天華百剣-斬- ~喫茶・天華の乱~
五平
第1話:黄金パンケーキ争奪戦
その日の街は、特別な熱気に包まれていた。強い日差しではなく、人々がカフェの前に作った長い行列の熱気だ。その先にあるのは、街で話題沸騰のオープンカフェが、たった一日限定で提供する「幻の黄金パンケーキ」。その日のために特別に用意されたテーブルに、巫剣たち――鶴丸国永、七香、そして桑名江は座っていた。
「見事な…芸術だな」
鶴丸国永は、目の前に運ばれてきたパンケーキに、うっとりとした眼差しを向けている。それは、黄金色に輝くふわふわの生地の上に、宝石のようなフルーツが散りばめられ、まるで小さな塔のように積み重なっていた。鶴丸にとって、これは食欲を満たすものではなく、刀で切り刻むことすら憚られるほどの、刹那の美の極致だった。
「鶴丸さん、早く食べないと限定期間が終わっちゃいますよ!」
桑名江は、今にもパンケーキに飛びかかりそうな勢いでフォークを構えている。彼女にとって、芸術とは食べられるものでなければ意味がない。芸術は鑑賞するものではなく、口の中で完成されるべきものなのだ。その熱い思いは、向かいに座る七香も感じ取っていた。
「…この空気、嫌な予感がするな」
七香は、二人の間に流れる不穏な空気を察知し、静かにアイスティーに口をつけた。
その時、空が歪んだ。
グワアアアアァッ!
轟音と共に、街のど真ん中に現れたのは、黄金に輝く禍憑(まがつき)だった。それは、まるでパンケーキを象ったかのような異形で、その全身から、甘い香りが漂っている。
「禍憑…!なぜこんなところに…!」
桑名江は驚きに目を見開いた。しかし、七香の冷静な声が、彼女の思考を瞬時に戦闘へと切り替える。
「奴は、幻の黄金パンケーキを狙っています。あれが、奴の力の源になっているようだ…」
禍憑は、二人の会話を聞きつけたかのように、巨大な腕を伸ばし、パンケーキを掴もうとする。その瞬間、鶴丸と桑名江は同時に刀を顕現させた。
「待て!その芸術を汚すな!」
「私のパンケーキに触るな!」
二人の叫びが同時に響き、カフェを起点とした派手なバトルが始まった。
ズバァン!
鶴丸が放った一閃が、禍憑の腕を切り裂く。彼の斬撃は、まるで筆で描いたかのように流麗で、その余波がカフェの看板を切り裂いた。だが、その切れ味が良すぎたためか、看板は「ようこそ」の文字だけを残し、きれいに両断された。
七香は、カフェのテーブルを飛び越え、近くのビルの屋上へと跳躍する。彼女の頭脳はすでに、禍憑の動きを完璧に予測していた。
「桑名、右!鶴丸、上から!」
七香の冷静な指示が飛び交う。雷鳴のような轟音と共に雷切を放つ桑名江と、舞うように軽やかに斬撃を放つ鶴丸。二人の攻撃は、禍憑の装甲に少しずつダメージを与えていく。
禍憑は、怒りの咆哮と共に口から破壊の光線を放った。
「っ…!七香さん!」
桑名江が叫ぶと、七香は冷静に指示を出す。
「テーブルを!」
桑名江は、戦いに巻き込まれて宙を舞っていたカフェのテーブルを拾い上げ、盾のように構える。その瞬間、破壊の光線がテーブルに直撃し、轟音と共に消滅した。
【思考の連鎖、そして高揚】
七香の頭の中では、すべての行動が意味と必然性の鎖で繋がっていた。テーブルを盾にするのも、鶴丸と桑名江の動きを予測するのも、すべては勝利のための最適な方程式だ。彼女は、完璧な解を導き出すことに、深い喜びを感じていた。
鶴丸もまた、この戦いを美しく感じていた。破壊と創造、混沌と秩序が混じり合うこの舞台で、自身の刀が最高の芸術を生み出している。
そして桑名江は、ただひたすらに、目の前のパンケーキを守ることだけを考えていた。
「もう…これ以上、私のパンケーキに傷つけさせない!」
桑名江が叫び、全力を込めた一撃を放つ。鶴丸と七香も、それに呼応するように、最後の力を振り絞る。三人の連携が、巨大な禍憑を完全に粉砕した。
禍憑は、最後に断末魔の叫びを上げると、その身体を塵へと変えていく。しかし、その時、禍憑が手にしていた黄金パンケーキが、地面へと落ちてしまった。
静寂が訪れたカフェで、鶴丸と七香は安堵の息を吐く。
「…終わったな」
「ええ」
二人が見つめる先には、無残にも地面に落ち、原型を留めていないパンケーキがあった。その光景に、鶴丸は美の崩壊を嘆き、七香はただ静かに敗北を認めた。
その時、桑名江が、ボロボロになったパンケーキを、静かに手に取った。
そして、鶴丸と七香に振り返ると、まるで何事もなかったかのように、満面の笑みを浮かべた。
「…あ、ごめん。食べちゃった」
その言葉に、鶴丸と七香は同時に叫んだ。
「今かよ!」
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