第六部:夫婦としての絆と試練

### 第25話:『楓の18歳の誕生日』


 秋が深まり、季節はゆっくりと冬へと向かっていた。朝晩は肌寒く、吐く息が白くなる季節。共同生活にもすっかり慣れ、俺と楓が夫婦として初めて迎える、特別な日が近づいていた。楓の誕生日だ。


 どんなプレゼントを贈ろうか、俺は毎日のように頭を悩ませていた。

 指輪やネックレスも考えたが、何か、もっと特別なものを贈りたい。二人の夢が重なり合う、そんなプレゼントを贈りたい。

 俺は、講義の合間に大学の建築学科の先生に相談したり、図書館で建築雑誌を読み漁るなどした。楓が工業デザインを学ぶために同じ大学を目指しているのだから、俺は、彼女がデザインする家具を置くための、温かい家を設計したい。そんな思いが、俺を突き動かしていた。


 楓の誕生日当日。俺は、楓を連れて、少し遠くの海辺のレストランへ行った。

「わあ、すごい! 拓海くん、ありがとう」

 窓から見える夕焼けに、楓は目を輝かせた。オレンジ色に染まった空が、海面に反射して、キラキラと輝いている。その光景は、まるで二人の未来を祝福しているようだった。


 食後、俺は楓に、小さな木の箱を差し出した。

「お誕生日おめでとう、楓。これ、俺からのプレゼント」

 楓は、嬉しそうに箱を開けた。中には、手のひらサイズの小さな木の模型が入っていた。それは、俺がデザインした、楓が住むための、小さな家の模型だった。模型の窓から見える部屋の中には、小さなテーブルと椅子が置かれていた。


「これ……拓海くんが作ったの?」

 楓は、震える声で尋ねた。

「うん。楓がデザインした家具を置くために、部屋は少し広めにしたんだ」

 俺がそう言うと、楓は、涙を流した。その涙は、俺の言葉が、楓の心の奥底に響いた証拠だった。


 楓は、模型を両手で包み込むように持ち、俺に微笑んだ。

「ねえ、拓海くん。いつか、この家で、二人で暮らそうね」

 その言葉に、俺は胸がいっぱいになった。

「うん。もちろん」


 その夜、俺たちは、海辺のホテルに泊まった。

 窓から見える満月が、二人の未来を祝福しているようだった。

 俺たちは、互いの愛を確かめ合い、永遠の愛を誓い合った。


### 第26話:『入籍と夫婦の始まり』


 楓の18歳の誕生日の翌日。俺たちは二人で市役所へ向かった。

 婚姻届を手に、楓は少し緊張した面持ちで、でも、どこか誇らしげな顔をしていた。

「……なんか、夢みたいだね」

 楓がそう呟く。俺は、彼女の手を強く握りしめた。

「夢じゃないよ。俺たちの新しい人生の始まりだ。」


 婚姻届を提出する。

 窓口の職員が、二人を祝福してくれた。

「おめでとうございます。末永くお幸せに」

 その言葉は、単なる事務的な手続きではなかった。それは、俺たちが、戸籍上の夫婦として、新たな人生の第一歩を踏み出した瞬間だった。


 市役所を出て、楓は俺に微笑んだ。

「拓海くん、ありがとう。私を、家族にしてくれて」

 楓の瞳は、涙で潤んでいた。

「楓こそ、ありがとう。俺の家族になってくれて」

 俺は楓を抱きしめ、二人は固く抱き合った。


 夫婦として生活を始めた俺たちに、現実的な問題が降りかかった。

 高校生活最後の年。受験勉強と家事の両立は、想像以上に大変だった。

 俺は、楓にこれ以上負担をかけたくないと考え、家事のほとんどを一人でこなそうとした。朝早く起きて朝食を作り、楓が寝ている間に洗濯を済ませ、夜は楓が寝静まった後に明日の準備をする。

 だが、楓もまた、同じことを考えていた。

 俺が寝静まった後、楓は一人で食器を洗い、部屋の掃除を始めた。


 二人は、お互いを思いやるあまり、一人で問題を抱え込んでいた。

 数日後、俺は疲労からか、風邪をひいて熱を出してしまった。

 朝、目を覚ますと、楓が、俺の額に冷たいタオルを乗せてくれていた。

「拓海くん、どうして無理するの?」

 楓の声は、少しだけ怒っていた。

「楓に、負担をかけたくなかったから……」

 俺がそう答えると、楓は俺の手を握り、涙を流した。

「ばか。私たちは、もう一人じゃないんだよ。夫婦なんだから、どんなことでも、二人で分かち合わないと」


 その日、俺は楓に、自分の弱い部分を見せることができた。そして、楓もまた、俺に甘えることを覚えた。

 それは、夫婦としての最初の試練だった。

 しかし、俺たちは、どんな困難も二人で乗り越えていける。そう確信していた。

 二人の愛の絆は、これから、どんな困難も乗り越えていくための、確かな力となっていた。


### 第27話:『両親の支え』


 入籍後、俺たちの生活は、夫婦としての責任と、高校生としての受験勉強に挟まれる日々になった。


 楓は、朝早く起きて朝食を作り、俺と二人で食卓を囲む。食器を洗うのは俺の役目だ。夕食は二人で協力して作る。週末は、二人で図書館へ行き、夜遅くまで勉強した。


 受験勉強は、想像以上に大変だった。

 特に、楓は、工業デザインという分野に進むため、デッサンやデザインの勉強もしなければならず、慣れない家事との両立に苦労していた。

 そんな楓の姿を見て、俺は何も手伝ってやることができない自分にもどかしさを感じた。


 ある夜、楓が、デザインの課題を前に、頭を抱えていた。

「ねえ、拓海くん、私、本当に、デザイナーになれるのかな……」

 不安そうに呟く楓の声は、震えていた。

 俺は、楓の隣に座り、彼女の手を握った。

「なれるよ。楓は、俺が知ってる誰よりも、デザインが好きだろ?」

 俺がそう言うと、楓は俺の顔を見上げた。

「でも、拓海くんは、建築家っていう夢がはっきりしてるからいいよね。私、まだ、何から始めたらいいのか分からなくて……」

 楓は、涙を流した。


 その時、リビングから母さんが顔を出した。

「楓ちゃん、少し休憩しない? 温かいミルクを淹れたわよ」

 母さんは、優しい笑顔でそう言って、コップを差し出した。

 楓は、驚いて目を丸くした。

「ありがとうございます……」


 母さんは、楓の隣に座り、そっと楓の頭を撫でた。

「大丈夫よ。焦らなくていいの。あなたのペースで、ゆっくり進めばいい。家事だって、今は無理しなくていいのよ。あなたの夢を、私たちも応援しているんだから」

 その言葉に、楓は、涙を流した。


 俺は、何も言わずに楓を優しく抱きしめた。

「大丈夫だよ。俺たちが住む家は、俺がデザインする。その家に置く家具は、楓がデザインすればいい。二人の夢が重なり合えば、必ず、最高の家になる」

 俺は、楓の存在が、自分の夢を追いかけるための、大きな支えになっていることを再認識した。

 そして、楓もまた、俺の言葉と、家族の温かい支えに勇気づけられ、再び、夢に向かって歩き始めた。


### 第28話:『二つの合格』


 冬が訪れ、季節は受験本番へと向かっていた。朝晩の冷え込みは厳しく、吐く息は白かったが、俺と楓の心は熱く燃えていた。

 リビングのコタツで、二人並んで参考書を広げる。時折、楓が「ねえ、拓海くん、ここってどういう意味?」と尋ねてくる。俺は、楓に分かりやすいように解説し、楓もまた、デザインの課題で俺が悩んでいると、的確なアドバイスをくれた。

 二人でいることで、勉強の効率は上がり、孤独な戦いではなかった。それは、互いを支え合う夫婦の共同作業だった。


 そして、受験当日。

 俺と楓は、同じ大学の建築学科とデザイン学科を受験した。

 受験会場の門の前で、二人は固く手を取り合った。

「拓海くん、頑張ってね」

「うん。楓もな」

 緊張で固くなる楓の手を、俺は優しく握りしめた。


 数日後、合格発表の日。

 俺たちは二人で、拓海の部屋のパソコンの画面を前に、祈るように合格者一覧のページを開いた。

 緊張で指先が震え、マウスを持つ手が汗ばむ。画面が滲んで見える。

「……あった!」

 楓が小さく叫んだ。楓は、合格者一覧の中に、自分の受験番号を見つけたのだ。


 俺は、楓の合格を心から喜び、彼女を抱きしめた。

「おめでとう、楓!」

「ありがとう! 拓海くんは……?」

 楓は、涙を流しながら俺を見上げた。

 俺は、自分の受験番号を探し、見つけた。

「……俺も、受かった」

 その言葉に、楓は、再び涙を流した。


 二人は、抱き合って喜びを分かち合った。

 それは、単なる合格ではなかった。それは、二人がこれから、夫婦として、そして夢を追いかける仲間として、新しい人生の第一歩を踏み出すことを意味していた。

 その夜、二人は、未来の家について、楽しそうに語り合った。



### 第29話:『小さなすれ違い』


 合格発表から数週間が経ち、春休みに入った。受験という大きな山を越えた俺たちは、安堵感からか、日々の生活に小さな緩みが生じ始めていた。


 昼間は二人で街へ出かけたり、カフェでゆっくり過ごしたりと、久しぶりに夫婦らしい時間を過ごす。だが、夜になると、その反動からか、小さなすれ違いが生まれてきた。


 ある夜、リビングで俺が新しい家の模型を眺めていると、楓が不意に顔を向けた。

「ねえ、拓海くん、この本に書いてあることってどういうことだと思う?」

 楓は、大学の専門書のような分厚い本を読んでいた。高校の勉強とは全く違う内容に、戸惑っているようだった。

 しかし、俺も疲れていた。受験から解放された安堵感と、新しい生活への期待と不安。それらが混ざり合い、俺の心はどこか落ち着かなかった。

 俺は、投げやりな口調で「分からない。自分で考えろよ」と答えてしまった。

 楓は、一瞬、驚いたように俺を見つめ、それから、何も言わずに自分の部屋へ戻ってしまった。


 一人になった部屋で、俺は自分の発言を後悔した。

 俺は、楓に甘えていたのかもしれない。受験を終え、楓と二人でゆっくりと過ごせるようになった安心感から、彼女への配慮を怠ってしまっていた。

 俺は、楓に謝ろうと、彼女の部屋のドアをノックした。


「……入っていいよ」

 小さな声が聞こえ、俺は部屋に入った。

 楓はベッドに座り、膝を抱え、俯いていた。

「ごめん、さっきは。俺、疲れてたんだ。つい、ひどいことを言ってしまった」

 俺がそう言うと、楓は顔を上げた。

「ううん、私もごめんね。新しい生活が始まるのに、私ばかり不安になってた」

 楓は、そう言って、俺の胸に飛び込んできた。


「大丈夫だよ。一人で抱え込まないで。これからは二人で相談して、一緒に頑張っていこう」

俺がそう言うと、楓は、心から安堵したような表情を見せた。


俺たちは、喧嘩をしたわけではなかった。でも、互いを思いやるがゆえに、小さなすれ違いが生じていた。

俺たちは、これから、どんな小さなすれ違いも、二人で乗り越えていける。そう確信した。

それは、二人の愛の絆をさらに強くする、大切な時間だった。


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