夜の足音

「――とーちゃーっく!」


ビル街の路地を駆け抜けていた少女は大きく飛び上がり、鵺の進行に備え広場へ簡易的に建てられた拠点の真ん中で、華麗な着地を決める。意味は特にない

周りの勇者たちはそんな彼女には目もくれず、ひたすら忙しそうに周囲を駆け回っている。


「状況を考えろ、この曲芸勇者が!」

「あだっ?!」


少女がふふんと得意げな顔をしながら腰に手を当て仁王立ちをしていると、突然頭からつま先にかけて固く重い衝撃が駆け巡った。

その衝撃に思わずしゃがみこんでしまい、熱を帯び始める頭をさすりながら、少しだけ涙で滲む視界で後ろを振り返ると、黒いシミの目立つ革製の鞘に納められた片手剣を肩に担ぎ、見下すような視線で怒りをあらわにする篝夏彦かがりなつひこの姿があった。


元々の目つきの悪さに加え、目元にこびりついた黒い隈、無駄に高い身長が相まって、周囲へと放たれる威圧感と愛想の悪さ。

今は一段と機嫌が悪いらしくいつも以上に目は細く絞られ、少女への𠮟責の圧は他の勇者たちにも伝播し、周囲の動きは一段と慌ただしくなった。


「いったいなぁ……何すんのさ! 」

「何すんのさ、じゃねーよ。帰ってきたらすぐ状況の報告。それがてめぇの存在価値だろうが」

「うっわ……キレ過ぎ。こりゃ五徹目プラスで寝るとこを起こされたってとこだね」

「ゴタゴタ言ってねーで……さっさと報告しろや!」


夏彦から怒号と共に向けて鋭い蹴りが放たれるが、少女は難なくそれをひょいっと交わして見せる。


「うぉっとと……はいはい、分かりましたよ」


流石にこれ以上はマジでキレ始めるな……と感じた少女は、ポケットから球状の機器を取り出し操作を始める。その機器のレンズが空中へと出力した映像には、燃え盛る街を背景に異形の化け物、鵺の姿が複数体が映し出されていた。


「……被害状況は?」

「出現した際に周囲に居た人間、約数十名が死亡。それ以外は建物やらの倒壊くらいかな」

「ッチ、街中に突如出現って事は、またワープ系の能力持ちが手を引いてやがるな。進行してる奴の中にそれっぽいのは?」

「人型っぽいやつが硬化系の能力を持ってるけど、他は雑魚。ただ、その硬化能力が厄介で……」


映像を少女がスワイプすると、鵺の群れの前に一人の青年が立ちはだかっているシーンへと映る。

ただ、鵺の方は全く怯む様子などなく、対する青年の方は地面に刺した両手剣に体を預けるように、何とか立っているといった印象である。

服は真っ赤に染まり、一番目に見えて酷い傷を負った脇腹は背中越しに向こう側が見えるほど抉られている。


多くの鵺が身体能力のみで知力のない、いわば雑魚ではあるが、特異な能力を持った鵺が雑魚達と共に軍を築いて攻めてくることは、そう少ないわけではない。


「この子は二等勇者だけど、それでも人型の装甲は貫けてなかった。シンプルだけど、かなり練度の高い能――」

「――ハッ、全く持って関係ねーな。お前ら、10分後には接敵だ。住民の避難やら、武器の準備を怠るんじゃねーぞ!」


篝は実力に関しては興味もないといった感じで少女の報告を遮り、周囲の勇者へ指示を出し始める。

自分から聞いておいて……と、少女はモヤッとするものの、どうせこうなるだろうとは少し思っていた。

篝からすれば、相手の能力さえ分かればそれでいい。それさえ分かれば勝てるという自負と、それが蛮勇では無いと言えるほどの実績を積み上げてきているからだ。


勇者は階位によって、その実力を分けられており、階位無しの勇者から始まり、準三等、三等、準二等、二等、一等の七段階で基本的には区別されている。


ただ、篝のような七星勇者はまた別格の存在である。

七星勇者とは、現代における勇者の頂点七人のみが名乗ることを許される異能使いの最高到達点。

人類側の最大戦力として他の勇者とは比べられない程の地位と名誉が、そして何より、他の勇者とは比べられない程の責任が課せられている。


だからこそ、負けることは許されず、負けることなど考えない。

篝の頭に常にあるのは、どうやってこちら側の追加被害をゼロに抑えたうえで敵を蹂躙するか。ただそれだけである。


――と、上辺だけのかっこいい建前を綴ればそれっぽくは聞こえるが、それでも普通に人として篝の態度には納得いかない。

うん、どう考えても、普通に言動に対してイラついてる私が正しい。


「おい、曲芸勇者。お前、暇なら一般人の救助を手伝ってこい」

「曲芸、曲芸ってうっさいなぁ。この馬篝ばかがりが」


上から目線で指示を出されるのは腹が立ち、少しくらいはこの鬱憤を晴らしてやろうと悪態をつきながら言うものの、篝はふんっと鼻を鳴らすだけでそれをあしらった。

正直この場にいても何も出来ることなど無い少女には拒否権など無く、軽くあしらわれた現状に腹は立つが仕方がないといった雰囲気でその場を離れようとする。

実際のところ、路地裏でジュースを奢ったまま別れたあの女子高生が、その後無事に避難できたのかも気になるところではある。


「流石に大丈夫だと思うけど、なーんか様子がおかしかったしな……ちょっとだけ見に行きますか」


少女がとんっとんとつま先で地面を軽く叩くと、体が黄昏色のゆらゆらとしたオーラに包まれていき、瞬きする間もなくその場から少女の姿は消えていた。

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彼女は勇者になれません とっととカナリア本舗 @surumesukii

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