第3話 あしあと
その夜は妙に静かだった。
窓の外には満月がぽっかりと浮かび、風の音さえも聞こえない。祖父の言葉が頭から離れず、俺は一睡もできなかった。
時計の針が零時を指した瞬間、ふと庭先に目をやると、地面に何かが光っている。
懐中電灯を手に取り、恐る恐る外に出る。そこには、はっきりとした蹄の跡が続いていた。足あと。俺の家から山の奥へと続く足あとだ。
呼ばれている——そう感じた。
足あとを追いかけて、俺は山道へと入っていった。夜の闇が深く、森はまるで生き物のようにざわめいている。木々の影が不気味に揺れ、時折獣の鳴き声が遠くから響く。
歩きながら、思い出した。
祖父の話す「祀りもの」。それは山の神の生け贄として、村から選ばれた者が連れていかれる儀式だった。
「もう逃げられん」と言った祖父の表情が、今はっきりと理解できる。
突然、視界の端で何かが動いた。
黒い影。巨大なイノシシの姿をした何かだ。
その目は赤く光り、体からは古い血の匂いが漂ってきた。
俺を見つめるそれは、ただの獣ではない。
「おまえ……」
低く、唸るような声が響いた。
振り返ると、あの“二本足のイノシシ”が立っていた。歪んだ顔がゆっくりと笑みを浮かべる。
「今夜、連れていく。おまえはもう、“祀りもの”だ」
逃げ出そうとしたが、足が動かない。
体を突き刺す冷たい何か。
気がつくと、俺は見知らぬ場所にいた。
木々に囲まれた広場。
そこでは、村人たちが一列に並び、白装束を着て、祈りを捧げている。
中央には、あの“イノシシの頭”をかぶった男。
「さあ……はじまるぞ」
祭りの始まりを告げる声が響く。
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