5・酔狂の日

 何で、何でなんだ、エトラトル!


『ごめんなさいラルク。ずっと黙っていて…でも、貴方には生きていてほしいの』


 今の戦闘は俺の故郷の話だ!


 お前には関係ないんだ!


『私は戦う能力は持っていないの。側にいるだけでは、貴方は救われないわ』


 十分だ! お前がいるだけでも幸せだった!


『ありがとう。でも、遅いわ』


 遅くはない! 今すぐ能力を解放するのは止めよう! 


 お前がHRだったとしても、俺は責めたりしない!


 お前だけでも生き延びてくれ!


『生き延びるのは貴方よ。ラルク。どうか……私の血筋である青い星の民を、幸福な世界へと導いてあげて……大丈夫……私は貴方の中にいる。貴方の生命を繋ぎ止めてあげる。だから、生きて導いてあげて。宇宙には沢山の悪い人達がいる。その人達の野望を阻止してあげて。私はずっと、平和を望んでいるから』


 エトラトル! エトラトル!


 ……目を覚ますともう、彼女の姿はなかった。


   ★★★


「ハッ!」


 武人は発声と同時に目を覚ました。


 目に映るのは白い天井と照明。


 左右を見渡すと、病院で使う医療機器が数台あった。


 あとはアレックスがタブレット端末を操作していた。


(焼け野原の遊園地……は夢やったんやな)


 武人は息を吐いて落ち着いた。


 自分は眠ってたのだと。


「随分汗をかいたようだな」


 アレックスがタブレットを見ながら言った。


 彼の隣には小さな台があり、その上に白いタオルハンカチがあった。


 自分の汗をそれで拭いたんだな、と武人は悟った。


「検査を止めるか? 数回に分けて実施してもいいんだぞ?」


 アレックスはまだタブレットを見ていた。


「いや大丈夫や。俺がうとうとしていただけや」

「そうか。また昔の夢を?」


 アレックスは武人が何の夢を見たか見当がついていた。


 数年間に幾度も、彼は武人のHR能力の研究をしているのだから。


「どうしても俺には、あの忌まわしい事故が脳裏につきまとうんや」


 武人は額に手を当てた。


 額は熱くないが、汗は残っていた。


「移転前の遊園地の事故か……」

「あれは沢山の人を巻き込みすぎたんや。もう無駄に傷付けるのは止めようって、誓ったんやけど」

「あれはお前が原因ではないだろう?」

「アイツの元部下である以上は、俺が原因や」


 アレックスはタブレットを台に置いた。


 研究室の隅のキッチン台に、アレックスは向かった。


 冷蔵庫の中から、お茶のボトルを取り出した。


 コップに注いでいると、武人がまた口を開いた。


「遊園地だけやない。昨今の襲撃事件もや。今は技術発展のおかげで被害は抑えてる。せやけど……」

「大地の破壊は、どうしようもないのが現状だ」


 アレックスがお茶の入ったコップを持ってきた。


 武人はゆっくりと起き上がった。


 アレックスからコップを受け取り、一口飲んだ。


「再び、宇宙に上がれるとええな……いや、上がらんとあかん。受け身の姿勢では、いつか滅ぶでこの星は」

「司令も連合等には申請を出してはいるが……」

「宇宙へ上がるまでに、【パスティーユ】シリーズ等、戦力を補強せんとあかん。ジェームズは今も軍の基地や刑務所とかに足を運んどる」


 武人は一気にお茶を飲み干した。


「ジェームズ氏だが、現況報告ついでに土産話を持ってきたそうだが」

「土産? ああ、宗太郎から聞いたんやったわ」

「なんだ。知っていたのか」

「土産より労い事やけどなあ……お前、お酒あかんやろ?」


『お酒』のキーワードでアレックスは何かを察した。


「宴会場の予約でも取れたんだろ」

「やっぱ察しがええなぁ。どうや? せめてちょっとのぞいてみるのも……」

「興味がない、と何度も言ってるだろ」


 アレックスは即答で返した。


「お前の事やから、要領よく人使っとるやろうけど……たまには気分転換もせなあかんで」

「安心しろ。俺なりに気分転換している。外で騒ぐより、内でのんびりする方が楽なんだ」

「そうやったな。じゃあ次のミーティングで欠席する言うわな?」

「そうしてくれ」


 武人はアレックスにコップを返した。


 検査の続きを再開するため、仰向けの姿勢に戻した。


「続けてもいいんだな?」


 アレックスは必要のない確認を行った。


 武人の答えはもちろん、

「ええよ。お前が納得するまで、十分にデータを採集してくれてもかめへん」

 肯定の意思表示だった。


   ☆☆☆


 巨人HR戦からは、苦戦を強いる戦闘は少なかった。


 ほとんどが【ホルプレス】の集団だらけ。


 初めて緑種という亜種を見た時は困惑したが、【ホルプレス】のサポート機らしく、私達の敵ではなかった。


 何故大量に送られるんだろう、と考えていたけど、私では答えが出なかった。


 武人兄ちゃんは、

「この経験が積み重ねになる。模擬戦やと思っとき?」

 なんて言ってたけど、私は納得しづらかった。


 私達3兄妹が[ラストコア]に来てから2ヶ月が経った。


 統制制御室内でミーティングがあった。


 今回はなんと、ジェームズさんからの連絡だった。


 多くの人で緊張するなあ。


 逆にいない人を探す方が難しい……。


 しいて言えばアレックスさんぐらいかな?


 西条司令が進行をジェームズさんに譲り、ジェームズさんが前に立った。


「みんなも期待していたと思うが……宴会場の予約が取れた」


 その瞬間、うおお! と歓声が喚いてきた。


 今の、すごい事なの? と私は疑った。


「あー、[ラストコア]の面々はな、急用以外は殆ど外に出ないんや……」

「場所を特定されないように、ですか?」

「それも理由の一つやし、あと陽の光を拝めない奴らも多いしなぁ……」


 和希兄ちゃんは理由の一つを推測していた。


 なるほど、だからみんなこんなに大喜びなんだね。


「参加しやすいよう、今週の金曜日の夕方集合だ。遅刻したらバスに乗せないからな」

「はい!」


 多くの人が揃えて言った。


「夜の9時までに子供達は戻したらええやろ。他は遅くても日が変わる前やな?」

「いつも通りの内容だ。だが説明はするぞ」


 ここからはジェームズさんのみ話をした。


[ラストコア]本部をバスで出て1時間。


 愛嬌市北部にある繁華街。


 座敷のある居酒屋が宴会場らしい。


 普通に食べ物や酒以外の飲み物もあるので子供も楽しめるとの事。


「不参加を希望する奴は木曜日までに言ってくれ。技術局長は不参加だ」


 またかよー、と落胆する声が出てきた。


「アレックスはなぁ……静かなんが好きやからなぁ」


 確かにそれはそうかも。


 アレックスさんは真面目で大人しい人だから、騒ぐのは苦手だろうな。私も苦手だけど。


 でもこの人達なら、学校の百倍は楽しめるかもしれない。


 時間も短めだし、たまには美味しいご飯を食べようかな。


   ☆☆☆


 ジェームズが宴会の予定を入れた金曜日。


 アレックスはモニターから黒い窓のバスの群れを見送った。


[ラストコア]本部に残るのはアレックスと、各々の事情で残るスタッフのみ。


 宴会に乗り気のない者や、急用で仕事に取り掛かる者まで様々だった。


 アレックスはとある部屋へ向かった。


 その部屋は観葉植物が周辺に配置された、ベッドルームだった。


 アレックスの癒し場所はここだった。


 技術局長という立場で多忙に追われていると周りに思われているが、そうでもない。


 彼は適材適所の考えを持ち、スタッフにも出来そうな仕事は分けた。


 だから彼は、休み時間を確保できた。


 この日、アレックスは仕事を駐在してるスタッフに全て回した。


 部屋に入るとベッドにダイブした。


 クッション性は低いベッドだが、アレックスが眠るには十分だった。


 彼は研究そのものが大好きな人間で、その他の事はほとんどズボラな体質だった。


「俺は自然と触れ合うだけでも、幸せなんだ」


 アレックスは元々、化学者の父を親に持った、裕福な家庭だった。


 幼少期から父の研究を見てきたが、彼が危険な実験をしてから、父の研究室に出禁となった。


 読書や学校の施設を借りて科学を学んだが、父に『お前に学者になる資格はない!』と否定をされた。


 性格が歪んだ彼は、事件を起こした。


 自分で独自調合した催眠ガスを、学校にばら撒いた。


 この事件でアレックスは家族に見放され、施設に入れられた……。


 今思えば愚かな行為に及んだと後悔しているアレックス。


 だが子供時代の彼は親に実力を評価してほしいのに必死で……頭が回らなかった。


 施設時代は虚な日々を過ごしていた。


 たまたま施設訪問にやってきた男に救われるとは、この時のアレックスには想像できなかった。


 男・武人に誘われるがままに、様々な経験を積んだ。


 大学の博士号取得から、世界中の企業への技術提供に至るまで……。


 アレックスは研究と発明を繰り返し、[ラストコア]の技術局長にまで昇進した。


「これで……幸せなんだ」


 アレックスはおでこに手を当てた。


 彼は時々、自分の最悪な過去を思い出す。


 そんな時はいつもベッドで眠りにつくようにしていた。


「研究ができるだけでも、十分……」


 アレックスはゆっくりと目を閉じた。


 数時間程の僅かな時間を、彼は休息に充てた。


   ☆☆☆


[ラストコア]の皆さんと行った宴会は楽しかった。


 馴染みのある座敷の上での豪華な和食料理。


 盛り上げにかかせない、カラオケパーティーまで。私も兄達も、1曲ずつ歌った。


 学校では『同じ夢』の影響で友達ができず、大人数で楽しむイベントを経験しなかった私。


 だけど、今日の宴会は楽しい。


 あっという間に、時刻は9時になろうとしていた。


 私達3兄妹はここでおしまい。


 帰る人と次の店に行く人と別れた。


 武人兄ちゃんは次、飲みに行くらしい。


 離れるから、ちょっと寂しかった。


 王子は……兄ちゃんに引っ張られていた。


 サレンさんは帰るみたい。


 帰る人は窓の見えないバスに乗る。


 次の飲み会をする人は別のバスに乗る。


 行き先は逆方向。愛嬌市北部は繁華街で、夜遅くまで営業するお店が多かった。


 反面、危ない人も多い。


 だから私達3兄妹は先に帰るのだ。


 明日は土曜日で学校はお休み。


 当然、[ラストコア]本部で寝泊まりの予定だ。


 バスの出発は酔ってる人がいるのにも関わらず、スムーズに行った。


 窓が黒塗りなので、外の景色は見えない。


 でも行き場所は決まってるから、何も怖くない。


 サレンさんの隣で、私達兄妹は固まって座席についていた。


「明日も訓練?」

「もちろんです!」


 サレンさんと他愛のない会話をした。


   ☆☆☆


 二次会に参加するメンバーはざっと数えて20人程だった。


 その中に宗太郎、ジェームズ、武人、リュートが入っていた。


 リュートは断ったが、武人にズルズル引っ張られる形で参加した。


 武人は酒に弱くはないが、楽しむ場ではとことん楽しみたい派だ。


 だから初参加のリュートを誘った。


 二次会の宴会場は中華系の居酒屋だった。


 こちらも座敷タイプで酒とつまみを楽しむ場所だった。


 カラオケはないが、モデルの如く綺麗な女性がホール係を務めていた。


(これは子供達やサレンには刺激が強すぎる……!)


 リュートは目眩を覚えた。


 が、酒はあまり入ってないので倒れなかった。


 対して武人は他の人とかなり楽しんでいた。


 顔が赤くなっており、酒に酔っているようだった。


「浮かない顔してるが、大丈夫か?」


 ジェームズがリュートの後ろにやってきた。


「体調は、なんとか」

「ドンチャンやれとは言わんさ。年2回しか、私用では出れないからな」

「すまない」

「構わんさ。それより、随分健闘したんだな? 前の戦闘で」

「仕留めたのは子供達と奴だが」

「あの大ダメージを与えたのは大したもんだよ。心、躍らせたみたいだな」

「ああ……」


 ジェームズとリュートは店の隅で料理を嗜んでいた。


 中央のスタッフ達の騒ぐ声をBGMにしていた。


 騒ぐ声が大きくなった。


 あまりの音量に、隅っこの2人が中央を見た。


 頭1つ分抜けた長身の女性が、華麗な舞いを披露していた。


 怪我しないように、女性以外は距離をあけた。


 予約の時に下見に来たジェームズだったが。


「あの女はいなかったが?」


 と首を傾げた。思い当たらないようだ。


「新しく入ったのだろうか?」

「やけに積極的だな……黒川との距離が近すぎないか?」

「!」


 ジェームズの発言を聞き、リュートは踊り子の女性を観察した。


 顔を、視線を、ずっと武人に向けているのがわかった。


「あれは……」

「ボサボサだが、ルックスはいいからなあ、アイツは」

「好感度の話ではなく、あの人は見覚えないだろうか?」

「うーん。黒髪美女は地球に沢山いるぞ?」

「ん?」


 リュートが驚くのも無理はない。


 女性が武人の手を掴んだのだ。


 さらに彼の耳にそっと話しかけた。


 突発的行動にリュートはその場面に乗り出そうとした。


 武人の制止に終わった。


 武人は今は物騒な荒らしは止めとき、と言った。


 女性に連れられて、武人は店の外に出た。


 お勘定は[ラストコア]本部持ちなので、1人欠けても問題はない。


 だが真面目なリュートは気になった。


 あの女性の見た目と仕草が。


 ジェームズに出る、と伝えて彼は武人を追いかけた。


   ★★★


 愛嬌市は南北問わず、河川の数が豊富であった。


 居酒屋の北には愛嬌市を代表する巨大河川も存在する。


 巨大河川から枝分かれした、小さな川の側で、武人と女性は歩みを止めた。


「店長には許可貰ってるの。だからクビまでいかないわ」


 女性は石の柵にもたれ掛かっていた。


「隠さんでもわかる。お前は……」

「気づいてると思うわ。海王星圏ミラニアのニシア・ペディルドだ、って言いたいのでしょ?」

「話が早いな……」


 武人は言おうとしていた事をニシアに見抜かれた。


 彼の表情は居酒屋内と違い、笑っていなかった。彼は石の柵から離れていた。


「ちょっと話、付き合うぐらいいいじゃない。隣に来てよ」


 ニシアの誘いに仕方なく武人は乗った。


 彼も石の柵にもたれ掛かった。


「綺麗なところねぇ。地球は」

「どうやって降りたんや?」

「まだ強張ってるわよ顔、リラックスしなさいな」

「まあ聞かんでも予測つくけどな」

「本当、貴方の勘は鋭いわね……若年期の優れた能力といい……」

「よせ。今は静かに暮らしてるんや。過去は振り返りたくない」


 武人が言った後、ニシアは武人の体に触れた。


 武人は触れた手を握った。ニシアは顔を近づけた。


「ねえ。平和に生活したいんでしょ?」

「何のつもりや?」


 ニシアは掴まれてない手で武人の頬に触れた。


 今までの会話の時よりも、声量を落とした。


「この星気に入ったの。星の民を刺激しないようにしてあげる」

「手を出せへんってか?」

「そう解釈してもらっていいわ。その代わり、」


 ニシアはハイヒールのつま先を上げて、更に武人に接近した。


 武人の耳元で、ニシアは条件を提示した。


「私の恋人になって下さらないかしら?」


 ニシアは美貌には絶対の自信があった。


 髪型、お肌、チャイナドレス。


 どれを取ってもボロは一切ない、完璧に綺麗な美人だった。


 男性である武人が惚れないはずがない、と信じていたのだが。


 結果はニシアの期待を裏切る形になった。


「断る。俺はお前が信用でけへん。たかだか若年期に1戦交えただけの奴に」

「なっ……!」


 ニシアは武人から瞬時に離れた。


 微笑みの表情は驚愕の表情に変わった。


「私とあなたで協力すれば、他のHRなんて」


 ニシアは簡単に引き下がらなかった。


「潔白な奴ならまだ同情の余地はある。お前は黒い影がある。俺には見える。それに、」


 今度は武人がニシアを引き寄せた。顎を親指でグイッと上げて。


「お前、《オス》やろ? 性別詐称してまで俺に近づくなや。わかってる。お前が俺を憎んでいるのは」


 この発言はニシアの怒りを頂点にさせた。


「もういいわ、あなたの望み通りにしてあげる。私が苦しめてあげるわ!」


 ニシアは石の柵を乗り越え、川の中へ飛び込んだ。


 入れ違いでリュートが駆けつけた。


「遅かったか!」


 指で挟める程の極小の槍を持ったリュートだが、武人の腕が制止を促した。


「何故だ!」

「そのままやと溺れるで?」


 リュートにはそう言ったが、武人は柵を乗り越えていた。


「宴会はおしまい。すぐに宗太郎に知ら

せや。こっちは警報を鳴らすように言うわ」

「待て、お前が溺れ……」


 既に武人が飛び込んで、水飛沫をあげた。


 川の深度は深く、ギリギリだがロボ形態で泳ぐ動作は可能だった。


 リュートは川から離れ、右腕の時計型の通信機を起動した。通信相手は宗太郎。


 走りながら、リュートは時計に向けて大声で言った。


「西条司令、至急警報をお願いしたい! HRだ! [宇宙犯罪者]の類いであろうかと……」

『何だと!』


 通信先の居酒屋内はさらに騒がしくなった。


   ☆☆☆


[ラストコア]に戻った私達兄妹とサレンさんは、アレックスさんが休む部屋にお邪魔した。


 アレックスさんは仮眠を取っていたようで、対応当初は少し寝ぼけていた。


 仮眠部屋は観葉植物だらけで自然あふれる空間だった。


 真ん中にベッドがあり、植物が周りを囲むように配置されていた。


 植物の鉢の隙間から、愛嬌湾の水中を眺める事ができる窓があった。


 正確にはこれはカメラ映像であり、窓は画面モニターになっていた。


 サレンさんはお茶を汲んできた。


 和希兄ちゃんは今日の話をアレックスさんに聞かせた。


 私と勇希兄ちゃんは、植物を観察したり水中の景色を眺めていた。


「綺麗だなぁ」

「深海なんかテレビでしか観たことないぜ」


 私と勇希兄ちゃんは愛嬌湾の広さを実感した。


 テレビだと他の海洋域と比べて狭いと言われた愛嬌湾。


 でも聞くだけと実際に確かめるのは違うと、今はっきりと理解した。


「驚くほどではないが……楽しんでくれて何よりだ」


 アレックスさんがコップを持ったまま、私達の前にやってきた。


 もう寝ぼけてないみたい。


「図鑑も置いている。もし気になる生き物を見つけたなら探してみるといい」


 勉強になるぞ、と彼は言った。


 図鑑まではいいけど……気になる魚を私は見つけていた。


 鮮やかな赤色の小さな魚を。


 小さな魚は群れをつくり、深海をまばらに彷徨っていた。


 燃える炎のように輝く赤い魚達に、私は見惚れていた。


「何ていう魚なんだろう?」

「俺も初めてみるぜ?」


 へー、とみんなで興味津々な中、アレックスさんだけ首を傾げていた。


 彼の顔が凶変するのも、時間の問題だった。


「モニターから離れろ! その魚は愛嬌湾内にいない!」


 私達はえ? と首を傾げた。


 すぐに離れられず、私はもう一度モニターを見た。1尾の魚がこちらを見ていた。


 目と目があったのかな、と思ったのが油断だったかもしれない。


「きゃぁ!」


 私は尻餅をついた。魚が突進してきたからだ。


 勇希兄ちゃんは大丈夫か、と駆けつけてくれた。


 魚は私めがけてぶつかってくる。


 アレックスさんは瞬時に携帯端末を取り出した。


「警報だ! AIを出せ! 子供達はすぐに向かわせる!」


 アレックスさんが言い終わる前に、私は立ち上がっていた。


 出撃があると察知し、私達兄妹は部屋を出た。



「待って!」

「いや行かせていい。二次会メンバーはまだ北部だな?」

「はい」

「わかった……西条司令と黒川に、」

「どうしました?」

「黒川の連絡? ……緊急事態だ! ……何、HRが潜伏していただと! それも[宇宙犯罪者]!」

「もしかしてあの魚は?」

「HRの仲間だな!」


   ☆☆☆


 ロボ形態では、狭い川の中を泳ぐ事は不可能だった。


 武人は陸へあがり、建物の屋上を踏み台にしながら、ニシアの跡を追った。


 夜で影は薄らとしか見えないが、水の波立ちは視認できた。


(まるで俺に来て欲しいって頼んでるみたいやんか)


 ニシアが何処に向かうか、武人にはわからない。


 だが彼女、いやニシアは《オス》だから彼である。


 彼の特性を知っていた武人は、場所の目星はつけていた。


(アイツは水中戦に長けてる。この方向やと愛嬌湾が戦いやすいやろう)


 ニシアのロボ形態【スイム・ドランク】の形は変幻自在だった。


 スケールの大小から数種類の生物まで調整できる。


 ロボットのみしか変身しない武人とは大違いだった。


 陸に上がってからアレックスには連絡を入れた。


 白井3兄妹が戻ってきているので、【パスティーユ】は出撃できる。


 だが、それ1体のみ。


[ラストコア]本部では小魚の群れの襲撃があったとの報告だった。


 本部には行かんと、と武人は思った。


 ニシアの姿を完全に捉えるのは厳しい。


 白井3兄妹への指示が届く範囲には、せめて行かないと。


 武人は思考を変えた。


 サイレンが流れた今、彼はロボ形態へ変身し、猛スピードで愛嬌湾まで飛ぶ事にした。


(先回りでもしとく方がええやろ。奴は逃げる真似はせえへん。宣戦布告しとるし)


   ☆☆☆


 赤い小魚の群れは、[ラストコア]のAIと私達【パスティーユ】で落としていた。


 本来は合体して戦うが、小魚はジェット機に群がるから、時間の余裕がない。


 ジェット機のみで稼働できる小型ミサイルで落とすしかなかった。


 3機のジェット機と数機のAIで小魚相手に戦力は十分だが。


 通信回線を開いてるから、兄達の文句が聞こえてくる。


『数多すぎんだよ!』

『外来種の繁殖よりもスピードが速いな……』


 私は黙って撃墜に専念していたが、イライラは溜まっていく。


 兄妹の中で気性の激しい勇希兄ちゃんが言った。


『とっとと合体して、一気に蹴散らそうぜ!』

『被害は拡大しやすいが、1発で終われそうだしな』

「でも、合体するにはまず水から出なきゃ……」

『出なくても合体するんだよ!』


 私の心配を勇希兄ちゃんが遮った。


 だけど合体機能の問題点について学んでいた私は、引き下がらなかった。


「武人兄ちゃんが来るまで待ってよ!」

『二次会で本調子じゃねぇだろ! 俺達がやらなくてどうすんだ!』

「そうだよね」


 武人兄ちゃんにお酒が入っていたら、その影響で動きが鈍るかもしれない。


 兄ちゃんがHRの目撃者だから、それと交戦してるかもしれない。


 せめて小魚はすぐ消さないと。


 私は内心、焦っていた。


 焦っていた故に、勇希兄ちゃんの提案に乗ってしまった。


 もう少し食い下がればよかったな、と後悔したのは、この後だった。


 合体を承認し、私達はすぐに操縦で手順を踏もうとした。


 合体時に3機のジェット機は三角形の陣形をつくって発光するのだが。


『待て! お前達早まるな!』


 アレックスさんからの緊急通信が入った。


 でも、タイミングが遅かった。


 発光から少し時間が経つと、シュワーっと泡が弾けるような音がした。


 ジェット機内部がショートした。3機全て。


 専用スーツで感電は防げたが、自分の周りに電撃が走っていた。


 ジェット機が思うように動かなかった。


 唯一、通信回線だけはまだ安定していた。


『脱出できるか!』

『反応がありません!』

『くっ、すぐに救出する!』


 次の瞬間。ドボン! と爆発が起きた。


 ジェット機は……形は無事だった。もちろん私達も。


 だけど、ジェット機は飛ぶ気力を無くし、近くの海底にゆっくりと着地した。


『なるほどねぇ。地球産の最新鋭のロボは、ちょっとの爆発ではビクともしないのね?』


 ショートの影響で暗くなったコックピット。


 未だ安定してる通信回線から、女性の声が聞こえた。


 いや違う。女性っぽいけど、低めの声。


 画面モニターは動作できるか、試しに教わったスイッチを押した。


 モニターは無事に復旧した。飛び込んできたのは。


「竜?」

『HRって、二足歩行のロボットではなかったのか?』

『もちろん、ロボ形態も可能よ? ただそれだけ』


 よく観察すると、敵のロボの上半身はロボの名残を残している。


 竜よりは人魚に近いけど、尾が長すぎて竜にも感じ取れた。


 モニターで視認も出来るんだから、当然復活した地図のナビにも赤い点が点滅していた。


 でも、ジェット機は動けない。


 非常時の酸素ボンベを取り出して背負った。


 ジェット機から出て、遠くへ逃げないと。


『大丈夫。あなた達は後で痛めつけてあげる。先に相手したい人が出来たからね』


 相手? 先客でもいるの?


 すると、モニター映像の敵のロボの周りに、小さな爆発が見られた。


 銃弾の火薬から発生する爆発だった。


『和希、勇希、未衣子! 無事か?』

『今、回収に急ぎます!』


【ブラッドガンナー】と、下に3機の小型輸送機がやってきた。


 小魚達はまだ、うじゃうじゃいた。


『黒川さん、助かりました……』

『はよ回収し! 群れは大分まばらになったわ!』

『はい!』


 3機の小型輸送機が私達に近づくのは、モニターと地図の光で把握できた。


『ジェット機ごと回収するよ! 降ろすのは輸送機に入って少し解体してから、それまで辛抱していてくれ!』


 操縦士さんが言った。


 輸送機はギリギリまで近づき、複数の機械のアームで固定し、引っ張られるように引き上げた。


 小魚達が押し寄せてくるが、【ブラッドガンナー】の銃と本部から射出されたAIが撃ち落としていた。


『本部で戻って待機や。王子ももうすぐ来る』


 武人兄ちゃんは敵のロボの方へ戻っていった。


   ☆☆☆


 ニシアのロボ形態【スイム・ドランク】は、竜だとの見方もあれば、人魚のようだとの見方もある。


 尾が長いおかげで、今までのHRよりも大きく感じられる。


 だが、ヒスロの【アング・ウォール】よりも体格はかなり細い。


 下手すれば、エストの【ティア・ルーチン】よりも細かろう。


 縦長いHRというコンセプトを保つのが、【スイム・ドランク】だ。


 ニシア自身が女性と見間違えられる程の美しい容姿が、ロボ形態の特徴として出ているのだろう。


 武人との戦闘は、合図なしに開始されていた。


 長い尾で払うように叩きつけるニシアだが、HRで身の軽い武人は難なくかわす。


 水中で抵抗が強くなっている状態でも、軽くかわす。


 未衣子達を襲った小魚達の群れも、【ブラッドガンナー】の前に群がった。


 HRは細胞分裂による巨大化が主である。


 熱を利用した合体は行わない。


 だから、水中戦で武人は戦える。


 小魚達は両手の小型銃で、軽く撃ち落としていた。


【ブラッドガンナー】が発砲する弾丸も、特殊加工で威力の低下を防いだ仕組みとなっている。


『やっぱり身軽よねあなた。潰しがいがあるわ』

『こっちは手間ばかりかかるんやけどな』

『そう言わずに、楽しみましょう? 私とあなた、2人だけの戦闘を』


 武人は内心面倒くさくなっていた。


 リュートもこの襲撃はわかっている為、応援を頼みたいが……。


 ニシアも、武人しか見ていない。


 今までの[宇宙犯罪者]達が武人しか見てないのは、彼もわかっていた。


 だがニシアと小魚達、両方の相手は難しい。


 今はかわせても、持久戦だと保たないかもしれない。


 武人はこっそり通信を入れた。


『子供達に輸送機の砲撃をさせるんや。王子達は……身を潜めて攻撃してくれ』


   ☆☆☆


 小型輸送機にジェット機が格納されてすぐ、私はジェット機から降りた。


 他の兄達は別の輸送機にいる。


 だからこの輸送機には私と他[ラストコア]スタッフのみしかいない。


 武人兄ちゃんの指示で、私は特別に操縦室に入った。


 砲撃はこの部屋でしか操作出来ないからである。


 操縦室の手前はほとんどモニターで埋め尽くされた。


 お陰で小魚達も、武人兄ちゃんの戦いぶりも見ることができる。


「砲撃は1種類しかないから操作は簡単だ。だが弾数には注意だよ? 予備の弾数が少ないからね」


 あとAIも当てすぎないように、持ち物だから、と注意事項が増えていった。


 狙撃系は正確さを求めるからちょっと苦手な私。


 でも小魚達を減らさないと、武人兄ちゃんが危ない。


【パスティーユ】が使用不可、更に王子達【ホーンフレア5th】も後手に回れと指示されてる。


 この敵のロボは兄ちゃん1人で倒さないといけない。


 だから、支援を怠らないようにしよう。


   ☆☆☆


 愛嬌湾内は銃撃戦の嵐だった。


 ほとんどが[ラストコア]からの攻撃である。


 水中でも爆発が各々で見られ、小魚達は落ちていく。


 武人は爆発とニシアの攻撃の2種類を回避していた。


【スイム・ドランク】の尾には、所々に繋ぎ目があった。


 武人は繋ぎ目を狙い、動きを封じようとした。


 銃弾は爆発を引き起こす火薬だけではない。


 エスト戦で用いた電撃の銃もあるが、【ブラッドガンナー】が持つ銃の種類は他にもあった。


 現時点で使用するのは、針を銃弾代わりにした物だ。


 アーチェリーとは違い、片手で乱射まで出来る。


 しかし火薬物と違い、大量に生成はできないのが欠点だ。


 だから武人は繋ぎ目が見える場所からしか、針の射撃は行わない。


 針の射撃は右手のみ操作し、左手は爆発の撹乱を誘う小型銃で応戦した。


 あちこちに爆発を引き起こし、ニシアの行手を阻む。


 だが【スイム・ドランク】は変幻自在のHR。


 小魚達の大量発生は、ニシアの特性にあった。


 小魚達はニシアの分身そのもの。


 細胞分裂の段階で切り離しの作業が行われ、分離された小さな球が小魚に形成される。


 小魚達が大量発生すれば、ニシア本人の身体が小さくなる……ことはなかった。


 朽ちた小魚は、彼の養分になる。


 小魚達を減らしても効果は薄いのは、武人も理解していた。


 しかし小魚達の群れも解消できないと、攻略が難しくなる。


 そこで武人は、ニシアの盲点を探そうとしたが。


 ある小魚を落とした。


 ここで彼は気づいた。小魚の腹部分を命中すると、紫の液が漏れる事を。


 紫の液は海底に落ちると、海藻が萎れていった。


 これを踏まえ、武人は毒液だと予想した。


 武人は毒液を、【スイム・ドラ ンク】の頭部にかけようと考えた。


 尾に針を刺して動作を止めるのを、後回しにした。


【ブラッドガンナー】は移動の為、火力を上げた。


『あら突進でもするの? 大胆ねぇ』


 ニシアは喋ると、【スイム・ドランク】の尾で叩きつけようとした。武人は回避した。


 水中では踏み台になる物はない。


 火力を上げても、地上よりもスピードは出にくい。


 だから、【スイム・ドランク】頭部まで近づくのには手間取った。


 一度近づけば、後は回避行動を取りつつ、小魚の腹を潰せばいい。


 武人の頭の中はそれで固まっていた。


『じっと見つめたかったんやろ? お前』

『随分積極的じゃないの? いいわ、すぐに楽にしてあげる』


【スイム・ドランク】の尾の動作が激しくなった。


 武人は回避を選択するが、最終的に蛇のように巻き付けられた。


【ブラッドガンナー】の火力では、水の抵抗を抑えるのは困難だった。


 ぎこちない動きしか出来ない【ブラッドガンナー】。


 武人はあえて、この方法を取った。


 両手は動けるよう、脇を開けた状態で巻き付けられた。


 おかげで小型銃を、わずかでも使えた。


 小魚達がニシアを守るなら……。


 1尾の小魚が彼の目の前を過った。


 武人は小魚の腹部分を、狙い撃ちした!


 紫の液が噴射された。方向はバラバラだった。


 武人の目的である、『【スイム・ドランク】の頭部……カメラアイ部分に毒液をかける』作戦は叶った。


『うっ、目が、視界が濁ってるわ!』


 ニシアが叫んだ。同時に【スイム・ドランク】がジタバタと暴れた。無意識に。


 その影響で、【ブラッドガンナー】は巻き付けから解放された。武人は距離を取った。


 ニシアは【スイム・ドランク】の腕でカメラアイの汚れを落とそうとしていた。


 小魚達が汚れを落としにやってくるが、【ブラッドガンナー】の小型銃が腹部分に穴を開けた。


 毒液が【スイム・ドランク】のあちこちにかかった。


 HR形態は合成金属で、簡単に錆びない。


 被害が大きいのはカメラアイだった。


 これもプラスチックに似た素材で染み込まないが、目の輪郭に隙間があった。


 隙間に侵入すれば、毒は自然と回る……。


『ううっ、うわあああ!』


《メス》らしいニシアから想像つかない、《オス》らしい悲鳴が聞こえた。


 だが、容赦のない武人はここで終わらない。 


 右手で持った、針の射撃銃。


 毒で苦しむニシアに、回避行動を取る意識は薄いだろう。


 彼はうまく、【スイム・ドランク】の尾や上半身の繋ぎ目に針を刺した。


【スイム・ドランク】は海底に仰向けで倒れた。


 所々に刺された針で動けない。


『毒持ってんの知ってんのに、このザマなん?』


【ブラッドガンナー】は針の射撃銃を、【スイム・ドランク】の胸元に当たる角度に定めた。


 するとニシアは喚くのをやめ、逆に笑い出した。


『能力を持て余すのをやめたら? 何の力もない原始地球人の味方になって、何したいのかしら、』


 ニシアが言い終わる前に、武人は射撃銃の引き金をひいた。


 動けなくなった【スイム・ドランク】の心臓部を狙うのは容易かった。


 周りの小魚達も、海底へバタバタと落ちていった。


『アレックス、AIの処理頼むわ』

『わかった……どうした?』

『大丈夫や。すぐ戻るわ。子供らは?』

『時期を見て本部へ収容した』

『そうか……』


【ブラッドガンナー】は十字型で倒れた【スイム・ドランク】を後にした。


 ニシアはもう、意識を取り戻さなかった。


(もう少し、もう少し早かったら。お前と添い遂げたかもな……綺麗だった)


 武人は周囲を確認しながら、ゆっくりと[ラストコア]本部へ戻った。










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