第五部:共同生活への移行と愛の深まり

### 第17話:『初めての「ただいま」』


 夏休みが始まり、俺と楓の共同生活が始まった。


 引っ越しの荷物は最低限。楓は、両親がそれぞれ新しい生活を始めるため、ほとんどの家具や家電を手放してきた。それでも、段ボールを抱え、少し不安そうにしている楓を、母さんは優しく迎え入れた。

「楓ちゃん、今日からここがあなたの家よ。ゆっくり休んでね」

 そう言って、母さんは楓を俺の部屋まで案内した。


 俺の部屋は、楓の物で溢れかえった。段ボールの中からは、服や本、そして小さな木の置物が出てきた。楓が自分で作ったというその置物は、どこか温かみがあり、これから始まる二人の生活を象徴しているようだった。


 夕方、俺は学校の部活の荷物を取りに行き、一足先に帰宅した。玄関のドアを開け、いつものように「ただいま」と呟いた。すると、奥の廊下から、聞き慣れない声が聞こえた。

「おかえりなさい、拓海くん」

 楓の声だった。

 いつもは、家族の誰もいない静かな玄関に、彼女の明るい声が響いた。俺は、その声に胸が熱くなるのを感じた。


 楓は、俺が帰ってくるのを待って、夕食の準備を手伝ってくれていた。

「今日の夕食、何かな?」

 俺がそう尋ねると、楓はにっこりと微笑んだ。

「カレーだよ。拓海くんの好きなもの、お母さんから聞いたから」

 二人で並んで、夕食を囲む。ごく普通の日常が、俺にとってはかけがえのない特別な時間だった。


 食後、俺は楓に「ありがとう」と伝えた。

「何が?」

「なんか、ここに楓がいてくれることが、すごく嬉しいんだ」

 楓は、照れくさそうに俯いた。

 この日、俺はこれまでの「家」とは違う、温かい「居場所」ができたことを実感した。それは、楓の存在が、俺の心の中に生まれた「安心感」と「幸せ」だった。


### 第18話:『二人の部屋での夜』


 その日の夕食後、俺たちは二人で俺の部屋に戻った。リビングにいる母さんや陽菜から離れ、二人きりになった途端、緊張感が戻ってくる。部屋の中は、楓が持ってきた荷物で少しだけ賑やかになっていた。


 ベッドの端に座り、お互い何も話さずにいると、楓が口を開いた。

「拓海くんの部屋、なんだか拓海くんみたいだね。落ち着く」

 そう言って、楓はベッドに横になり、俺の部屋を見渡した。

「……ありがとう」

 俺は照れくさくて、そう言うのが精一杯だった。


 夜が更け、勉強を終えた楓が、俺の隣でうとうとと居眠りを始めた。俺は、その寝顔をそっと見つめた。規則正しい寝息が、静かな部屋に響く。

 楓の寝顔は、まるで子供のように無邪気で、見ているだけで心が温かくなった。彼女が眠っている間、俺は将来への思いを巡らせた。


 楓との共同生活は、単なる同居ではない。それは、楓の両親が辿った道を、俺たちが二人で歩まないための、確かな一歩だ。

 俺は、楓を一生守り抜く。そう心の中で誓った。


 しばらくして、楓が目を覚ました。寝ぼけた顔で俺を見つめる。

「……拓海くん、ごめんね。寝ちゃってた」

 そう言って、楓は申し訳なさそうに微笑んだ。

「ううん。大丈夫だよ」

 俺は楓の頭を優しく撫でた。


「楓……」

「ん?」

「一緒にいると、すごく安心するんだ。なんだか、今まで一人で生きてきたのが嘘みたいだ」

 俺がそう言うと、楓は俺の手に自分の手を重ねてきた。

「私もだよ。拓海くんといると、温かい気持ちになるの」

 彼女の言葉に、俺は胸がいっぱいになった。


 この日から、俺たちは、お互いの存在が心の拠り所になっていることを自覚した。

 それは、単なる恋愛感情を超えた、深い絆だった。


### 第19話:『二人で入るお風呂』


 夏休みが本格的に始まり、気温は容赦なく上昇した。部屋にこもって勉強しているだけで、じんわりと汗が滲んでくる。


「ねえ、拓海くん。シャワー、浴びてきてもいい?」

 そう尋ねる楓の声は、少しだけ遠慮がちに聞こえた。同居を始めてまだ数日。楓は、俺の家族に気を使いながら生活しているようだった。

「うん、もちろん。でも、どうせなら……一緒に入らないか?」

 俺がそう言うと、楓は驚いたように目を見開いた。


 脱衣所に入り、二人きりになると、緊張感が一気に高まった。

 お互い、意識しないように努めているけれど、視線が合うたびに、わずかに頬が熱くなるのを感じた。

 楓は、遠慮がちに服を脱ぎ始めた。白いブラウス、スカート……。一つ、また一つと服が脱がれていくたびに、楓の透き通るような白い肌が露わになっていく。その華奢な肩や、細いウエストに、俺は思わず目を奪われた。


 湯船にお湯が張られ、蒸気が二人を包み込む。

 楓は、先に湯船に入った。俺も続いて湯船に入り、二人の身体が、湯気の中で触れ合った。

 楓の身体は、想像していたよりもずっと柔らかく、そして温かかった。その温かさが、湯気とともに、俺の心と身体を溶かしていく。


 「拓海くん……」

 楓が小さく声を漏らし、俺の胸に顔を埋めた。

 俺は、楓の濡れた髪を優しく撫で、その背中に手を回した。楓の滑らかな肌に触れるたびに、俺の身体は熱くなっていく。


 シャワーを浴び、お互いの身体を洗い合った。

 拓海が楓の身体に触れるたびに、楓は甘い吐息を漏らした。拓海もまた、楓の滑らかな肌に触れることで、これまでに感じたことのない興奮を覚えた。

 その行為は、単なる清潔のためではなかった。それは、二人の身体的な距離だけでなく、心の距離も縮めていく、愛おしい時間だった。


### 第20話:『初めての夜』


 お風呂から上がり、二人は同じベッドに入った。


 湯気を含んだ浴室の温かさがまだ身体に残っている。照明を落とした部屋に、窓から差し込む月明かりが、タオル一枚でベッドに座る楓の輪郭を淡く浮かび上がらせていた。彼女の濡れた髪からは、甘いシャンプーの香りが漂ってくる。

 楓は、両膝を抱え、小さく震えている。両親の離婚によって心の拠り所を失い、拓海という温かい家族を見つけた今、彼女は身体ごと拓海に捧げ、二人の関係を不可逆的なものにしたいと強く願っていた。それが、彼女にとっての「夫婦となる決意」だった。


「楓……」

 俺がそう囁くと、楓はゆっくりと俺の方を向いた。

「……拓海くん」

 その瞳は、不安と期待が入り混じった光を宿していた。


 俺は、楓を優しく抱き寄せ、唇を重ねた。キスは、先日のクリスマスよりもずっと深く、情熱的だった。

 二人の唇が離れ、俺は楓の耳元に顔を寄せた。

「愛してる、楓」

 そう囁くと、楓は俺の首に手を回し、強く抱きついてきた。

「私も……私も、拓海くんを愛してる」


 その言葉は、二人の身体的な行為へと繋がっていく。


 俺は楓の身体を優しく愛撫し、楓は甘い吐息を漏らしながら、その行為に身を委ねた。

 楓は、身体の奥に眠っていた未知の感覚に戸惑いながらも、拓海に触れられるたびに、心の奥で温かい光が灯っていくのを感じた。


 そして、二人の身体が一つになる。

 拓海の熱が、ゆっくりと、しかし確実に彼女の奥へ進んでいく。

 一瞬の痛みが楓の身体を走る。だが、その痛みは、拓海の優しさに包まれて、すぐに安堵へと変わった。

 楓は、両親が失った「愛」と「家族」を、今この瞬間に拓海との間で築き上げているのだと確信した。


 拓海は、楓の身体から伝わる熱と、心の揺らぎを全身で感じていた。

 彼女のすべてが、自分のものである。その確信は、拓海の愛を、より深く、揺るぎないものにした。

 二人は、互いの呼吸と鼓動を感じながら、幸福感に満ちた時間を過ごした。


 朝日が差し込む部屋で、二人は固く抱きしめ合っていた。

 それは、単なる愛の証ではなかった。それは、二人がこれから、夫婦として、そして家族として歩んでいくことを誓った、確かな一歩だった。


### 第21話:『二人の秘密』


 月明かりが差し込む部屋で、俺は楓を抱きしめたまま眠りについていた。

 朝、目を覚ますと、隣には楓の寝顔があった。規則正しい寝息が聞こえる。昨日の夜の出来事が、夢ではなかったのだと、静かに胸に迫ってきた。


 楓は、すやすやと眠っている。

 その寝顔は、まるで子供のように無垢で、俺は愛おしそうに彼女の頬にキスをした。


「……ん」

 楓が小さく身じろぎ、薄っすらと目を開けた。

「……拓海くん」

 寝ぼけ眼で俺を見つめる。

「おはよう、楓」

 俺が優しくそう言うと、楓はゆっくりと微笑んだ。

「……おはよう」


 俺は楓を優しく起こし、朝食の準備を始めた。

「何か手伝うことある?」

 楓がそう言って、台所に入ってきた。

「ううん、大丈夫だよ。座ってて」

 俺がそう言うと、楓は少し残念そうに、でも嬉しそうに微笑んだ。


 朝食を二人で囲む。

 いつもと変わらない日常。それでも、昨日の夜の出来事が、俺たちの間に、特別な空気を作り出していた。

 楓は、俺が朝食を食べている間、じっと俺の顔を見つめていた。

「ねえ、拓海くん。昨日のこと、誰にも言わないでね」

 楓は、少し照れくさそうにそう言った。

「もちろん。楓と俺だけの、秘密だ」

 俺がそう言うと、楓は、心から安堵したような表情を見せた。


 朝食後、二人は一緒に歯磨きをした。

 鏡に映る二人の姿。

 俺と楓は、もう、ただの恋人ではなかった。

 それは、二人にしか分からない、特別な秘密。

 その秘密が、俺たちの絆を、より深く、確かなものにした。


### 第22話:『家族としての日常』


 共同生活を始めて数日。俺と楓は、まだ慣れないながらも、夫婦としての日常を築き始めていた。


 ある週末の朝、リビングでテレビを見ていると、妹の陽菜がやってきて、俺と楓の間に座った。

「ねえ、楓お姉ちゃん。今度、新しいショッピングモールができたんだって。一緒に行かない?」

 そう言って、陽菜は楓の腕に自分の腕を絡めた。

 楓は、嬉しそうに頷いた。

「うん、行こうか。陽菜が一緒だと楽しいから」


 三人で出かけたショッピングモールで、陽菜は楓に、自分の学校での出来事や、クラスメイトの噂話を楽しそうに話した。楓も、陽菜の話に耳を傾け、時には笑い、時には真剣な表情で相槌を打った。

 二人の姿は、まるで本当の姉妹のようだった。

 そんな二人を後ろから見つめながら、俺は胸の奥が温かくなるのを感じた。


 夜、リビングで家族全員で夕食を囲んだ。食卓には、母さんが作った料理と、楓が手伝ってくれた料理が並んでいた。

「楓ちゃん、お料理上手ね。拓海と二人で暮らしているなんて、本当にすごいわ」

 母さんがそう言うと、楓は照れくさそうに笑った。

「拓海くんが、いつも手伝ってくれるから」

 その言葉に、母さんは、満面の笑みを浮かべた。


 食後、父さんが「拓海、楓ちゃん、少し話があるんだ」と切り出した。

 二人は、少し緊張しながら、父さんの話を聞いた。

「楓ちゃん、拓海のことを頼む。お前は、この家の大切な家族の一員だ」

 父さんがそう言うと、楓は、涙を流した。


 楓は、この数日間で、拓海の家族との交流を通じて、心の底から安心感を覚えていた。それは、単なる居候ではない、家族としての信頼と愛情だった。

 この日、楓は、自分が拓海の家族に受け入れられていることを確信し、心の底から安堵したのだった。


### 第23話:『初めての喧嘩』


 共同生活もすっかり板につき、楓が家にいることが当たり前の日常になっていた。夏休みが終わり、高校の授業と受験対策、そして家事の両立が、少しずつ俺たちの負担になり始めていた。


 その日の夜、リビングで勉強をしていた楓が、不意に大きなため息をついた。

「どうした、疲れたか?」

 そう尋ねると、楓は俺に背を向けたまま、小さな声で言った。

「ううん、なんでもない」

 その言葉は、明らかに不機嫌だった。


 俺は少し苛立ちを覚えながら、自分の問題集に目を戻した。すると、楓が突然立ち上がり、俺に背を向けたまま部屋を出ていこうとした。

「おい、どこ行くんだよ」

 俺が少し強い口調で呼び止めると、楓は振り返り、俺を睨みつけた。

「……拓海くんには、私の気持ちなんて分からないよ」

 そう言って、楓は自分の部屋へ戻ってしまった。


 一人になった部屋で、俺は苛立ちを隠せなかった。

 楓の気持ちが分からない、だと?

 俺だって、勉強と家事を両立させるために、必死で頑張っているのに。

 そう思っていたが、同時に、俺は楓に甘えているのかもしれない、と感じた。


 しばらくして、俺は楓の部屋のドアをノックした。

「楓、話そう」

 ドアの向こうから、小さな声で「……うん」と返事があった。


 部屋に入ると、楓はベッドの端に座り、俯いていた。

「ごめん、さっきは。私の気持ち、分からなくて当たり前だよね。私は、拓海くんに心配かけたくないから、一人で頑張ろうって思ってた。でも、それが、かえって拓海くんを遠ざけてたんだね」

 楓は、涙を流しながらそう言った。


「俺もごめん。俺も、一人で抱え込もうとしてた。でも、二人で頑張らないと、意味ないよな」

 俺がそう言うと、楓は俺の顔を見上げた。

「うん。そうだよ。私たちは、もう一人じゃないんだから」

 そう言って、楓は俺の胸に飛び込んできた。


 初めての喧嘩。それは、俺たちにとって、夫婦としての絆をさらに深めるための、大切な試練だった。


### 第24話:『拓海の両親への報告』


 初めての喧嘩を乗り越えた夜、俺たちは二人でリビングにいた。


 母さんが「お茶でもどう?」と温かいお茶を淹れてくれた。陽菜は、少し離れたところでスマホをいじっている。

 拓海と楓が喧嘩したことを察していたのだろう。母さんと父さんは、何も言わずに俺たちを見守ってくれていた。


「母さん、父さん」

 拓海がそう切り出すと、母さんは「どうしたの?」と優しく尋ねた。

「楓と、改めて話したんだ。受験勉強と家事の両立、二人だけの時間。これから、もっと色々あると思う。でも、どんなことがあっても、二人で一緒に乗り越えていきたい」

 拓海の言葉に、楓はそっと拓海の手を握った。


 拓海の言葉に、父さんは静かに頷いた。

「そうか。お前たちが、自分たちの力で問題を乗り越えようとすることが、何よりも大切だ」

 父さんの言葉に、拓海は安堵した。


 母さんは、楓の顔を優しく見つめ、「楓ちゃん、拓海を頼むわね」と話しかけた。

「……はい」

 楓は、母さんの言葉に涙を流した。

「お前たち二人で、お互いを支え合い、家族として、幸せな家庭を築いていくんだ。それが、私たちが一番嬉しいことだから」

 母さんの言葉に、楓は、心が温かくなるのを感じた。


 その夜、俺たちは、リビングで、家族全員で、将来について語り合った。

 それは、単なる話し合いではなかった。それは、俺たちが、拓海の家族に、正式な家族として受け入れられた瞬間だった。

 そして、俺たちは、これから、どんな困難も、二人で乗り越えていける。そう確信した。


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