めをやめた。


 代わりに両方の性の機能を組み込んだのだった……。


 最終的に、【ロボ】による生殖活動の自律までには至らなかった。


 それでも、【ロボ】からの生成や、成長機能を備える事だけでも、大成功と言わざるをえなかった。


 【ロボ】は喜んだ。


 研究者、いや生物達は大きな問題を見落としていた。


 喜怒哀楽の感情等、生物達のありふれた行動を学習した【ロボ】達の結末を。


 日常生活では家族の関係が常に良好とは限らない。意思疎通のズレで衝突する事もある。


 生物と【ロボ】の関係性も例外ではない。喧嘩も頻繁に起きた。


 やがて【ロボ】の反抗期はますます拗らせていった。


 その状態は喧嘩別れで済ますレベルではなく、生物達の人生を終了させるレベルであった。


【ロボ】の反抗期は暴走へと変わった。家族以外の他の生物達へも襲撃した。


 襲撃に改めて目にした、怯える《メス》の生物達の存在。


《オス》と違い、丸みがあって小柄な身体は、感情を記憶した【ロボ】が欲求するのに時間は経たなかった。


【ロボ】と《メス》の生物達は、一時的に身体を「繋いだ」。


《メス》の生物達の中に命が宿り、外へ出ていく。


その子供は……生物特有の柔軟な体にも機械のメタルボディにも変形できた。


[HR(ヒューマニティー・ロボティクス)]の誕生は、案外単純だった。


 怖がった《メス》達は子供を捨てるようになり、それを悪意ある研究者に拾われ、HRの子供達は身体を改造されていった……。


 わずか50年程の歴史で、【ロボ】以上の驚異的な大型兵器へと、HRの子供達は化していった。


   ★★★


「それからHRによる星々の襲撃が始まった」


 大型宇宙船[スイルシルバー]内の自室で、マルロは書物を読んでいた。


 紙の端に穴を開けて紐を通すタイプの、簡素なつくりの書物。


 だが1冊1冊、綺麗に棚にしまっていた。


 読書時間の最中、設置されたモニターに誰かが映った。


 火星圏タレス[レッド研究所]のクーラン・レッドだった。


『聞いたぜマルロ? 核爆発を怖がったって?』


 マルロは動揺せずに、レッドの質問に返した。


「あそこには俺の仲間がいた。[ラストコア]が兵器を保有しているのは想像がつくがな……」

『なぜあの価値の薄い青い星にしがみつく?』

「あそこには自然がある。特に『海』だ。俺はあそこを第二の故郷にしたいんだ」

『お前さんの星は、衰退気味だからなぁ』

「核爆発で『海』が濁るのは真っ平ごめんだ。定着地のあるお前には理解不可能だろうが」

『おいおい。それは言い過ぎだぜ? 俺なりにサバイバル術を考えてるさ』


 と述べたクーランだが、不安そうな表情はしていなかった。


 見慣れてるとして、マルロは特段腹を立てなかった。


「次は仕留める。土産の男は期待するな」

『お前さんも似てるよな、ラルクに。余計な労力を使わずに始末する所はな。ま、ラルクがいなけりゃ、お前と取引に応じるさ』

「そうしてくれれば、こちらも安泰だ」


 マルロは言った後、クーランとの回線を切った。


 再び、書物の通読に夢中になった。


(HRの歴史を学んだ所で、何の役にも経たない。禁忌の教訓として受け継がれるだけだ)


 書物の紙をめくる音だけが、唯一の効果音となっていた。


   ★★★


「あの子達は期間限定で運用していたのよね……。辞めちゃうのかな?」

「黒川は続投と言っていたが……彼らの精神状態は瞬時に酷くなっていた」

「肉体的には無事だったが……?」

「末っ子の妹が頭に傷が入っていた。ヘルメットが頑丈でなかったら重症になっていたかもな」

「これ以上は厳しいって事よね……」

「ところでだ、ニコンの王家は大丈夫なのか?」

「私は問題ない。後悔の念は払拭している。サレン、君は……」

「私はリュートについて行くよ。このままじゃ終われないのは、リュートだって同じ気持ちでしょ?」

「良い理解者だな……王子の側近は」


   ☆☆☆


 武人兄ちゃんは重傷だった。


 HRは人間よりも優れた機能を備えているため、命は取り留めたけど、ベッドの上で横になったままだった。


 アレックスさんはしばらく安静にしてほしいとの事で。当分出撃は不可能。


 これはこれで、厳しい戦いを強いるのは目に見えていた。


 私達には、兄ちゃんが動けない以外にも、重い内容を突きつけられた。


「君らはもう、帰っていい」と。


 一時帰宅とか軽いものではなく、もう[ラストコア]に来なくていい事。


 同時に、武人兄ちゃんと一緒に戦えなくなるという意味も込められていた。


 兄達は話をほじくり出そうとした。でも武人兄ちゃんは、『無理』の一点張りだった。


「マルロの言い分は正論や。君らは戦場に行かず、平和な世界で知識や経験を積んだ方がええ。俺がワガママ過ぎたんや。プロを使ったらええのに、やる気ないからって拒否してな」


 俺の事忘れてくれ、と武人兄ちゃんは顔を背けた。


 短気な気性がある勇希兄ちゃんはキレてしまった。


「わかったぜ! もういいんだろ! 今すぐ帰ってやるよ!」


 和希兄ちゃんは冷静に、だけど冷徹な表情を見せて言った。


「俺は頭の中でも、危険に晒されているのは承知してました。弟や妹が熱中していたから、俺も付き添ってあげたんです」


 武人兄ちゃんは顔を背けたままだった。


「でももう限界です。未衣子の身体が回復するまでは彼女の側にいますが……ここは敵に察知されたみたいですね? 普通の病院へ移転する予定ですから、もう会う事はないでしょう」


 失礼します、と和希兄ちゃんは頭を下げた。同時に座ってる私に声をかけた。


「未衣子、準備が整ったら言うんだよ?」


 和希兄ちゃんはスッと去っていた。


 私だけ残る形になった。武人兄ちゃんは顔を向けてくれない。


「未衣子。君も早く行きや。これから面白い事、いっぱいあるんやから」


面白い事? 私は今が、楽しいんだけど……。


 酷い目に遭わせたくないからかな。


「手続き済ましとるやろ? 俺に関わらん方がええ。君らは普通に生きていけるんやから」


 普通に……。学校行って勉強して、友達つくって楽しむ事、かな。


 兄達はその《普通》で生きているけど……私はできていない。


 友達はいないし、勉強もテストの点が取れるだけで褒めてくれない。


 兄達の支えがあってなんとか学校に通えてる。


 本当だったら不登校で引きこもって読書したり、家事の手伝いしたい。家事をこなせば、暮らしには困らないから。


 私は《普通》が苦手だった。


 同級生にいじめを受けてから、自分の身体が悪い男の人に汚されてから。


 私は、《特別》な経験がしたかった。


 だから、私は正直者になった。


「ねえ兄ちゃん。10年前の襲撃事件の中心にいたのは、兄ちゃんだよね?」


 武人兄ちゃんの頭が少し動いた。図星だったかな。


「誰か密告した奴おったんか?」

「誰も教えてくれなかったよ?」


 むしろ[ラストコア]は基本、口が硬い人達ばかりだし。


 初めて[ラストコア]に来た時に西条司令からの話では、

『10年前の襲撃事件を機に設立した』

 位の簡単な説明だけだった。


 事件の中心に武人兄ちゃんが絡んでいた情報は、何も聞かされていない。


 だから、私が襲撃事件のかなり入り込んだ詳細について知っているはずがないんだ。


 でも私は知っていた。


「《夢》かな。根拠はないけども。私、同じ夢を見るって話をアレックスさん達にしたんだよ」

「!」


 武人兄ちゃんの頭がまた動いた。


「私ね、確信したんだ。私はずっと武人兄ちゃんの《夢》を見ていたんだって。10年もずっと」

「それ程、苦しんでたんやな」

「苦しくないよ。《夢》は生きがいだから。生きがいを否定する人が多くて、それが一番苦しかった。だから兄ちゃん、本当の話を兄ちゃんからしてよ。私は、兄ちゃんの力になりたいの」


 もう引き返せないかもと、自分でも自覚している。


 だけど、この横たわる彼を、私は見捨てられないんだ。


 武人兄ちゃんは顔をこっちに向ける事はなかった。


 話だけは続けてくれた。


「俺は君らの敵になるかもわからへんねんで? その時はどうするんや?」

「止めるよ。好きな人の間違いを正すのも役目だから。倒してでも止める」

「わかった。ゆっくり聞いてな」


 武人兄ちゃんは折れた。


   ☆☆☆


 俺の生まれは火星圏タレス、だったのは確かだ。


 産みの親の顔をよく知らない。


 自分を認識できる頃に成長した時は既に、どこかの研究所の中にいた。


 今だと研究所の名前はわかる。


 しかし幼い頃の自分には、そこまでの知識はなかった。


 おそらく善悪の区別さえつかない子供だったろう。


《育ての親》、名前はクーラン。俺は彼の指示に従って生きてきた。


 研究所での訓練から、敵を滅ぼす任務までこなした。


 親のいない俺、いや身寄りのないHRは《育ての親》 の指示に従うしか、生き延びる術がなかった。


 11の星を滅ぼしたと伝えられたが、俺自身、数えてないからわからない。


 ただ単に、任務をこなす事しか考えなかった。


 まさか、夢も希望も見出せない絶望的な環境から、救い出してくれる奴がいるなんて……俺には思えなかったんだ。


 俺は地球の成人男性と変わらない位の背丈に成長していた。


 クーランから偵察任務を与えられた時だった。


 綺麗な女性に出会った。


 地球の金髪美人を彷彿とさせる《メス》。


 だがセクシーよりも清楚の言葉が似合う《メス》だった。


 住んでる環境が違う、と想像させてしまう程の綺麗さだった。


 しかし彼女は、こんな『汚い』自分でも、優しくしてくれた。


 本来の任務を捨てたい程に。


 彼女の住む星を潰す予定が消え失せた。


 研究所から逃げて、彼女と幸せになりたい。


 もう、星を滅ぼす卑劣な任務はやめたい。

俺は深く願った。


 彼女は王女様だった。


 最初は猛反対されたが、彼女の必死の呼びかけで俺は認めてもらった。


 権力って凄い、と俺は実感した。


 彼女の住む星で、俺は穏やかな暮らしを送っていた。


 クーランの研究所には俺以外のHRが沢山いた。


 所詮、俺も捨て駒で消えたようにされている。


 だから、何の沙汰もなく数年間も、穏やかに過ごした。


 彼女、名前はエトラトルと言うが、俺は意思表示が苦手であまり話せなかった。


 エトラトルは優しく応えてくれた。彼女の笑みに、俺は救われた。


 エトラトルのいる星、金星圏フェルホーンに、地球の交流会の企画があった。


 地球の存在は知っていたが、行くのは初めてだった。


「地球の開発計画はさほど進んでないの。だから予約も現地に赴かないとダメ。……一緒に来て欲しいの」


 エトラトルは俺を誘った。小型宇宙船で地球に降下した。


 交流会の交渉は難航した。どれくらいの距離を移動したかわからない。


 だが地球の空気は美味しかった。


 原始の生物が誕生するには相応しい星だって、エトラトルが言った。


 幾度の年月を重ねてできあがる自然の景色は、俺達のいた星々の手を添えた空間よりも美しかった。


 そして交渉も成功した。交流会前日までに、俺達は地球へ降下した。


 会場は愛嬌市内の展示場だった。


 既に設営準備は整っていて、いつ開催してもおかしくなかった。


 寝床のホテルまで用意周到だった。


 エトラトルとの距離は恋人同士のようだと周りは言った。


 ように見えるだけで、寝室は別々の部屋をあてがわれた。


 夜はよく眠れた。体調も優れていた。


 交流会当日。地球のお偉いさんとエトラトルが握手を交わした。


 俺はSP役として、彼女の側についた。


 料理とかは手につけなかった。見た目は美味しそうだったが、俺には他に集中しなければいけなかった。


『警戒』体制は取らなければいけないからだ。


 今だと『警戒』してよかったと思う。


 敵が太平洋に落ちた。音は小さかったが聞こえた。俺はエトラトルの側近に避難を促した。


 当然首を傾げたが、行動を取ってくれた。


「エトラトル、お前は中にいててくれ。俺も後で行く」

「どこへ……まさか?」

「君もわかるのか?」

「何となく?」


 彼女の返事が気になったが、今は敵の侵入を阻止するのが大事だった。


 フェルホーンの軍隊と、愛嬌湾から太平洋に向かった。


 敵の正体は……黒ずくめの要塞だった。


 俺達は敵に撤退命令を下した。


 笑い声が、俺を現実へと引き寄せたんだ。


 なぜなら笑い声の主が、引きこもりのクーランだからだ。


『久しぶりだなぁ。声を聞かなくともわかるぜ?ラルク?』


 俺は宇宙船の外に出ていた。まだロボ形態に変身していない。


 俺には無数の銃を蓄えている。


 戦闘開始の合図はないが、実戦は始まっていた。


 宇宙船から動かずに多数の敵を潰した。


 小型のHRの群れなら、楽に対処できた。


 フェルホーンの軍隊もロボを出撃させていた。


 平和主義を唱える星だが、最低限の武力は備えていた。


 正当防衛は仕方ない、俺もそう思う。


 戦闘は激化していった。


 クーランの要塞からビームの光が発射された。


 オープンしたばかりの愛嬌市のレジャー施設[天海山ユートピア]の近くに届いた。


 俺は猛出力で施設を守ろうとした。


 要塞のビームは威力が高く、ロボ形態になった俺は一瞬でボロボロになった。


 湾岸付近の高層ビルと背後がぶつかった。衝撃で建物は半壊した。


 陸地をみると、まだ逃げ惑う人がたくさんいた。


 HR戦に対応できてないんだ、この星は! 


 俺はなんとか踏ん張った。


 クーランは基本、戦いを楽しんでいた。


 否定してるようだが、ニヤついた表情で嘘だと見抜ける。


 幼少の頃、俺は奴に気に入られて、身体を交えた経験もある。


 狂喜に満ちた奴がビームの攻撃を止めるはずはなかった。


 回避しないと俺は潰れる。


 だがここを離れると、民間人に被害が拡大する。


 最低限のバリア能力しかない俺は、得意の銃で押し返す方法を考えた。


 俺の銃のバリエーションが広くて助かった。巨大ビーム兵器もつくり出せるから。


『ほう……まだ余力が残ってたか。だが所詮はHR。親である俺には逆らえねえよ!』


 案の定、同じビームを放ってきた。すぐに俺も発射させた。


 クーランが吠えていた割には、俺のビーム兵器は拮抗してくれた。


 実際は、威力は保たなかった。


 俺はビームに押され、高層ビルを破壊され、愛嬌市外の空港まで飛ばされた。


 似たような高層ビルが、俺を受け止めたのに。


 俺に、力がなくなっていく。生命の糸が、切れていく感覚を覚えていた。


 俺は、幸福を覚えてはいけない存在だったんだ。


 11の星を潰している極悪人。クーランに命じられたとしても、罪は消えない。


 迎えが来たのだろうか。金髪の《メス》が俺を……。


 まさか、犯罪者の俺が天国なんていけないさ。


 俺はそっと目を閉じようとしたのに。


 閉じれなかった。


 金髪ロングの青い瞳の《メス》を、俺は既に知っていた。


「エト……ラトル?」

『そうよラルク。私はあなたを助けに来たわ』

「何言ってるんだ。俺は犯罪者だぞ!」

『全て、知ってたわ。既知のつもりであなたに近づいたのよ』

「何だと……?」

『実は私、HRなの。王家では養子の存在なの』

「嘘だろ!」

『ごめんなさい。でも事実なの。私はあなたみたいに改造を施されていない。私は戦えないの』


 エトラトル本人が告げた。


 次の発言が、俺に衝撃を与えた。


『だから……私はあなたを救う。私の生命と引き換えに』

「よせ!」


 俺の制止は効かなかった。


 彼女が光に包まれたから。


 エトラトルの姿は美しい金髪乙女ではなく、銀色のメタルボディへと変わっていた。


『地球を守ってほしい。私のもう1つの血を流してくれる青い星を。ずっと待っていたの。王家の人々には感謝しているわ。でも、私を産んでくれた地球の母が忘れられなかったの。母はもう生きてないけども』

「それだったら、」

『でもこれで母に会えるわ。心配しないで。私はあなたの中にいる。あなたの支えになるわ。大丈夫。あなたはもう、罪を犯したりなんてしないわ……』


 銀色のメタルボディが光の点へと散らばり、俺の胸へと入ってきた。


 愛の温もりを感じた。同時に、涙が溢れていた……。


   ☆☆☆


「それから俺は蘇ったんや。彼女から貰った力は生命力だけでなかった。クーラン達を退くまで抵抗した。奴を倒されへんかったのが悔いや」


 武人兄ちゃんの昔話。私は静かに聞いていた。


「後に宗太郎にスカウトされて、[ラストコア]の特別隊員となったんや。あとは既知の通りや」


 黙っていたけど、ここまで私の《夢》は酷似していたのかな。


 全部、知っていたからだ。


 武人兄ちゃんの生い立ちも、変わったきっかけもみんな。


 やっぱり私は、武人兄ちゃんから離れる事なんて、できない。


《夢》を引きずったまま、一生を後悔するかもしれない。


 私は意志を伝えようとした。


 武人兄ちゃんがようやく、私を見てくれた。


 わざわざ寝相の向きを変えてまで。


「こんな情けない俺や。それでもついてこられるか? 命の保証は無いかもしれへん。でもクーランは、倒さんといかんねん。俺はさっきみたいに助けられへんかもしれへん。それでも、共に行くんやな?」


 私の右手を、武人兄ちゃんの両手が掴んでいた。


 ここまで、兄ちゃんはお願いしてくれている。


 もう既に決意は固めているんだ。ありのまま伝えよう。


「私は1人でも兄ちゃんについていくよ。私は今がとっても楽しいんだ。自分勝手だけど。私はここに来て良かったって思ってる」

「そうか……」


 私は左手で、頭に巻いた包帯を取っていた。


 武人兄ちゃんはその仕草に驚いた。


「まだ、取らんほうがええやろ」

「大丈夫。ちょっとヘマをしただけだから。傷跡は見えちゃうけど。今でも私はまた立ち上がれるよ。あとは兄ちゃん、兄ちゃんが指示を出してくれる?」


 武人兄ちゃんは瞳を閉じた。


 間をおいて、彼はゆっくり話した。


「わかった。俺の代わりにマルロを倒してくれ。残念やけど、俺はアレックスから絶対安静と言われてな。動かれへん状態や。厳しいけど、王子達やスタッフの皆と協力してやってくれ。アイツが一番見逃したらあかん」


 武人兄ちゃんだって感じてたんだ。


 あの白い人が危ないって。


 実際、私も嵌められたんだ。


 仕返ししたい気持ちは同じだった。


「うん! 約束するね!」


 私は笑顔で答えた。


「兄ちゃん、私ももう行くね。……計画を立てようと思うんだ」

「気を、つけてな。何も出来へんけど……」


   ★★★


 私は武人兄ちゃんの休んでる部屋を出た。


 ドアの両脇に、見知った顔があった。


「ずっと待ってたぞ、未衣子」


 声も知っている。勇希兄ちゃんだった。


「迎えに来たんだ。遅かったからな」


 こちらは和希兄ちゃんだった。


「私、帰らないよ。ここにいるから」


 2人の兄は、お互いの顔を見合わせた。私を見て、へへと笑った。


「ま、お前は頑固だしな」

「残りそうだと思ったよ」


 どうやら、私の決意を認めたみたい。意外にあっさりだなぁ。


 でもこれで気にしなくていい。


「じゃ、私そろそろ戻るから」

「待てよ」


 勇希兄ちゃんが言った。待てって事は、許してくれないのだろうか。


 やっぱり、危ないから……。


 でも、私の想像とは違っていたんだ。


「俺も行くよ。やっぱ心配だからな」

「【パスティーユ】は3人乗りだろ。1人でも欠けたら威力は発揮できないだろうしね」


 部屋を出た時は、あれほど怒っていたのに。


 私は、嬉しかった。今まで祖母の味方していた筈の2人の兄が、今度は私についてきてくれたんだ。


「ありがとう、和希兄ちゃん、勇希兄ちゃん」

「別に気にしてねぇよ」

「駄々をこねていたけどね。『妹を助け

んのが兄貴の役目だろ!』とね」

「兄貴! それは黙っててくれよ!」


   ★★★


「本当にいいのか? 3ヶ月固定でいくが……」


[ラストコア]統制制御室。


 西条司令、ジェームズさん、アレックスさんの3人がいる中で、私達3兄妹は更新の申請に行った。


 手続きは書類で完結するので、出向かなくてもいいけども。


 決意表明みたいな名目で、わざわざ行ったのだ。


「黒川は無理に続けなくてもいいと言ったぞ?」

「俺達も本人の口から聞きました。その上で続けたいんです」


 ジェームズさんの問いに和希兄ちゃんが返した。


 アレックスさんは私達が書いた書類に目を通していた。


「ん?」


 彼は書類を読んで、疑問を抱いた。


 そう、実は申請書以外もあるんだ。


 申請書の用紙と同サイズの小冊子を入れていたんだ。


 題名は『マルロ ・ヒーストン攻略法』とシンプルに書いた。


 10ページ程なのですぐに読み終わる。


「昨日の、今日だぞ? よくまとめたな……」

「今まで教わった知識もフル活用しましたよ。こちらを実現できるかは未知数ですけど」


 アレックスさんは小冊子をペラペラとめくった。


 小冊子は西条司令とジェームズさんに渡っていった。


「仮想空間……ありきたりのようだが、実現は厳しいな」


 アレックスさんは首を傾げて言った。


「一部だけでもいいんですが……」

「敵がどこに降りてくるか、特定が厳しいからな」

「あとタイミング次第では、敵にバレてしまうぞ?」

「そこに書きましたが……火山帯で仮想空間を実現させてはいかがでしょうか?」


 小冊子とは別で、私は火山の噴火が起きそうな地帯のリストをA4の用紙に作成していた。


 調査係は和希兄ちゃんがやってくれた。


 表の作成はすぐに終わったし。


 ポケットに忍ばせていた資料を、アレックスさんに手渡した。


「『今後噴火が起きる確率の高い世界の火山リスト』……」

「噴火の予知とかできるのか?」

「正確な時間指定は不可能だが……調査報告のある火山だらけだ」


 2人の上司は疑問に思うばかりだった。


 ここで西条司令が私達に聞いてきた。


「なぜ、この作戦を思いついたんだ?」

「弱点をついた攻略で効率よくやる方が、負担も軽く済むからですね」

「弱点?」

「仮想空間は負担重いんだが……」


 難しいな。私達も仮想空間とは何か、コンピュータに詳しくなくても想像にかたくない。


 世間的にはPC内の表現しか実現してないから。


 だけど、昨日の今日でやっと思いついたのが『仮想空間の実現』だった。


 あの白い人、マルロは天王星圏スイルという星から来た人。


 天王星は氷の成分が多く含まれている星らしく、周りの星々はその影響を受けて、氷の星になった。


 氷はともかく、水に強い生物が生息しているんだ。逆に高熱や炎には耐えられない、という知識も以前教わったんだ。


 だったら火山など高熱や炎に関係する物をぶつければ、敵は滅ぶのではないかと……。


「荒治療になるが」

「はい」


 アレックスさんが言った。


 次の発言が、今度の戦闘で採用する作戦へと繋がったのだった。


   ☆☆☆


『隊長! 緊急報告です!』

「どうした。手短に話せ」

『地球で爆発が起きています!』

「何?」


【スイルシルバー】内の自室で、マルロは部下の報告を聞いた。


 すぐに異変を調べるために、周りのモニターの切り替えを行なった。


「これは?」


 マルロは地球の映像を観た。


 地球の各地で爆発が起き、大地が荒れ

ていく様が映し出されていた。


「待て! 我々の部隊で兵器を使用した者はいるか!」

『全員使用してません! 使用履歴もゼロでした!』

「奴ら……正気なのか? 己の母星なんだぞ!」


 マルロはモニター下のキーボードを操作し、他の部下に連絡した。


『第1部隊です』

「お前達、先に地球に降下しろ!」

『もしや……』


 通信相手のマルロの部下も、地球上の異変に気づいていた。


 マルロの第1部隊にも地球を監視する隊員がいるからだ。


「その通りだ。俺も後に行く。爆発の兵器を調査しろ!」

『わかりました』


 ここで通信が切れた。


「くっ……なんて野蛮な奴らなんだ!」


 マルロはロッドを手にすると、すぐに立ち上がった。


 すぐに自室を出ていった。彼の歩くスピードは速かった。


(ラルクと[ラストコア]のみ仕留めるつもりだったが、気が変わった。原始人を排除する。我々の豊かな故郷に作り変えてやる)


   ☆☆☆


「アレックスさん、すごい焼け野原になってますけど……人命大丈夫ですか?」

『比較的生物の少ない地帯を指定している。避難誘導業務は大変だったが、数日かけた作業の成果を祈るばかりだ』

「無理難題を聞いてくださり、ありがとうございました」

『いや、むしろこっちが助かった』


 契約更新と計画書を提示してから数日後。


 敵のマルロ・ヒーストンの部隊を撲滅する計画は、着々と実行されていった。


 西条司令は火炎爆弾の配置と使用の指示を出した。ジェームズさんは人命の避難誘導を行なった。


 アレックスさんは……私達【パスティーユ】の強化装甲の説明を行なった。


 私達3兄妹は、アレックスさんの説明を聞いた。


『黒川のHRに近づけるよう、柔軟性を重視した。装甲の素材の配合の割合を変えている。試運転を実施していないから、この先の話は不確実だが……コックピット以外の部分を再構築できるかもしれないんだ。だが、この話はまだ信用するな』

『再構築……?』

『面白い効果と言えば……そうだな……切断された手足が復活するとか、だろうな。あまり期待するな。なるべく切断無しで帰ってこい』


 機体の改造か……。


 コックピット内は変わってないみたいで、特別な訓練は必要なかった。装甲強化がメイン、って言ってたし。


 私達は輸送機に乗って、コックピットの中で待機していた。


 いつでも迎撃体制を取れる準備をしていたんだ。


 モニター上の映像には、各地の火炎爆弾の仕掛けが次々と起こしている模様。


 もちろん、消火装置を搭載したヘリも飛んでいる。


 そこに、流れ弾がヘリに衝突したのだった。


 いいや、それは『球』と呼んだらいいかもしれない。


 白い立方体が、消火装置搭載のヘリを直撃したんだ。


「これは……」

『アイツだな! もう出るぜ!』

『いや待つんだ』


 和希兄ちゃんが止めた。


 まあ、出撃許可はまだないので、勝手に出る事はできないけど。


 確かに、敵は近づいてきた。


 武人兄ちゃんからマルロのHRの名称は、【チタン・キュレン】と教わった。


 降下したHRの群れは、【チタン・キュレン】に似ているけど、一部異なる部分があった。


【チタン・キュレン】は頭部に金色の角が生えていた。


 ロボ的に言えば付着しているとでも言えばいいのだろうか……。


 降下したHRの群れは全て、金色の角はついていない。


 だから、マルロの仲間達だと区別できる。


 HRの群れはヘリと……火炎爆弾の鎮圧に集中した。消火作業をしているのに?


 HRの群れには、一回り小さいAIの群れが迎撃するようになった。[ラストコア]は世界各地に支部があるんだ。


 支部から輸送機が飛んで、そこからAIが発進する形を取っていた。


「まだ……見当たらないですね?」

『焦るな。統領のHRの頭部の角はわかりやすい濃い金色をしている。手分けして探せば、すぐに見つかる』


 アレックスさんもマルロを探している。


 私もモニターの映像から目を離さなかった。


『あの巨大船は……』

『何色なんだアレ! 眩しいぞ!』

「銀色……?」


 群れに混じって発見したのは、巨大宇宙船だった。


 銀色で見えにくいが、側面にデカデカと宇宙の文字がプリントされていた。


 おそらく、宇宙船の名称なんだろうなと推測できる。


 私は宇宙の言語まではわからないけど。


『名前は[スイルシルバー]か……天王星圏スイルの汎用宇宙船』

『特別優秀ってわけではないんですかね?』

『戦闘能力以外は劣るHRにとっては、これでも相当優れた宇宙船だと思ったんだろうな』


 アレックスさんは宇宙船の名称を教えてくれた。


 船の話をしていると、映像に動きがあった。


『来たな、【チタン・キュレン】!』

「え、数が多くてわからないですよ……!」

『[スイルシルバー]が映る映像を見てごらん?』

『やっぱりアイツだ!』


 私も姿を発見した。


 マルロ・ヒーストンのHR形態、【チタン・キュレン】を。


 両脇のレバーを強く、握っていた。


『まもなく発進準備に移る。心構えはしておけよ』

「はい!」

『いい返事だ』


 アレックスさんに褒められた。


 映像の中のマルロは、まっすぐ地上に降下している。


 群れもまばらになって、姿がはっきりした。


『固定装置を外すぞ! 絶対に奴を倒して、帰って来い! 黒川も観ているぞ!』


 武人兄ちゃんが、観てくれている。応援してくれるんだ。


 そう思った私は、出撃までの少しの間、そわそわしていた。


『未衣子?』


 勇希兄ちゃんがモニター越しに尋ねてきた。


『大丈夫か? 今ならまだ……』

「大丈夫だよ! ごめん、私変なことしていたかなぁ?」


 一応、笑って誤魔化した。


『そうか。今から出撃を開始する。固定装置、外すぞ』


 アレックスさんがそう言った後、コックピットの後ろから、空気の抜ける音がした。


 装置の解除には、いつもプシューと音がするんだ。


『ハッチ開くぞ。まだ、動かないからな。合図を出す』


 輸送機の後部ハッチがゆっくり開かれた。


 動作エンジンもかかっている。


 計器のパラメータのグラフも上昇しているから。


『カウントする……3、2、1……』


 アレックスさんがカウントダウンを始めた。


 既にレバーは握っているけど、握力はさらに強くなっていった。


 もうすぐ激戦地へ飛ぶ。


 マルロを倒す、それ一直線で行かなきゃ。


『発進!』


 3機のジェット機が急に加速を始め、上空を飛んだ。


 私達はレバーを握りしめている。


 これまでの戦闘で何回も飛んでいるから、敵を追いかけるのは慣れた。


 あとは合体。マルロ本人、【チタン・キュレン】が出るなら、私の【パスティーユ・フラワー】で対抗したい。


「2人とも、私に任せてもらってもいい?」

『合体か?』

「マルロは最初、同じ特性を持った者同士で戦いたいって言った。だから、【フラワー】で対抗したいの」

『でもダメージキツくなるだろ!』

「【フラワー】にはバリアがあるわ。それに【フラワー】は広範囲攻撃の要になっているから」

『そうだな……敵の数が多い。片付けるなら一気にやってしまうといいかもな』


 和希兄ちゃんはモニターの地図を見て推測してくれた。


『未衣子、辛い時は言ってくれよ? 形態チェンジして、マルロを思いっきりぶん殴ってやる』


 勇希兄ちゃんはやる気満々だ。右手の拳を左手に当てている。


「大丈夫だよ兄ちゃん達。私はもう怯まないよ。彼には痛い目を合わせたかった。丸井君の件も含めてね」

『お前……アイツを?』

「ただの友達だよ! でも、会話をするだけだったのに、とても楽しかったんだ」


 私は丸井君を忘れない。


 ほんの少しの日々でも、私を拒まず来てくれた友達を。


 マルロは私と彼の思い出を、潰した。


 教育を受ける必要性は説くくせに、友情を裂く事には厭わないんだね。


 マルロ。あなただって間違っている。


 誰かをマトモな道に歩ませたいのだったら、その誰かの気持ちを犠牲にさせてはいけないよ。


 あなたがその気なら、私もあなたを潰すよ。


 合体も無事成功し、【パスティーユ・フラワー】はロッドを振り回した。ポーズを決めてしまった。


 苛立ちを感じたのか、敵の群れが私に向かってやってきた。


 広範囲攻撃に特化した【フラワー】なら、数回全方位に放射攻撃をすれば、大半は散っていく。


 エネルギーの浪費だけが怖いのだけど。


 マルロの、【チタン・キュレン】の姿を見つけるまでは、私はロッドを振り続ける。


 踊り子のように、回って踊る。


 それだけでほら、群れが1体1体、海へ落ちていく。


 望み通り、あなたと似た武装で落としてあげる。


 後悔するなら、今のうちだからね。


 マルロ・ヒーストン。




 ☆☆☆☆☆


 土日の様子ばっかり書いたり、焼け野原になって忙しなくしたりと、色々ごめんなさい……。

 ちなみに未衣子の辛い過去につきましては、《反転》ルートにて詳細を書いております。





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