ソフト百合掌編集――即興文筆――
鐘町文華
象牙を愛するふたりの遭遇
白いそれを、するするとなぜる。ひんやりとしていて、なめらかで、それでいて固くて。
「綺麗……」
宇宙中で高値で取引されている、これ。象牙。この広い宇宙の、片隅。未開の星、地球。そこに住まう象という、強く、知的な生物。その牙。
ただ、残酷だとして、象牙を新たに採ることはあの星の支配生物のルールで違反となっているらしい。だけど、私は。まだ、もっと、ほしい。
期待に昂りながら、その星に降り立った。目に入ったのはそこそこの高さの建造物。黒く固い地面。――座標を間違えたことにはすぐに気づいた。ここは象のいる地域ではない。調べてみると、ニホンという場所のようだ。
しまった。浮き足立っていた。これからどうしようか。転移は身体に負担がかかる。少なくとも7回昼と夜を繰り返すまではここにいなければならない。
さらに調べてみる。野生の象はいないようだが、被支配生物を飼うドウブツエンという施設で見られるようだ。飼われている象を狩るのはさすがにリスクが高いから、今回はドウブツエンに行くだけにしておこう。
そうと決まれば、この星の支配生物に擬態しなければならない。念のため用意していたスーツを身に纏う。支配生物――ホモサピエンスはこの星の多くの生物とは違い、毛のないつるりとした皮と、ふたつの手、ふたつの足を持つ。きっと被支配生物たちはこの異様な姿を気味悪がっているに違いない。
髪と呼ばれている頭に生えた毛を撫でる。さらさらとしていて、良い手触りだ。ホモサピエンスの身体の部位のなかで、これだけは悪くないかもしれない。
ドウブツエンへと向かう。不審がられないように、この星で流通しているスマホに似せたデバイスを道案内に使う。この星にはまだ情報を直接に身体に流す技術が確率されていないらしい。この星を調べたときのことを思い返す。文明レベルが著しく低いことが、地球という星が宇宙連合の公式認定を受けていない理由だった。
デバイスに導かれ、デンシャという移動手段を利用する。――利用しようと思ったのだが、方法が煩雑だ。地域によって違うこともあるらしく、ここがどんなルールのもとで成り立っているのかが分からない。こういうところも田舎たる所以なのだろう。
「ため息」をつく。ホモサピエンススーツにインプットされた動作だ。この生物は落胆したときや興奮したときにこれをするらしい。まったく違う感情で同じ動きになるとは、不思議な生物だ。
「あの。大丈夫ですか」
高い鳴き声。振り向くと、ホモサピエンスの女がいた。
「迷っているみたいだったので。私になにかできることがあれば、お手伝いしますよ」
黒く艷めく髪が揺れていた。
「偶然ですね。あなたも動物園に行きたかっただなんて」
「そうね」
この黒髪の女は、ミナという個体名だと名乗った。私は適当にミヨと名乗った。名前が似ている、と彼女は喜んだ。
「目当ての動物はいるんですか?」
「……像が、見たくて」
「え! 私もですよ。偶然というか、奇跡かも」
ミナは目を細め、口角を上げる。「笑顔」という、快い感情をアピールするための動作だ。私もインプットされた動きをする。これはなかなか悪くない。
心を奪われた。初めて見る、生きた、本物の象。巨大な体躯。優しげな目。そしてなにより――、象牙。
「わぁ。すごい。おっきい……」
となりのミナは鳴き声を上げている。目を大きく見開き、光が集まっていた。その姿に、思わず「笑顔」になる。
「あのね、ミヨさん。引かれるかもしれないけれど……、私、象牙が好きなんです」
「え? ……私も」
「本当ですか!?」
ミナはぴょん、と跳ねた。
「じゃあ、あの……」
彼女は持っていた袋を探る。そしてひとつの細長い白い棒を取り出した。
「これ。きょうの記念に!」
私の手にそれを握らせる。
「綺麗な万年筆でしょ。象牙みたいだなって思って、リピ買いしてるんです。ストックあるから、これはあなたに差し上げます!」
「……そう、ありがとう」
機体へと戻り、「万年筆」を見つめた。
白いそれを、するするとなぜる。ひんやりとしていて、なめらかで、それでいて固くて。「ため息」が漏れた。
そして、ミナのことを思う。あの「笑顔」をもう一度見たい。黒く艶のある髪を撫でたい。気味の悪いと思っていた、あのつるりとした身体に触れてみたい。
スマホに似たデバイスのなかには、彼女の連絡先が入っている。
あと、6回昼と夜を繰り返すまでは、また会える。自然と「ため息」をつく。それは、さっきのよりも熱い気がした。それがなぜなのかは、分からなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます