第6話 炎の中のジャンヌ

『お二人、第二の課題達成、おめでとうございます。まずはお祝いの品をお受け取りください』


壁際の箱の蓋がカチリと音を立てて開いた。


綾野くんが箱の中身をもってきた。黒いの小さな卵を紐でつないだリモコン付きの玩具のようなもの。

「それは、なに?」

綾野くんは、顔をしかめて

「こ、これは……」と語尾を濁す。

知ってるけど、言えない。ううん、言わないんだわ。


『それでは、第三の課題を提示します』


なんとなく、右手は綾野くんと繋いだまま。彼も嫌じゃないみたい。


マスターは感情の読めない声で淡々と続ける。


『第三の課題は、こちらの選択肢からお選びください』


画面に二つの選択肢が映し出された。


『選択肢1:フェラチオで口内射精させる。成功で15分追加。』

『選択肢2:ローターを女性の肛門内に全て収めてください。成功で20分』

『あまり余裕はありませんよ』


『10:20』


瞬間、多分、顔に火がついた。左手を口元に運ぶ。

知ってる。これも知ってる。でも、綾野くんはモニターを睨んだまま、私の変化には気づかない。


彼は右手でもった「し」と「中」のカードに目を落とした。横顔に吸い込まれる。思いは沸騰したお鍋の泡のように、言葉にする前に消えていく。綾野くんの瞳は小刻みに動き、たまに右上や左下で止まる。


ふいに、私を握る手に力がこもる。

「大丈夫だ、結衣。きっと何か手があるはずだ」

前を向いたまま、絞り出すように強く。

 

ほんとうに大丈夫な気がする。根拠は、ない。


「あっ」短く息をつく。何かが繋がったんだ。


「結衣、覚えてるか? マスターが言ってた、救済ミッションのこと」


もう、すっかり呼び方が変わってる。綾野くんはやっぱり、無意識なのかな。


「うん……でも、あれに挑戦したら、ペナルティで時間が半分になっちゃったじゃない……」


『残り9分です』


「わかってる。でも、あの箱には役に立つ何かが隠されてるかもしれない。君にこの選択肢をさせるよりはマシだ。少なくとも時間は稼げる。それに、今回は俺がやる」


どういうこと?


「大丈夫だ。次は俺がやってみる」


彼はモニターに向かって叫んだ。


「救済ミッションに挑戦します!」

(あのコスチューム、着るの?ほとんど隠せてないよ?)


その瞬間、画面が切り替わりマスターが現れる。


『おや、どうされました? また先走って彼女を泣かせるおつもりですか?』


マスターがすぐに現れる。やっぱり見られてるのかな。


「救済ミッションを受けさせろ」


『二回目だろうと、内容は変わりませんよ?』


「ああ、わかってる。ベッドの下の箱だろ。あの中のコスチュームに着替えたらクリアなんだな」


『ええ、そうですが……どうされます?』


ベッドの下を指差しながら続ける。


「誰が着るかは言ってなかったな。二人でとも言ってない」


『ふっ、はははは。そうきましたか! よろしい、やってみてはどうですか』


モニターには「00:00」が表示される。同時に、ベッド下の箱がカチリと音を立てて開いた。


彼の手に引かれて箱へ向かう。中にはピンク色の小さなビキニと、同じ素材のブーメランパンツ。彼は迷わずブーメランパンツを取り出した。


「これ、俺が着る」


きっと、驚きが顔に出た。でも、彼は優しい瞳で頷いてみせた。


「え……でも、それ……」


「聞いてただろ。試す価値はある」


笑ってみせ、パンツのゴムをウエストに合わせる。きっと彼も恥ずかしいに違いない。


これまでの嵐のような時間がぐるぐるする。私は否応なく、このゲームに巻き込まれた。将来の夢、これまでのレッスンの日々、優しかった先輩の笑顔、いつも応援してくれる両親。そして、お金が必要なはずなのに、私がいるばかりに、ずっと不利な戦いに付き合ってくれてる。


もし、私が相手じゃなかったら?綾野くんじゃなかったら?


そうだわ、私はとっくに負けていたかも……。

仮にここまで来れたとして、耐えられたのかな?違う、私も戦うんだ。私の夢。私も自分で。


ビキニを掴んだ。それでも、手が震える。

軽く俯き、天井を見上げる。そして、真っ直ぐに彼の目をみつめる。ビキニを持つ手を白く、重く握りしめた。最後に小さく微笑んだ。


「それなら……私も着る」


結衣は小さく息を吐き、背を向けた。


「……見ないで」カメラの向こうで、誰かに見られているとしても、綾野くんに着替えを見られたくなかった。きっと彼はそれでも見てくれないんだろうけど。


今にも散りそうな桜色カーディガン、白いブラウス、スカートが足元に落ちる音がいやに響く。細い肩、白い背中――片脚ずつニーソから足を抜く。

どこにも、置くところがないので、軽く畳んでベッドの端に置く。最後に下着をその下にすばりこませた。


「……座ろう、裕介くん」


羞恥に潰されそうな声。それでも前を向いた。

二人でソファに戻る。冷たい革張りが肌に張りつき、恥辱を強調する。


「……これで、いいんだよね……?」


彼はうなずいた。


彼が前を向いたので、目の前に彼の耳があった。

「裕介の耳、プニプニで気持ちいいね。触ってると落ち着く」

思わず、指を伸ばしたが受け入れてくれる。心がちょっと軽くなった。


『ミッション達成。おめでとうございます。箱の引き出しが開錠されました。中の「救済アイテム」をお受け取りください』


引き出しを覗くと、そこにあったのはコンドーム一つ。

保健体育の授業で見て以来だった。なにかが、頭の隅っこに浮かぶ。


マスターがニヤついた声を響かせる。


『私たちも鬼ではありませんのでね。必要になるかもしれないと思いまして。もっとも、使用できるのは一度だけですが。……ああ、消費した時間2分48秒、引かせてもらいますね』


画面が消える。今からは、私も考えるんだ。綾野くんみたいに冷静ではいられないし、ずっとずっと、怖くてたまらない。でも、私も、かんがえるんだ。

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