第5話 山の牙

 目が覚めた時、俺はいつもの部屋ではなかった。冷たい土の匂いと湿った空気。そこは山の洞窟の中のようだった。


 身体を起こすと、腕には見たこともない力がみなぎっているのを感じた。指先から爪が伸び、皮膚がざらついている。


 俺はもはや、人間の身体ではなかった。


 混沌(カオス)のような記憶が頭の中を駆け巡った。山の神の怒り、祀りの意味、そして村人たちの恐怖。


 洞窟の奥から、不気味な低いうなり声が聞こえてきた。


 それは、いのししの群れ。


 だが彼らは普通の獣ではない。目は赤く光り、牙は鋭く、異様な威圧感を放っている。


 俺の中の何かが目覚め、彼らと繋がった。


「おまえは、我らの代表だ。山を護る者よ」


 声が直接、俺の脳裏に響いた。


 俺はもはや逃げられない。山の神の意志は俺を選んだのだ。


 だが、心の奥ではまだ人間の意識が抵抗していた。


 「このままでは、村が滅びる。俺はこの力を使って何とかできるかもしれない」


 俺は決意した。


 山の牙となり、村を救うために動き出すことを。

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