第十二話 先輩の温もり
翠先輩と話せなくなってどれくらいたったかなんてもう数えていない。
最近は気付いたら授業が全部終わっていて、無意識に図書室に来るようになっている。
「ましろちゃん~大好き~」
クーラーが一番当たる席に座って文庫本を開いていると紫音先輩がうしろから抱きついてくる。
「先輩暑苦しいです」
「いいじゃん付き合ってるんだし」
先輩は映画のことなんて忘れてるみたいに全く変わっていない。
夏休みは今週末に迫っている。
『もう一回お話したいです』
翠先輩にRimeを送ろうとしてやめる。
「浮かない顔してどうしたのさ」
ノートに万年筆で小説を書いている紫音先輩がのんきに聞いてくる。
あなたが翠先輩に変なこと言うからこんなことになってるんじゃないか。
「なんでもないです!」
つい大きな声を出してしまった。
「翠のことだよね、ごめんね」
軽く謝ってくる先輩の態度に目の奥がぐっと熱くなる。
「先輩はなんであんな意地悪したんですか、私が翠先輩のこと好きって知ってましたよね!」
つい感情的になってしまった、紫音先輩に顔をそらされる。
「好きだから……ましろちゃんのこと。三週間だけじゃなくてこれからもずっと付き合いたいの、本当に好きだから」
紫音先輩が本気で私と付き合いたいなんて思ってなかった。
「考えさせてもらえませんか?」
やっぱり私は優柔不断だ。
「じゃあ今週末の夏祭りまでに返事聞かせてほしいな」
「わかりました」
図書室を出ようとした私を甘い香りに包まれる、以前首にかけてもらった香水の香りだ。
「私とずっとこうしていない?翠みたいにかっこよくはないけどずっと愛してあげる。翠は他の女の子とか男の子にもモテるからさみしくなっちゃうよ」
子供をあやすお母さんみたいに落ち着いた声で囁いてくる。
「先輩はなんでそこまで優しくしてくれるんですか……私は翠先輩のことが好きって面と向かって言ったんですよ……それなのに……」
「よしよし泣かないの」
そういいながら頭をなでてくれる。
翠先輩にされたみたいにドキドキはしない、だけどすごい落ち着く。
「ずるいです……」
私の心は満たされているのか、欠けているのか、もうわからない。
◇
最近は駅まで紫音先輩と帰るようにしているが電車に乗るとひとりでさみしい。
ひとりだからもちろん運転席の後ろだ。
Vtuberの配信をスマホで見ていると、Rime通知のバナーが出てくる。
翠先輩からのメッセージだと思って何回ぬか喜びしただろうか、どうせ今回もクーポンのお知らせだろうけど一応開いてみる。
『夏祭り一緒にいけないかな?』
目をこすったり、スマホを再起動してみたりしたけど変わらない、正真正銘現実だ。
だけど一週間ぶりのRimeが夏祭りのお誘いなんて急すぎる、友達を誘っているのかもしれない。
続けてもう一つメッセージが送られてくる。
『ましろちゃんの気持ちを教えて欲しい』
送り先は間違えてないみたいだ。
紫音先輩と過ごす時間は安定していて愛されていると感じることができる。
それに比べれば翠先輩とは付き合えないかもしれないし、付き合えたとしても嫉妬しないで付き合っていくのは難しいと思う。
だけど一番後悔するのは挑戦をしないで安定を選ぶことだと思う。
『鳥居の前に17時集合でいいですか?絶対にいきます』
すぐに既読がついて返信が来る。
『わかった、楽しみにしてるね』
明日の学校で紫音先輩に正直な気持ちを伝えて、夏祭りで翠先輩に告白しよう。
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