儀式は失敗しました。電話をお切り下さい

春海水亭

死んでほしい方がいる場合は1を押して下さい


 ◆

 

【二〇一五年六月八日に録音された通話】


『お電話ありがとうございます、東京都民お悩み相談ダイヤルです』

 機械的な女性の声、一般的なサポートダイヤルに連絡した際に聞くような印象を受ける。

『ご用件を承ります。以下の4つのメニューより、相談内容をお選びください。死んでほしい方がいる場合は1を、公て――』

 電子音。通話先の音声、一瞬途切れる。

 おそらく番号がタップされた際の反応であると思われる。

 

『ありがとうございます。死んでほしい方がいる場合のご相談ですね。お相手のお名前がわかっている場合は1を、わか――』

 電子音。一般的な電話の呼出音が五秒ほど流れた後、再び女性の声。

『ありがとうございます。それでは心の中で死んでほしいお相手のお名前をお唱え下さい』

 十秒ほど沈黙。

『ありがとうございます。それでは儀式を開始いたします。こちらから指示があった場合を除いて受話器から手を離さず、絶対に通話を続けていただきますようによろしくお願いいたします』

 通話主のものと思われる呼吸音。

『今、受話器を右手で持たれている場合は左手で2を。左手で持たれている場合は右手で3を。受話器を持たれていない場合、もしくは受話器を持っている手と逆の手で1を押せない場合は電話をお切り下さい』

 電子音。

『ありがとうございます。それではこれより五分間、保留音を流します。曲が流れている内に、受話器を持った状態で鏡など、現在のお客様の表情をご確認出来るものにお顔を映して下さい。

それが難しい場合は電話をお切り下さい』

 女性の声が終わると同時に、電子音のパッヘルベルのカノンが流れ始める。

 ドタドタという物音が三十秒ほど響いた後、沈黙。

 電子音のパッヘルベルのカノンが流れ続ける。


『ありがとうございます。今流れていた保留音をご存じの方は1を、ご存じない場合は2を、保留音が聞こえなかった場合は電話をお切り下さい』

 電子音。

『ありがとうございます、それでは鏡でお客様の現在の表情をご確認下さい。笑っている場合は1を――』

「は、は、は!?なに!?なに!?誰アンタ!?ここ私の家なんだけど!?なんで部屋の中にい……は?えっ、なんで?いないの?は!?」

 落下音。

『――申し訳ございません、電話をお切りいただき、お掛け直していただきますよう、よろしくお願いいたします』

「えっ!?なに!?さっきはいなかったじゃない!?誰!?誰!?帰って!?」

 十分程度、言い争う音が続く。 

 言い争いの間も三十秒ほどの間隔で『電話をお切り下さい』の声が自動再生されていた。

 足音。おそらくスライド式のドアが開く音。

 湿り気の混ざった衝突音。

『電話をお切り下さい』

 以後も三十秒ほどの間隔で『電話をお切り下さい』の声が続く。


 上記の通話内容が録音されたスマートフォンは東京都▓▓市▓▓のマンション『▓▓▓▓▓▓▓▓』の一階エントランス、持ち主である佐藤花梨さんの遺体の上で発見された。

 遺体の背面には酷い外傷があり、遺体を発見したマンション管理人の証言によるとエントランスは血の海のようになっていたという。

 遺体には十階以上の高度から転落したかのような痕跡が発見されたが、佐藤花梨さんの部屋は二階であり、またベランダにも転落防止用の柵があったため、自室からの転落死ではないと判断されている。

 一階エントランスの監視カメラには二時十七分五十九秒時点では存在していなかった佐藤花梨さんの遺体が、二時十八分〇〇秒になって、突然現れたかのような映像が記録されており、証拠としての信憑性は危ぶまれている。

 また、遺体に移動させられたような痕跡はかった。


 佐藤花梨さんが連絡した東京都民お悩み相談ダイヤルはNPO法人▓▓▓▓によって運営されていたが、二〇一四年の▓▓▓▓解散に伴い、現在はサービスを終了している。

 また、調査の結果、佐藤花梨さんが東京都民お悩み相談ダイヤルと通話したという記録は発見されなかった。

 佐藤花梨さんが最期に誰と通話を行ったのか、二〇二五年現在も不明である。


【二〇二五年七月七日に▓▓▓▓▓▓で配信された動画】


「こんコワ~、今日も皆さんの怖いを壊していきます!怖壊こわこわチャンネルのコワコワです」

 コワコワは活動歴二年、登録者数一万二十六人(二〇二五年七月七日当時)の動画配信者で、未解決事件や都市伝説の解説する動画や、音読してはいけない詩や神社で行ってはならない行為などの真偽の疑わしいタブー行為を実践する生配信を中心とした活動を行っている。


「いや~、佐藤花梨さん怪死事件、恐ろしかったですね。佐藤さんは一体、何と話していたのか。そして、佐藤さんの通話記録をアップロードしているのは誰なのか、遺族の方だったらいいですけど……それ以外の人だったら、めちゃくちゃ怖いですね、特に警察とか」

 挑発的に笑うコワコワ。

 白い壁を背にしてゲーミングチェアに座っている。


「というわけで、皆様、佐藤花梨さん怪死事件についての解説は以上……なのですが、もちろん、今日は生配信ですので解説だけでは終わりません……死んで十周年、じゃなかった……十周忌ですね、佐藤さんごめんなさ~い!えーっと、佐藤さんの十周忌記念ということで、今日は佐藤さんがかけてしまった呪いのダイヤルに実際に掛けてみまして、佐藤さんの仇を取ってみたいと思います!天国の佐藤さん!応援してくださいね!」

 そう言って、スマートフォンを見せつけるようにカメラに近づける。

 画面には東京都民お悩み相談ダイヤルの電話番号が表示されている。


「電話系の怪談って結構多くて、まあ一番有名なヤツでいうと掛けてくる側のメリーさんなんですが、こちらから掛けることで死因を教えてくれるとか、未来を教えてくれるとか、なんでも質問に答えてくれるとか、そういうの色々ありますよね。この番号もそういう類のものだと思いま……あ、コメントありがとうございます。そうですね、東京都民お悩み相談ダイヤルに掛けた先人の方々は皆さん失敗してますね。繋がらないで終わっちゃうっていう……残念なヤツ。ですが、今回私は……独自の情報網で東京都民お悩み相談ダイヤルに電話を掛ける方法を掴んでいます」

 コワコワ、右手にスマートフォンを持ったまま、左手でピースサイン。


「というわけで、やっていきましょう!アナタの怖いを壊す時間!コワコワタイムスタート!」

 発信音が十秒ほど続いた後、電子音。


『お電話ありがとうございます、東京都民お悩み相談ダイヤルです』

 機械的な女性の声。スピーカーモードにしているらしく、コワコワのスマートフォンからしっかりと聞こえる。

「どういたしまして!というわけで……マジで繋がっちゃいました!あ、東京都民お悩み相談ダイヤルに電話をかける方法は後で解説しますね」

『ご用件を承ります。以下の4つのメニューより、相談内容をお選びください。死んでほしい方がいる場合は1を、公的な支援について相談したい方は2を、匿名で相談したい事柄がある場合は3を、もう一度お聞きしたい場合は4を押して下さい』

「……おお、さすが呪いのダイヤル……いやあ、皆さん、聞きました?4だけは絶対に押したくないですね。というわけで1を押していきます」

 電子音。

 その後、コワコワは1が押されたスマートフォンを画面に映している。 


『ありがとうございます。死んでほしい方がいる場合のご相談ですね。お相手のお名前がわかっている場合は1を、わからない場合は2を押して下さい』

『えーっと、2です……ちなみにアンチの方々ご安心下さい、殺したいのはアナタたちじゃないですからね!』

 電子音。一般的な電話の呼出音が十秒ほど流れた後、再び女性の声。

『ありがとうございます。それでは心の中で死んでほしいお相手についてお考え下さい』

「はい、というわけで心の中で考えているワケなんですが、今動画を御覧頂いている皆様には私の心の中を見ていただけないので、言っちゃいますけど佐藤さんを殺した犯人について考えてます」

『ありがとうございま……それで……開始いたします。 …………絶対に通話を続けて……きますようによろしくお願い……す』

「はい、よろしくお願いいたしまーす!」

 女性の声にノイズ音が混じる。コワコワ、意に介さず。

『今、受話器を右手で持たれている場合は左手で2を押して下さい。それ以外の場合は電話をお切り下さい』

「……えっ!?」

 コワコワ、驚愕の表情。

「いや、難易度上がっているっていうか佐藤さんの時と違ってエッグい足切りライン引かれてません?右手で持ってて良かったぁ~」

 コワコワ、笑いながら左手で2を押す。

 電子音。


『ありがとうございます。それではこれより五分間、保留音を流します。曲が流れている内に、受話器を持った状態で鏡など、現在のお客様の表情をご確認出来るものにお顔を映して下さい。

 女性の声が終わると同時に、電子音のパッヘルベルのカノンが流れ始める。

「ま、今回は普通にカメラの方に私の顔が映っているんですが……一応」

 そう言って、コワコワはスマートフォンを持ったまましゃがみ込む。

 再び配信画面に顔を見せた時、コワコワは手鏡を持っていた。

「床に鏡置いちゃってました。慌てなくて大丈夫です……ちなみに、保留音っていつから流すんでしょうね」

 発言の三十秒後、コワコワ、画面を注視。


「もう、流れてる?いやいや、何も聞こえないんですけど……これは私の聴覚の問題なのか、向こうの問題なのか、それとも視聴者様の嘘なのか……いや、私の嘘じゃないですよ?」

 コワコワ、動揺の表情のまま五分ほど動画に来ているコメントへの返信を行っている。その間も電子音のカノンは流れ続けていた。

『ありがとうございます。今流れていた保留音をご存じの方は1を、ご存じない場合は2を、保留音が聞こえなかった場合は電話をお切り下さい』

「……えーっと、私には何も聞こえませんでした、というわけで今回は電話を切って終了……したいのですが、何としてでも続けたいので、視聴者の皆様、保留音が聞こえていましたら教えて下さい……あっ、ありがとうございます!パッヘルベルのカノン、アップされてた佐藤さんのヤツと同じっぽいですね」

『ありがとうございます、それでは鏡でお客様の現在の表情をご確認下さい。笑っている場合は1を、怒っている場合は2を、悲しんでいる場合は3を、真顔である場合は4を、いずれのどれにも当てはまらなかった場合は5を押すか、電話をお切り下さい』

 コワコワ、驚愕に目を見開き、背後を振り返る。

「うおおおおおおお!!!!!!!」

 コワコワの悲鳴。背後には何も映っていない。

 コワコワ、椅子から立ち上がり手鏡で自分を映し、再び背後を見る。

 コワコワの背後には何も映っていない。

 

「……いますね、あ、ヤバいです。今回はマジでヤバいっぽいです。そりゃ佐藤さんもスマートフォン落としたのかな、多分落としましたよね、そりゃ、落としますよね……えーっと、皆様にも多分見えていると思うのですが、女がいます。いや、本当に女性なのかわからないんですけど……顔のところに、穴が、目と鼻と口と耳のところに穴だけ空いてる何かですね、髪が長くて、女性物の服を着てるから、多分女性の……あ、嘘じゃないです!続けます、こういう儀式、絶対に中断してはいけないので……続けます!嘘じゃねぇよ!」

 コワコワ、自分の表情を確認しスマートフォンをタップする。電子音。

 画面には押された2が表示されている。


『ありがとうございます。それではオペレーターとお繋ぎいたします。少々お待ち下さい』

 スマートフォンから電子音のパッヘルベルのカノンが流れ始める。

 それと多少ズレたテンポでカノンを口ずさむコワコワ。

 恐怖の表情で画面を見据えている。


『ただいま、お繋ぎしております。少々お待ち下さい』

 一分ほど経過し、再び女性の声。

 再び、電子音のカノンが流れ始める。

 コワコワは女性の声を無視してカノンを口ずさみ続ける。

 電子音のカノンとコワコワのカノンのズレが広がる。


『ただいま、お繋ぎしております。少々お待ち下さい』

 一分間隔で女性の声が続く。

 コワコワは時折、背後を振り返りながらカノンを口ずさみ続ける。

 女性の声が流れるたびに電子音のカノンのテンポが少しずつ早くなるが、コワコワは同じテンポで口ずさみ続ける。


『お待たせ致……オペレー……花木安彦がお電話を……す』

 ノイズが混じった男の声が聞こえ始めたのはコワコワがカノンを口ずさみ始めてから十五分後のことだった。

 花木の声には抑揚がなく、機械的な印象を受ける。

「……は!?なんでだよ!!ちゃんとやってんだろ俺!」

『この声が男性に聞こえる場合は1を、女性に聞こえる場合は2を、わからない場合は電話をお切り下さい』

「なんでだよ……なんで、ここまで来て……!」

 コワコワ、画面を見る。

「……そっちには聞こえてるのか。そうか!そういうことかよ!ざまぁみろ!俺を殺そうたってそうはいかねぇんだよ!!」

 電子音。コワコワ、1を押す。


「えー……そうですね、今向こうはずーっと死ねとしか言ってなくて、もう、ずーっと死ね死ね死ね死ね死ねって、本当にそればっかりを繰り返されていてヤバかったです、でも視聴者様のおかげで本当になんとかなりそうです……ありがとうございます……えっ、カノン?アレは……」

『ありがとうございます、それではオペレーターにお繋ぎいたしますので、少々お待ちください』

 スマートフォンから花木の声で般若心経が流れ始める。

 コワコワは般若心経を無視して、カノンを口ずさむ。

 三十秒ほど経過し、画面を見たコワコワに焦燥の表情が浮かぶ。

 何か言いたげだったが、カノンを口ずさみ続けるコワコワ。

 四十分後、電話口の声が変わる。


『死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね』


 集団の声。

 コワコワ、絶望の表情で画面を注視し続ける。

 その間も『死ね』の声は止まない。

 電子音。

 コワコワ、スマートフォンをタップする(何を押したのかは不明)


『ありがとうございます、それではしばらくお待ち下さい』

 死ねの声が室内に響き続ける。

 それに反応せず、コワコワはカノンを口ずさみ続ける。

 一時間ほど経過し、電子音。


『谷村一流様、この度は東京都民お悩み相談ダイヤルにご連絡いただき誠にありがとうございました。儀式は失敗しました。電話をお切り下さい』

 機械的な印象を受ける女性の声。

「は?いやいやいやいやいや待って、俺スマホ手に持ったまんまじゃん、ボタンだって全部押してるし、失敗って言われる要素無いじゃん。せめて掛け直しみたいなことを佐藤さんの時みたいにさ、言うべきだろ。そしたら俺だって掛け直して……」

『電話をお切り下さい』

 一分ほど経過し、再び女性の声。

 コワコワ、背後を見る。

「は?いやなんで?さっきまでいなかったじゃん!いや、いたけど!いたけどいなかったじゃん!なんで今度はいるんだよ!」

 コワコワ、スマートフォンを持ったまま背後の白い壁に向かって話し続ける。

『電話をお切り下さい』

 コワコワ、椅子から立ち上がり、画面外へ。

 悲鳴。

『電話をお切り下さい』

 コワコワが画面外へ消えてから三分後、配信終了。


 上記のコワコワ(本名:谷村一流)による配信は、中部地方の▓▓県▓▓市▓▓のマンションで行われた。コワコワチャンネルは現在も動画投稿が行われており、二〇二五年七月八日以降は偶数の日は『人を呪い殺す方法』というタイトルの動画、奇数の日は上記動画のアーカイブがアップロードがされている。

 なお、谷村一流の消息は現在も不明であり、コワコワチャンネルの運営も谷村一人で行われていたため、誰が更新しているのかは一切不明。


 なお、花木安彦という男性が一九九八年に失踪しているが、NPO法人▓▓▓▓の設立、および東京都民お悩み相談ダイヤルの開設は二〇一〇年であったため、事件との関連性は不明である。


【二〇二五年七月八日にアップロードされた『人を呪い殺す方法』についたコメント】 


@さくせさー 22時間前

 成功しました。

 コワコワさんのおかげです、本当にありがとうございます。


@HABAKARI 3週間前

 久々にコワコワさんの声が聞けて嬉しかったです。

 アーカイブを参考にしたおかげで取り込まれることもなく、無事に呪殺に成功しました。


@如月 3日前

 コワコワさん、ありがとうございます!

 嫌な人が死にました!

 コワコワさんがこのコメントを見られる状況にあるかはわかりませんが、コワコワさんのアーカイブのおかげで色んな人が失敗しないで済んでいるんだと思います!


@HAYATO YUKI 1時間前

 最近、人がヤバい死に方しまくってんのこいつの動画のせい?

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