東京の東縁──北千住。

再開発の波から取り残された廃街区に、ギャング**牙（ファングス）**の拠点は隠されている。

かつてスクリーンに夢を映した劇場跡地は、今や命令と足音が反響する作戦基地だ。

擦れたポスター、割れたガラス、死んだネオン。

だが、その奥で灯り続ける**記憶の残響（The Echo）**は、確かに生きていた。

天井の高いロビー。

上映時刻を知らせていた壁面には、情報モニターと拠点マップが整然と並ぶ。

客席の代わりにソファ、映写機の代わりに戦術端末。

薄い朝焼けを映すステンドグラスが、空間に淡い橙を落としていた。

藤の鉢植えだけが、劇場時代から残っている。

誰が置いたかは、誰も知らない。

甘い香りを放ちながらゆっくり揺れる姿は美しく、その根はすでにこの場所に深く喰い込んでいた。

ウィステリアは煙草に火をつけた。

烏羽色の髪は光を受けて微かに紫の艶を帯び、冷ややかな眼差しは静かに場を測る。

黒のレザーがよく馴染み、所作には無駄がない。美しさは飾りではなく、機能している。

──美しい。だが、その美は刃でもある。

「……またヨルが何かやったのか？」

「ちょっと冷蔵庫が騒がしいだけでーす！」

遠くでヨルの声。足音を忍ばせる気はない。

すぐにクロノの紅茶がこぼれる音がして、レインのため息が重なった。

火薬の匂い、甘い茶葉、タバコの煙。

騒がしく、うるさく、しかし体温の確かな空気。

それが、今のウィステリアにとっての“日常”だった。

彼女は立ち上がり、視線を巡らせる。

どこかで誰かが、今日も生きている──その実感だけが、この場所を“戦場”ではなく“家”に変えていた。

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