第12話 運命
ハルトが回復するまで三日かかった。その間にも一行の旅は続いたが、新たな同行者の存在は想像以上に大きく影響を与え始めていた。
「深淵教団の本当の狙いは二つあるんだ」
焚火の周りに集まった夜。ハルトが重い口を開いた。
「一つは『世界樹の根』……グランデリア王国の北端にある遺跡に眠っていると言われている。それがあれば七死司祭の力をさらに高めることができるらしい」
「『世界樹の根』……」
航希が考え込む。それはエルミナからも聞いたことがある単語だった。
「そしてもう一つが……」
ハルトが苦しげに言葉を続ける。「『異世界からの魂』……つまり君だよ。航希」
一同の視線が航希に注がれる。
「僕の上司……ギルは君のこと『運命の器』って呼んでた。それには理由があるんだ」
ハルトは懐から古びた書物を取り出した。それは深淵教団の秘奥文書と呼ばれるものらしい。
「ここに記されている通り……かつて古代文明は異世界から魂を招き、世界の均衡を保とうとした。だけど……」
「失敗したんだな?」航希が先読みする。
「ああ。その結果……世界は崩壊しかけた。そこで当時の指導者は魂を封印し、この指輪に閉じ込めた」
指輪を見つめる航希の表情が硬くなる。
「じゃあ……俺は偶然転生してきたんじゃなくて……」
「最初から選ばれていたんだ。この指輪の適合者として」
その事実に航希は言葉を失った。自分はただ事故で死んだと思っていた。しかし実際にはもっと壮大な運命に巻き込まれていたのだ。
「だから七死司祭たちは必死になって君を探していた。最終的には指輪も含めて『神の器』となるべく改造する計画だったそうだ」
「そんな……」
エルミナが恐怖に顔を引き攣らせる。
「だけど……君の指輪には予想外の力があった。ギルを退けた時のような力……あれは本来の指輪の能力を超えていたと思う」
ハルトの言葉に航希も頷く。
「俺も感じたんだ。指輪が教えてくれる感覚っていうのかな……頭の中に図形みたいなのが浮かんでくるんだけど」
「それこそが指輪の本質的な力かもしれない。適合者の潜在能力を引き出し具現化する力……」
「ちょっと待ってくれ」アッシュが眉を顰める。
「じゃあハルトはどうやってその情報を得たんだ?教団の内部事情とはいえ重要すぎる内容じゃないか」
「僕は……実は教団の中でも特別な扱いだったんだ。代々『真理探究者』と呼ばれる家系で……深淵の知識を研究し続ける任務を担ってきた」
ハルトの告白に一同は驚きを隠せない。
「でも……それが裏切り行為になった理由も分かる。父は妹のために禁忌を犯した。そして……僕も」
「何をしたの?」フィオネが優しく尋ねる。
「世界樹の根を密かに持ち出した。父の遺志を継いで……教団の野望を阻止するために」
ハルトが取り出したのは水晶球のような物体だった。淡い光を放ち、触れるだけで精神が安定する不思議な感覚がある。
「これが世界樹の根の一部……これがある限り七死司祭たちは完全な力を得られないはず」
「それじゃあ……これを安全な場所に保管すれば……」
航希が希望を見出した表情をするがハルトは首を横に振った。
「教団は必ず追ってくる。これこそ彼らの究極の目標だから……僕はそれを逆手に取るつもりなんだ」
「逆手に……?」
「これを餌にして七死司祭たちをおびき寄せ……各個撃破していくしかない」
ハルトの提案に一同は戸惑いを見せたがレティシアが冷静に分析する。
「確かに……分散させて対処するのは理に適っている。深淵教団の戦略としては悪くない」
「でも……それじゃあ僕たちも危険に晒されることになるよね」
アッシュが懸念を示すとハルトが頭を下げた。
「本当に申し訳ない。でも……もう他に方法が思いつかないんだ。お願いだ……僕と一緒に戦ってほしい」
その真剣な眼差しを見て航希は静かに立ち上がった。
「いいさ。やろう」
「航希さん……」
エルミナが驚いた表情で見上げる。
「もともと俺はこの世界を救いたくて戦ってきたんだ。ハルトの気持ちはよく分かる。それに……俺の指輪の力も活かせるかもしれないしな」
航希の決意に全員が頷いた。
「では次の目的地は……」
レティシアが地図を広げる。
「ここから一番近い深淵教団の支部。ベルディア山脈の中腹にある施設だ」
「そこにはきっと『七死司祭』の誰かがいるはず……」
ハルトの言葉に全員が緊張感を持って頷いた。
こうして新たな仲間ハルトを迎え入れた航希たちの冒険は更なる局面へと突入していった。世界の命運を賭けた戦いが今まさに始まろうとしていた……
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