クラスメイトのピアスに脳を焼かれる話

レモンプレート

本編

俺、相川和馬は普通の学生だった。成績は真ん中くらい、友達はいるけど目立つグループとかでもなく平穏な日々を送っていた。


しかし、その日々はある時からほんの少しだけ違う色を見せ始める。

高校2年の秋のことだ。




隣の席になった松木悠斗、いかにも地味で静かで、おとなしい雰囲気の、メガネのクラスメイト。


「……」


勉強が進んで数学が難しくなった。理解を投げてぼーっとしながら授業は流す。あとで塾の先生に訊きに行こうかななんて考えながら暇つぶしに教室を見回すと、右隣の松木が目に入る。真面目にノートを取って教科書にもたくさんメモをしてる。あーやっぱ勉強できるのかな。


髪長めだけど邪魔じゃないのかな。

あ、やっぱり耳にかけ……


そこで俺は松木の耳に目を奪われた。真面目そうで、実際真面目に授業を聴いている松木の耳には、不釣り合いなほど多くピアスが開いていて、それらはギラギラと存在を主張し始めた。その光は俺にだけ見えているかのように、こっちを向いている気がした。


「あっ……」


見過ぎたらバレる、それはやばいかな。バッと顔を逸らして窓に視線を逃がす。すると映った俺はあまりに真っ赤で、頭が?で埋め尽くされる。そんな間抜けな顔を見るのも嫌で目を閉じると今度は心臓がとてもうるさいことに気づく。なんで、なんでこんなにドキドキしてるんだ。いや、男とかないから。





そのまま時間は過ぎて。松木とはクラスが分かれ、そのまま何もなく卒業してしまった。松木のことはもうほとんど忘れていたが、あのピアスの輝きだけが、眼の奥を貫いて脳に焼きついてしまったような、そんな錯覚だけが幽かに残ることになった。




大学に入ってすぐの春。この脳にこびりついたあの記憶を求めるように夜の街をふらついていた。人が多いな。ぶつかられてよろける。受け身を取ろうとするが誰かに抱き止められる。


「大丈夫?」


「え、あ、はい……?」


「……うん、怪我はなさそうだね、よかった。」


かっこいいな、背高いな、服もおしゃれだ。そんなことよりも真っ先に目についたのは……


「……ピアス」


頭の中で記憶が蘇る。あの輝き、主張すべてが目に刺さるように。


「ん?これ?」

「ああ怖かったかな。ごめんごめん」


彼は手を添えて右耳を隠す。


「いや、そうじゃなくて……その……」

「かっこいいな……って」


「……へえ、そういうのが好き?」

「ねえ、よかったらさ、ちょっと俺に付き合ってよ?」


「え?」


手を引かれる。街を縫うように少な目の人をかき分けて、怪しいけど手と目が離せない。すると気がつけば、バーに連れ込まれてしまっていた。


「君ね、あそこであんなこと言うなんて危ないからね?」


「危ない?」


「うん、君は何も知らなかったんだと思うけど、ここは界隈で有名な、その、出会いの場っていうかさ」


要領を得ない。言葉を濁して目を逸らして手をぐにぐに揉んで、何が言いたいのか。


「ざっくり言うとね?同性愛者が集まってんの。」

「聞いたことないかな、右耳に奇数個のピアスをしているのは同性愛者であることのアピールだ、って俗な話。」

「それを真面目にやってるのがここってワケ。」


俺は彷徨っているうちにそういう街に迷い込んでいて、あそこでは右耳にだけピアスをつけている男性は同性愛者というアピールをしているのだとか。それで、片耳のピアスについて褒めたりするのもまたそういうアピールになると……?


「し、知らなかった……」


「やっぱりそうか」

「……で、どうする?」


「え?」


「もっと近くでさ、俺のピアス見てみる?」


「あの、それって……」


「まあ、アピールしたはしたってことで、一応確認?」

「……ホテル。行こうよ」


少し赤くて、こてんと傾いた顔。恥じらいの表情なのに、獲物を追い詰める捕食者のようで、その目に見つめられた俺は動けなくなった。テーブルに放り出しておいた俺の手が、上から被さられているのに気づけなかった。俺の指と甲とそれから手首の少々を飲み込む彼の手。食べられてしまった。

薄暗いバーの照明を受けて彼の耳が照る。

知らない人なのに、危ないのに、助けてくれたんだから大丈夫、確認してくれたじゃないか。頭の中で二つの声がぶつかる。でも、俺は、どうにも惹かれて頷いてしまった。


「……ありがとう」


彼に手を引かれて店を出る。近場に、男同士でも入れるホテルがあるという。俺はこのまま抱かれてしまうんだろうか。名前も知らないこの人に。

……あのおとなしい子にここまで人生を変えられてしまうなんて。あのときは思わなかったな。

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