第34話 サカ☆カササギとのメール

 帰路の道中、レオは説明を求めてこなかった。生田にサカ☆カササギとのことを話したから、十分に把握してくれたのだろう。


 翌日になり警察署に呼びだされ、絵麻とレオは事情聴取を受けた。女性の怪我はそこまで重症でもなかったらしく、一泊の入院で退院できると聞いてホッとした。彼女には退院後に事情を伺うのだと言う。

 女性とはネットで出会った友人かもしれないと説明し、それがゆえに後をつけて現場に居合わせたのだと伝えたが、彼女の本名や住所はもちろん、入院先の病院も教えてはもらえなかった。


 それから三日ほど経ち、絵麻は少し焦れ始めていた。サカに毎日メールを送っていても一向に返信が来ないからである。連続して送り続けるなんて普段なら絶対にしないし、ネットだけの付き合いでしかないサカに対してはなおのこと気を使っていたのだが、LINEではないため既読かどうかもわからず、送る手を止められなかった。

 

 EMA522[お元気ですか? 返信がないから少し心配しています。メールに飽きてるだけで体調を崩してるとかでなければいいんだけど]

 今日も返信がないのを覚悟して一通送った。すると、驚くことにすぐに返信がきた。

 サカ☆カササギ[久しぶり! 返信が遅くなってごめんなさい。元気だよ~。旦那と喧嘩しちゃってメールする余裕がなかったんだけど、無事に仲直りできました。パートを辞めることにしたから、自由時間が増えるし、またメールをたくさん送ります笑。ツイキャスもまた始めようかな]

 

 ようやく安堵できた。しかも元気そうな様子で安心もした。

 しかし、旦那との喧嘩が理由にしては返信が遅い気もする。パートを退職したという話も唐突に思えてしまう。やはり例の事件の女性はサカなのではないか。別人であると判断するには、これだけでは頼りないように思える。

 

 EMA522[返信を待ってたよ~。元気そうでなによりです。旦那さんと仲直りできてよかったね。パートもお疲れ様でした]

 それから、いつものように他愛もない会話を始め、近況報告をしあうなどして、やりとりを続けていた。

 元気そうなだけでなく、すっかりいつも通りである。サカは怪我を負ったなどの話もしない。別人だったのかもしれない。

 かもしれないが、絵麻はそうは思えなかった。どうにかして確認したい。直接聞いて答えを得るまでは、納得できないと思った。

 なので、機を見計らって思い切ることにした。


 EMA522[実は、先週の夜にレストランでサカさんにそっくりな声を聞いたの。ツイキャスで聞き覚えのある声だったからサカさんかもしれないと思って、話しかけようか迷っていたんだけど──]

 そう切り出して、アパートの駐車場まで後をつけ、暴力沙汰になったのを見て、救急と警察を要請したことまで話した。

 いくらなんでも野次馬過ぎるし、嫌悪を抱かれても仕方がないと不安だったが、こと細かに説明しなければ、伝わらないと覚悟をして思い切った。


 サカ☆カササギ[本当に? 実はまさに似たようなことが先週あったんだ。離婚になりかけたんだけど、旦那に平謝りされてやり直すことにしたの。声が似てたって話だけど、起きたこともそっくりだね。会話とか聞いていたなら、その人たちの名前とか聞こえなかった?]


 するとまさかというか、やはりというか、サカにも同じようなことが起きたらしいことを伝える返信がきた。

 しかも絵麻の行為に対して嫌悪は抱かなかったようで、サカのほうももしかしたらと思って、照らし合わせたい様子だ。

 個人情報を勝手に伝えていいものか迷ったが、ここまで言ったからには同じだと考えて、すべてを伝えることにした。


 EMA522[驚いた。もしかして本当にサカさんだったのかな? 盗み聞きした分際で言いふらすのは良くないけど、ここだけの話ってことで言っちゃいます。女性の名前はサナエさんという方で、相手の男性はイクタさんという方でした。旦那さんの名前は盗み聞きしたのではなく、警察を呼んだあとに聞きました。カシワギトモヤさんという方でした]


 もし早苗とサカが同一人物でなかった場合は大変なことだ。しかし許してくださいと祈りながら、送信した。


 サカ☆カササギ[私だ笑。柏木早苗です。はじめまして笑。旦那の名前は智也だし、相手の男性は生田さんだよ笑。なんという偶然! そしてEMAさんありがとう! EMAさんのお影ですぐに治療することができたんだね。ホントにありがとう。意識失ってたけどEMAさんと会えたんだ。ちゃんと会いたかったな~]


 本当に同一人物だった。まさかのことだが、ここまできたら間違いないだろうと考えていたので、ようやく線が繋がったという思いで脱力した。


 EMA522[本当にサカさんだったんだ。怪我が良くなって安心したよ。意識がなかったから相当酷いんだろうと思って、後遺症が残ったりしないだろうかとか、最悪の場合を考えたりして心配だった。そんなことにならなくてホントに良かった~]


 安堵したテンションのまま送信したが、つまりは誰よりも友情を感じているサカが、夫からあんな酷い目に遭わされているということだ。しかもそれだけでなく、おそらくは恋心を抱いていた生田から裏切られてもいる。それを遅れて再認識し、改めて背筋が凍った。

 

 サカ☆カササギ[ホントにありがとう。旦那は私と生田さんの仲に嫉妬して、頭に血が昇ってしまったらしい。あのあと土下座までして、二度としないから離婚しないでくれって懇願されたの。泣きながらだよ? 結婚って、失敗しても互いを受け入れて成長していくもんじゃん? 今回だけならって許すことにしたんだ。生田さんとの仲は旦那の誤解だけど、旦那は浮気だって思い込んでても許してくれたから、それなら私も許してあげなきゃいけないと思って。復縁してからすごく優しいし、暴力もなくなったし、お金のこともスマホのことも寛容になってくれたし、むしろよかったかも。なんて、それは言い過ぎだけど笑]


 絵麻は文面を見て驚愕した。

 信じられない。

 あんな目に遭ってやり直したなんて。いくら謝られ、寛容になったからと言ってよりを戻せるものだろうか。

 いや、おかしいと思う。

 モラハラも受けているから、もしかしたら洗脳されているのではないだろうか。そうだ、あんな目に遭っているのにやり直すなど、洗脳されているのでなければありえない。

 

 なんとかしてやりたい。早苗はもはや他人ではなく友人なのだから、できるかぎりの力を尽くして助けになりたい。

 洗脳されているのであれば、なんとしてでもそれを解き、早苗自身の価値観で判断してもらいたい。彼女自身が本当に再構築を望んでいるのかを確かめたい。

 そのためには、メールではなく直接会うべきだ。表情を見ながら話をしてみなければわからないだろう。


 会える距離にいるのだから、互いの意思さえ合致すれば、会うことができる。

 そう。会うことができるのだ。

 それに、必要に迫られたからではなく、純粋にサカに会いたい。ネット越しではなく、直に対面して語らいたい。

 絵麻は、メールのやり取りを重ねて芽生え始めたその願いを、偶然にも会える距離に住んでいたことがわかってから、さらに大きくしていたのだった。

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