第5話 気分としては終わっていい程度のイベントシーン
第四円の監視塔、監視鏡の仄かな発光だけを明かりに黙々と監視作業に勤しんでいると騒々しい足音が近づいてきて、軽く肩を回す。穏やかな時間が過ぎ去るのは早い。遠慮なく、堂々と氷雪地帯用ブーツの靴底を鳴らすのは近衛兵隊の同僚たちである。
「二、八、入る」
「どうぞ」
大柄の二番が先に入ってきて、八番が件のティモエマを抱えて続けてやってくる。
「そいつ、どうするんだ」
「管理局がまだだと。数時間はここで問題ないだろう」
監視対象を増やされた。ペンギンは拘束具のせいもあるが微動だにせず、かえって不気味だ。
「第四円は」「異状ない」「では持ち場に戻るぞ」
早々に去ろうとする二番にふ、とため息をついてみせる。触れないのも何なら失礼だろう。
「『俺』はどうだった」
「……実用に耐えない」
「失礼だな」
二番のつんと澄ました顔が若干不機嫌に曲がっているのに諧謔みがある。そもそも自分に『変装』する必要性はないのだから、意趣返しに詰ってやらなければ騙られ損という気がしている。
八番に水を向ける。このような不必要な楽しみ方に、不謹慎なのが得意なため。
「なあ、二番と俺の付き合いでこの程度やり果せぬとは思えまい」
「えー、そうですかあ。先輩ヒトで態度変えるとこあるじゃないですか」空気の読めないやつ。「そりゃ変わるだろ」
「私とセットで出てきたら大概騙されるだろうと思って、私も期待してたんですけど、なんか上手でしたね。この数ヶ月で短足くんとどんだけラブラブしてんですか?」
「してない」
なぜ逆にイジられてるのか。
「おふたり、そんなことより気になることがあって」
結局そんなこと扱いされ、八番が主張を始めるので耳を向ける。
「ガヌロンに接近した際現実歪曲が起こってましたよ。ガヌロンの影響ではありましたが、まあ間違いなくガヌロンの力ではないでしょう」
なるほど、それは、どうもメインミッションの話だ。
「早く言え」
「タイミングを測りかね」
「第二円に移るか」
「それは性急だ。六番を呼び戻してミーティングを始める」
「ティモエマは?」
八番がペンギンをぬいぐるみのように抱いたまま聞く。
「……そのままだろうよ」
「うーん」
目隠し耳栓でもして転がすか。
通信で六番を呼び立てると軽やかな足取りで五分も経たずに現れた。急いだ風もないが、そういう特徴の男だ。
「六番、参りました」
「入れ」
枯草色の頭を屈めて入ってくる。この面子で一番背が高い。
二番が進行役で早速開始の音頭をとる。
「では緊急ミーティングを始める」
「議題」
「ターゲット移動の可能性を検討し、再度配置を決定する」
六番が軽く目を瞬かせた。二番が八番へ発言を促す。
「八番、改めて状況を報告しろ」
「はい、先刻十五時までメインミッション外の対応を実行中、ターゲットの痕跡と思われる空間歪曲を確認しました」
「詳しく」
「第二円の囚人、騎士ガヌロンとの交戦になりました。彼の周囲およそ半径200メートル範囲で通常のコキュートスの環境とは異なる状態を観測。ガヌロンに由来するピレネーの特徴が反映されたと考えています。」
「私はターゲットの痕跡と考える。異論は」
なし、と揃えて返答。
「第二円に移動した可能性が高い。全狼第二円にて集中捜査をすべきか」
目くばせがあり、とりあえず率直に意見を出しておく。
「第二円へ早急に移動すべき。想定よりも上層に移動している、外周……外部へ指向性をもって移動しているのでは」
六番が継いで発言する。
「指向性を持っている、意識があるということか?彼は真っ直ぐ外へ向かって進んでいる、当初の想定とは異なり。事故で迷い込み彷徨うのではなく、コキュートスの構造を認知している」
「認知とか意識とかは推量できない。だが真っ直ぐ外へ向かっている、進行速度からして、妥当だ」
踏み込んだ憶測に釘を刺す。神というものに意識があるとかないとかは当てはめるべきではないからだ。八番が発言する。
「第一円に待ち伏せしてはどうですか。到達するとして翌日以降になるはず、管理局の協力は得られませんか」
「悪くないが、管理局は当てにできん」
二番がひとことで却下すると八番も大人しく頷いた。コキュートスはすり鉢状の地獄である、第一円はより広大であり、四匹では限度がある。それは第二円に関しても同様ではあるが、まだマシなうちに片づけたいものだ。管理局の姿勢についてはここでペンギンを渋々拘束している状況からして、というところだ。
「方針を変更、三番・八番は第二円監視塔へ、二番・六番は第二円を調査とするに」
「異議あり」
声を上げる。
「おそらく監視鏡に意味がない。空間歪曲を二番は確認していない。実際に有効範囲に接近して目視しなければならない性質じゃないか。加えて早期に第二円で確保したい、俺と八番も野に放て」
「監視鏡の件は根拠が薄い」
二番が少し考えるように黙り、その間に理屈をつける。
「監視鏡は管理局側も確認している、そこにピレネー山脈が映っていたら、動くだろ。そしてこれが初めてではないはずだ……空間歪曲の話が挙がっていないのはそういうことだと思う」
「了解した。全員第二円調査へ方針を変更。異論は」
なし、と揃えて答えるや、慌ただしく監視塔拠点を撤収して移動する。管理局貸出のモービルに乗り込んで、そのまま第二円へ。オートマータの自動運転なのが気楽だ。八番が膝にペンギンを乗せて言う。
「ティモエマは」
確かに、監視がないならこのペンギンを据え置く余裕がない。第二円の監視塔にでも転がして置けばいいのかもしれないが、そんな無責任なことを提案する者はこの車内にはいない。バディとして、返事を絞り出す。
「抱えとけ」
「私がですかあ?」
「背中に括りつけておくとか」
実際、戦闘になったら邪魔だろうが、それほど激しい状況にはならないと願おう。自分と八番は狙撃班なのだし。コキュートスの実地では原則ふたり一組で動いているが、今回は前衛として二番六番が、後衛として自分たちが組まれている。人狼だって殴られるより先に撃ち殺した方が早いのだからもう少し狙撃手が居てもいい気がするが、魔界全体で銃撃戦が流行っていないので狙撃向きの隊員が集まらない。結局顎が強い狼を束でぶつける方が早いパターンの方がまだ多い。
「二番、組み分けがまだだな」
「さっきと同じで良かろう」
六番とふたりのパターンはあまり気乗りしないが、3パターン実質2パターンしかないのだから文句を言うわけにもいかなかった。
「失礼。十六番?」
すらりと背が高い(2メートル超)、枯草色の髪は地毛らしい。すぐに、先日入隊した十八番だとわかる。入隊というのも近衛兵隊としてはということであり、連合軍での経歴がある彼は既にそれなりの動きを身に着けているように思われた。附番整備ですぐに十八番ではなくなるだろう。
「ああ、十八番」
「はい」
十番台を集めた室内訓練の後、詰所の休憩室だった。別に休憩中に黙っていろというルールはなかったが、喋る同僚はあまりいない。強いて話すこともないから、それも理由だし、何となく自分がいることで緊張感が生まれるからという気がしないでもなかった。というのも自分が隠れて持ち込んだピースメーカーで三番の脳天を撃ち抜いて、魔王城内でなければ危うくシニアナンバーが死んでいたくらいなので、あと他の色々も多分知れ渡っており、あまり関係を持つと碌なことにならなさそうの評判が立っているから。後から入ってきた十八番には、その辺の話がまだ届いていないのかもしれない。
「今、一人ずつ顔を覚えているところで。ふたり目ということだけど」
「なるほど」
「あなたも半年以内に入ってきた」「そう」「ほとんど同期ですね」「もう少し自然にしてもらっていい、そっちが年上だろ」「年齢順はここで、魔王城下では関係ないこと」「なら、ほとんど同期だったら」「確かに」
そこまでは擦り合わせの話で、顔を覚えているところという話に違わず当たり障りのないやり取りが続いていることに半ば油断をしていた。
「陛下の閨に入ったと聞くけど、どうかな」
「どうかなって」
突然の急カーブを曲がり切れなかった。
「色々と面白い話が出回っている。身体能力は入隊ラインギリギリか、隻眼隻腕は圧倒的に不利だし、右腕は治療を受けている。何かしら裏があるって誰でも思うな」
ハシバミ色の目がらんらんと光っていた。ゴシップ的な話は閉口ものだが、真正面から来るだけマシではある。それでもこれに応える義理はあるか。
「思ってればいいんじゃないか。強いて答えるなら銃器の扱いを評価された可能性がある……それと奇襲も成功したのは実力のうち……とか」
「附番整備ですぐに十六番じゃなくなるだろうね」
「さあ。そっちも、十八番」
だったら、と名乗りあった。自分は黒栖、彼はランダル。今は三番と六番。
それから一度寝たことがある。どういうことをしてるんだと問われて「金取るぞ」と言ったら「出したら良いって言ってる?」と返され、(そういえば最近もそんな感じの話をした気がする。)その時は実際、金出したら良いの意味だ。
「金に困っているわけではないだろ。なんでビッチやってるんだ」
「買ったやつがビッチ呼ばわりすんな」
言葉とは別、それでも別にいい、金の方が建前なのだから。
「趣味だよ……」
「本当に」
「そう寂しいから、早く、埋めて、ひま」
「最悪だなお前」
ランダルがめちゃくちゃに眉間に皺を寄せた。ゲテモノを見に来たのはそっちの意思のはずだろう。
「そしてあんたはマシかも」
「なぜ」
「殴りたいだけの奴がいる」
「ほう、なぜそんな立ち回りをやってる」
ぐちゃぐちゃに揺らされて時々殴られて?
立ち回りとかそんな上等なものではない。
この身体がみじめだから自分の意思でセックスに溺れているポーズをとっている。面従腹背で復讐の機会を狙っている。何もかも中途半端なのに死ぬ決心もつかなくて自棄になっている。後ろから刺してほしい。こんな場所滅茶苦茶になればいい、この自分と一緒に。
「好きでやってる」
改めてその時の三番を殺したのはそのあと。反体制、獣人独立思想の手だったので、証拠を丁寧に集めて「彼の閨で首を掻くためにあなたが必要だ」と言った。「こういう風にきっと素肌を晒すので」枕元に紐がある「必要なものを仕込んでいてくれたらいい」実演「こんな風にきっと殺す」絞殺。自分とてひとかどの人狼で軍人なので、思ったよりも簡単に落とせた。「これは陛下の勅命で、粛清した」既に手遅れであり、見せしめだ。息のかかった隊員は、反体制の狼は、このあからさまな訳ありに大なり小なり期待をもって接近してきたので大変に密告が捗り、隊長に報告してから、波が引くように狼たちが離れた。シニアナンバーに引き上げ相互監視。新人たちへの接近禁止。緋良闇梨は副隊長の姪だ、相互監視。
「好きでやってたのか?」
ランダルは一夜の内容を聞き返してきた。彼はシロで、自分は隠し立てもせずに答えなおした。
「勅命だからだ」
個人的な関わりとしてはそのくらいな同期である。
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